第22話 エピローグ
子どもの頃から損ばかりしてきたと思う。
短気で、頑固で、思った時には口から言葉が出ている。
良い方に転ぶこともあったけれど、損の方が多い気がする。
盆休みが終わって、帰省した地元の名物であるグニャッとした食感の煎餅を勤め先に土産として配った。
故郷の名物なので言いにくいけれど、私はあまり好きではない。
モニョッとした歯ごたえの煎餅。
上司が礼を言うので、正直に「実は柔らかいのは好きではなくて」と漏らしてしまった。
上司が「へえ、固いのが好きなのね」と言った。
つい、口から出たよ。
「そうなんです。堅くて太いのが好きなんです。ギャハハハハ」
周囲はシンと静まりかえってたよ。
地元の気の合う仲間内では大爆笑の鉄板ネタなんだけどねえ。
重大なハラスメント行為と注意されて、謹慎処分を言い渡された。
私、女なんですけど。
そうだ、上司も女でした。
言ってしまったものは仕方がない。
おとなしく、自宅にこもり、気の合いそうな人々が集まるネット掲示板を漁る。
歴史迷探偵:
『事件だ。完全犯罪の匂いがする。安芸の国司殺人事件だ』
郷土史研究アマチュア3級:
『おや、物騒な話でござるな』
歴史迷探偵:
『紀宣明氏殺人事件だ。在職年は、はっきりしないんだが、10世紀頃、安芸の国司を務めた紀宣明が強盗に襲われて殺されたという記録があるんだ』
郷土史研究アマチュア3級:
『記録が残っているのなら、完全犯罪とは違うのではござらんか?』
歴史迷探偵:
『紀宣明が強盗に殺害されたという報告書を作成して提出しているのも紀宣明氏なのだよ』
郷土史研究アマチュア3級:
『よくある事でござろう。報告者の書き間違い、書き写す者の写し間違い、虫食いだらけの記録を編纂し直す時に不明な箇所を適当に埋めてしまった結果でござろう。古文書は矛盾だらけ。むしろ、整っている物こそ、疑うべきでござろう』
歴史迷探偵:
『そう、全員が容疑者だ。パイプの煙をくゆらせながら謎を解き明かす探偵の出番だ』
郷土史研究アマチュア3級:
『もう全員が犯人という事で良いのではござらんか?』
消失大陸愛好家:
『探偵殿、小生の事件を解決してくださるかな。唐千家の市、消失事件ですぞ。弁財船が潮待ち、風待ちをする港として繁栄した備後の国の鞆の浦の事件ですぞ。唐千家の市と呼ばれるほど賑わっていた港が、室町時代に起きた地震で海中に沈んでしまったらしいのです。それまでは、100余りあったと言われる芸予諸島の島々の多くも消えてしまったらしいのですよ』
歴史迷探偵:
『犯人は地震だと自分で解決してるだろ』
郷土史研究アマチュア3級:
『では、拙者の事件を依頼するでござる。道の国の謎を追ってくだされ。伊予松山の道後という地名には事件の香りがするでござる。備前、備中、備後の国と定めるように、道後があるのならば、道前、道中、道後と分かれる道の国があったのではござらんか?』
歴史迷探偵:
『マジレスして悪いが、よくある地名だ。川があれば、その周囲に川前、川中、川後という地名を付けるものだ。広がる道のような平野の最後尾にあるから道後と名付けただけだ』
郷土史研究アマチュア3級:
『拙者は備後の国の尾道に注目しているのでござる。瀬戸内海を支配した海賊達の海の国。海を道とする海賊達の道の国でござる。道の国と備の国の人と物の交わり。道の国と備の国を繋ぐ結び目の緒。道の緒から転じて尾道なのでござる』
消失大陸愛好家:
『消えた海の道の国というのはロマンがありますな。しかし、尾道という地名の由来は、山の尾根の間の道を通って着く土地と呼ばれ、転じて尾道となったとするのが主流ですぞ。次点で、船の航跡を澪と言い、尾道水道を行き交う多くの船が残す澪を見て、澪の道と呼び、転じて尾道となったというのが有力どころですな』
郷土史研究アマチュア3級:
『少数派でござるが、龍の尾という説もあるでござる。瀬戸内海に棲む龍が尾道水道に現れ、龍の尾に打たれて風と波が鎮まる穏やかな海の道となり、尾道と呼ばれたという説もあるのでござる。瀬戸内海にあった道の国を巨大な龍に見立て、道の国の尾が尾道でござる』
歴史迷探偵:
『話の途中で悪いが探偵の出番だ。藤原純友の乱だ。俺の聞き込み調査によると怪しいんだ。瀬戸内海の海賊を従えて反乱を起こしたものの、海賊達に裏切られて鎮圧されたということになっている。だが、瀬戸内海の沿岸では藤原純友を敬愛し、信仰する気風が残っている。藤原純友は海賊達と共に大宰府から南の海へ旅立ったという伝承が信じられているんだ。同じ呼び名の財閥が尾道に拠点を置いたのは何故だ? その財閥の開祖は備中の国の生まれだぜ』
消失大陸愛好家:
『滅びたはずの者の末裔が再起して繁栄するというのはロマンがありますな。唐千家の市が消えていなければ、尾道が、港町、商人の町として栄えることも無かったでしょう。ロマンではありますが、石見銀山の銀、別子銅山の銅の集積地として賑わい、堺の米相場にも影響力を持っていた商都尾道に財閥が拠点を置くのは当然の帰結ですな』
迂闊に口にすると常識を疑われるような妄想を語り合っているので、私と同じ人達だと思って参加してみる。
自認「海賊の末裔娘」:
『こんにちは。楽しそうなお話しをされているので、私も参加して良いですか? 家船の事について教えて欲しいんです』
郷土史研究アマチュア3級:
「女が来たでござる。皆、ドロンするでござる」
掲示板の書き込みが止まってしまった。
なんか、悪い事しちゃったみたいだけど、私、悪くないよね。
私は掲示板の閲覧をやめて、提出するよう指示されている反省文を推敲する。
えーっと「私は女なんですけど、不謹慎な事を言って、女の人を不快にしたから謹慎処分を受けたみたいなんですけど、女の私が楽しいと思う事を言って怒られるのも、どうかなと思うんですけど、まあ、言われた女の人が、嫌だったっていうなら、謝ろうかなって思うんですけど、私にも誰か、謝ってくれたらいいなと思います……」
駄目だこりゃ。
翌日、掲示板を覗いたら書き込みがあった。
郷土史研究アマチュア3級:
『昨日は狼狽えたでござるが、拙者のロマンであるので、浅学非才の身でござるが、某の知っている事を書くでござる。家船と書いてエブネと読むでござる。船の上で炊事洗濯をし、船で寝起きする海の民の家の船でござる。瀬戸内海沿岸に存在したライフスタイルでござる。九州にも同じ暮らし方をする人々が居たようでござる。土地に囚われず、海を旅して暮らす海の民でござる。内海にとどまらず外海にも漕ぎ出していたようでござる。盆や正月には、どこかの港に集まって、お互いの無事を喜びあい、また、海へ戻っていたようでござる。義務教育の開始とともに定住する必要が出てきて、次第に少なくなっていった生き方でござる。陸の上に住所を置きつつも船の上で暮らす生き方を続けている人々は、きっと、どこかに居ると思うのでござる。海の道の国は、今も在るのでござる』




