第17話 俺を見ろ
やりきった感が薄い。
薄いのだが、俺様は、やりとげたようだ。
今ひとつ、ピンとこないが、やはり俺様だから、やりきってしまったのだろう。
何度も眠らされた。
朝になって、あの良い年増が八郎に饂飩を食べさせていた。
俺も食いたいと迫ったら、眠らされた。
気合で起きた。
何度、眠らされようと、俺様のノリと勢いは諦めない。
八郎は食が細い。
食べること、生きることに意味が無いと思っている節がある。
さきが八郎の口に干し魚を突っ込んだ時も、在り続ける意味が無いと呟いていた。
だから俺は八郎の前では、余計にノリと勢いを見せてやる。
考えるな。
感じろ。
俺様の気合が八郎に燃え移るように猛って見せる。
意味は在ったと思う。
八郎のノリと勢いが、あの芯の通った良い年増をフニャフニャにした。
「僕は、もういいから、お義姉ちゃんも食べて」
八郎が、そう言って、あの芯の通った良い年増がペタリと座り込んだ。
周りの皆が「ゲボォッ」とか「オエェッ」とか唸っていた。
夜叉が泣いていると怯えていた。
別れ際、あの良い年増が、ドスの効いた良い声で俺に言った。
「妾の弟に何かあったら承知しないよ」
弟。
義弟だぜ。
あの良い年増は俺を連れ合いだと認めたから、八郎は義弟なのだ。
俺様のノリと勢い。
八郎のノリと勢い。
俺達兄弟の素晴らしさが分かるのだから、あの年増は良い。
さすが、俺様の連れ合いだ。
デカくて強い俺様の弟の八郎は痩せて小さいが、大したものだ。
相変わらず、何を考えているのか分からん弟だが、たまに口を開いて出る言葉は、俺の勘をざわつかせる。
「兄ちゃん、安心して暮らせる家のように大きな船が出来るよ。安宅船っていうみたい」
デッカいことは良いことだ。
俺様はデカくて強いから俺様だけで十分だがな。
「兄ちゃん、油っていう燃える水があるんだよ」
燃える水か。
面白れぇ。
それを呑んで、俺は火を吐いてやろうじゃないか。
「兄ちゃん、石礫を使おう。弓矢は両手を使うから無駄だ。石は片手で投げられる」
俺様は誰よりも遠く強く投げるぞ。
村同士のいざこざでは、手ぬぐいや紐を使って投げる者もいるが、俺には不要だ。
俺様のカッコイイところを皆に見せつけてやろう。
「兄ちゃん、竹を束ねて盾を作ろう。空いた片手に持てば矢を防げるし、海に落ちれば竹束につかまって浮けば良い」
俺には盾など不要だ。
飛んでくる矢など、素手で掴んでみせる。
だが、海に浮かんだ竹束の上を飛び歩いて、海を走って見せてやろう。
「兄ちゃん、船で波を作ろう。一列に並んだ船の波、三日月のように弧を描く船の波を」
なんだそれ、カッコイイじゃねえか。
もちろん、波の先頭に立つのは俺様だ。
自由自在に形を変える波は俺そのものだ。
「兄ちゃん、西の浜に帰ったら僕はバックレるよ。隠れ入江で水をかけても消えない火を作る。水をかけるとはじけて燃える火を作る」
おうよ、お前は俺様の弟だから、それぐらい作ってしまうだろう。
さき、可哀そうな子。
ヤケを起こした代官が、行きがけの駄賃に攫いに来るかも知れないから、ジロベーに匿ってくれと頼んでおいたのだが、迎えに行くのは後回しだな。
「兄ちゃん、今治の若衆は、どうして、あんなに楽しそうだったのかな。その気になれば、僕達を嵌めることも出来たのに」
そりゃあ、あいつらは、気持ちの良い男だからな。
骨牌を渡しあったり、欲しい手を骨牌の山に積み込むような手管を知っていても、決して、使わないだろうよ。
もし、やったとしても俺様は見破って、勝っていただろうがな。
「兄ちゃん、王朝が滅びることがあるんだね」
ふーん、そういうこともあるだろうな。
俺様が俺様らしく在り続ければ、気が付いたら滅びてたってこともありそうだ。
だが、興味が湧かねえな。
そういうのは、俺の居ないところでも派手な喧嘩が起きるんだろう。
全部、俺がやらないとツマランからな。
「兄ちゃん、坂東の海の沖に鬼ヶ島が出来るかもしれないよ」
鬼退治をしたいのか?
俺様は鬼よりも強いからな。
弱い者いじめはしないぞ。
「兄ちゃん、桃太郎さんみたいに、兄ちゃんの名前も、ずっと、ずっと、残るかな」
うん、どしたん?
オマエ、今まで言ってきた事の中で、一番、おかしいこと言ってるぞ。
そんなの、当たり前だろ。
とりとめのない話を続けた。
いつまでも、こんな日が続けばいいと思った。
俺の勘がざわつく。
デカい波が荒れ狂う気配。
激しい野分が吹く予感。
さすがの俺様も、どうなるか分からない。
しかし、弟だけは、弟だけは。
連れ合いとの約束でもある。
俺の男の見せ所だ。
夕暮れ時。
風が止む。
波が止まる。
狭門の海の夕凪。
嵐の前の静けさ。
俺の名など、どうでもよい。
俺様らしく生きて、俺様らしく死ぬだけだ。
それでも、弟だけは、弟だけは。
どうしようもなく、何もかも諦めた弟だけは。
生きてさえいれば、いつか、きっと、満たされる時があるだろう。
人の生は、海のように満ちて引くものだ。
どうしようもなく諦める時もあれば、これ以上なく満たされる時もあるだろう。
虚勢を張れ。
痛いのに痛くないフリをする。
苦しいのに苦しくないフリをする。
怖いのに怖くないフリをする。
八郎、俺達は兄弟だ。
俺もオマエと同じだよ。
中身は空っぽだよ。
それでも立つんだ。
俺は強いと信じるんだ。
そうやって生きて行くものなんだ。
オマエもそう思ってくれ。
俺がオマエの横に居られる間に、そう思うようになってくれ。
辛いだろうな。
苦しいだろうな。
それを飲み込んで、生きて行くものなんだよ。
それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。
分からないけれど、オマエには生きていて欲しいんだよ。
生きていてくれるだけで、俺は嬉しいんだよ。
俺は、俺の気持ちをオマエに押し付けているのかな。
オマエにとっては嫌なことなのかな。
俺はひどい奴なのかな。
それでも、俺はオマエに生きていて欲しいんだよ。
ああ、俺様らしくないな。
こんなの、俺様らしくないな。
どうする。
海鼠を丸齧りしても、オマエは笑ってくれない。
どうする。
どうする。
どうする。
この海の水を全部、飲み干したら、オマエは笑ってくれるかい。
あの山を全部、突き崩してみせたら、オマエは笑ってくれるかい。
どうにかする。
やってみせる。
やらせてくれ。
俺はオマエの兄ちゃんなんだ。




