第16話 所従
今日もまた、所従の一日が始まる。
所従とは無給で働く者である。
所従である。
愚かであったと思う。
しかし、他に手は無かったとも思う。
儂は仁保の島の国人の家に生まれた。
小さな、小さな国人領主の十男である。
弱小勢力である。
村の取りまとめ役である田堵の家が、次第に力を付け、家の子、郎党を増やし、ぎりぎり私領と称することの出来るような田畑を持つに至った国人領主の家に生まれたのである。
吹けば飛ぶような国人の、そのまた十男の冷や飯食いである。
市杵島の佐伯氏の様な由緒正しき国人に睨まれれば、あっという間に消えて無くなる国人の十男であり、いつまでも生家に居る事は許されなかったので、自分の食い扶持を稼ぐために安芸の国の国衙で下級官吏として働いているのである。
魔が差したとは、まさしく儂のことを言う言葉である。
愚息が流行り病に罹った時のことであった。
うん、愚息というのは、息子が愚かなのではなく、愚かな私の息子という表現である。
全く、儂は愚かであった。
儂の薄給は、息子の薬代を贖うには全く足りず、儂の生家も、そのような余裕は無い。
ちょっと魔が差したのだ。
ちょっと横領してしまったのだ。
うん、かなり横領してしまったのだ。
国衙に集まる年貢を。
決算の時期が迫っていた。
このままでは上役に詰められる。
バリバリのブチブチに詰められてしまう。
魔が差して、次は出来心。
裏の稼業に手を出したのだ。
生家の幼馴染、郎党達を誘い、海賊稼業を始めてしまったのだ。
昼は平凡な下級官吏として目立たず、休まず働き、夜は別の顔を持つようになってしまったのだ。
岬の尾根に、かがり火を焚き、夜の海を見張り、商船を襲う。
かがり火で尾根を焦がす、焦根の十郎と呼ばれる海賊になったのである。
ちょっと、うん、かなり横領してしまった国衙の財を穴埋めしたら、止めるつもりだったのである。
しかし、そのように儂にだけ都合良く事が進むものではない。
上役に見咎められたのである。
「ねえ、ここの数字、なんか、ちょっと、おかしくない」
「最後の数字だけは合ってるけど、出たり、入ったりが変だよね」
「そういえばさあ、君のところの息子さん、ご病気で大変だったんだってね」
「薬代、けっこう、嵩んだんじゃないの」
「この数字の出入り、時期が、その頃と合うねえ。不思議だねえ」
「最近、海賊が出没して、物騒だよねえ」
「君が残業してない時に、海賊が現われてるのって面白いよねえ」
「君の息子さんの評判は聞いてるよ。優秀なんだってねえ」
「将来が楽しみだねえ。上役として応援してあげたいなあ」
「君の息子さん、所従にしてあげるから連れておいでよ」
儂は「がんす」としか答えることが出来なかった。
「がんす」というのは、この辺りのお国言葉である。
まあ「そうでございます」が訛って「そうでがんす」と言うのだと思ってくれれば良いのである。
「そうでがんす」を省略して「がんす」である。
上役への返答は、素早く、そして肯定のみであらねばならぬのである。
上役に「がんす」以外の返答をすれば詰められるのである。
そして所従とは、年貢が支払えなかったり、借金を返せなかった者が代わりに差し出す無償の労働奉仕をする者の呼び名なのである。
上役は愚息に行儀作法、読み書きを教える機会を与える風を装って、人質に差し出せと要求してきたのである。
横領した財の穴埋めは済んだが、裏の稼業を止めることは出来なくなったのである。
その後の海賊稼業で得た財は上役に取り上げられ、儂は無償の海賊をする所従となったのである。
上役の取り立ては厳しかったのである。
そうそう商船があるものではない。
また、強引な海賊をすれば取り締まりが厳しくなるのであるから、匙加減が肝要なのであるが、上役は詰めてくるのである。
「足りないねえ」
「がんす」
「全然、足りないねえ」
「がんす」
「やる気、あんの」
「がんす」
「商船の見込み、幾つ持ってんの」
「がんす」
「何件、行くの」
「がんす」
「がんすじゃ分からないよ」
「がんす」
「甘えてない?」
「がんす」
「近場で済まそうと甘えてるから足りないんだよ」
「がんす」
「飛び込み海賊だよ」
「がんす」
「待ってるんじゃなくて、ドンドン攻めて行けよ」
「がんす」
「数字を詰めるまで帰れると思うなよ」
「がんす」
昼は下級役人として休まず目立たず働き、夜は数字を詰めるまで帰れぬ海賊稼業である。
幼馴染の郎党達も疲れ果てている。
頬はこけ、目は血走っている。
しかし、止めることは出来ぬ。
死なばもろともと、上役を巻き込んで破滅することも考えたが、家族と郎党まで巻き込むことになる。
止まらなくとも、いつかは捕らえられ、首を刎ねられる。
行くも地獄、退くも地獄である。
そんな、終わりのない飛び込み海賊をしている儂らに、伊予掾殿から声がかかった。
狭門の海の海賊追捕の宣旨を受けた伊予掾殿からの呼び出しである。
打ち首であろうか。
それとも更なる搾取であろうか。
儂はどうなっても良いので、家族と郎党だけは見逃して欲しい。
そう決めて、伊予掾殿の呼び出しに応じた。
もっと恐ろしい話であった。
「ごめんね。僕の徳が足りないから、ごめんね」
「君達には、辛い役回りを引き受けて欲しいんだ」
「僕の任期は終わるのだけれど、僕は帰らないよ」
「この国は腐っている」
「でも、まだ倒れるほど腐ってない」
「だけど、楔を打ち込むんだ」
「都の貴族が命じた通りに国中の役人や代官が働く時代は終わる」
「君達のような国人の力を都の貴族は無視出来なくなる時代が来る」
「僕は、その事に皆が気付く契機になろうと思う」
「僕は大きく乱して、皆の注目を浴びながら滅びるんだ」
「君達に一緒に滅びて欲しいと言っているのではないよ」
「途中まで付き合ってくれるだけでいい」
「むしろ、形が出来たら、僕から離れてもらわないといけない」
「君達は下種な裏切り者と呼ばれるだろうね」
「でも、そこは耐えて忍んで欲しいんだ」
「僕を滅ぼすのは地に根付いた国人で、手柄に見合った恩賞を勝ち取って、更に力を付けて、都の貴族が無視できなくなる存在が、この国の津々浦々に生まれるんだ」
「将門君の思惑は僕には読み切れなかったけれど、きっと同じ結果になると思うよ」
「君の困りごとについては、力になれると思う」
「徳の足りないことで恥ずかしいけれど、僕も都の海の泳ぎ方を嗜んでいるからね」
「君のやったこと、これからやって貰うこと、それを無かったことには出来ないけど、どうして、そうなったか、誰がやったのか、分からなくすることは出来る」
「そして、その分からない事を、はっきりさせない方が良いと思わせることも出来る」
「だから手を貸してくれるかい?」
「君は僕達の側の人間、役人だから、他の皆には言わない厳しいことを言っている」
「ごめんね。僕の徳が足りないから、辛い思いをさせることになるけれど」
「君が、焦根の十郎としてやった事は有耶無耶にするから、名を変えて、僕が滅びた後も名を変えて生き続けて欲しいんだ」
「僕のことが憎いかな」
「僕のことを恨むかな」
「形が出来上がったら、僕の首を君が獲って帰っても良いんだよ」




