第14話 骨の海を見て波の色を知る
さて、申し訳ないことである。
唐の国から伝わったマージャンという骨牌遊びは、どうにも自分には向いていないようだ。
数の遊びであるということは分かった。
今治の若衆は、実に親切である。
この遊びの要点を、惜しげもなく教えてくれる。
数字を揃え、並べる速さを競う遊びであるから、自然に型が出来るという。
手元に一、二と骨牌を持てば、待つのは三の一枚だけになるが、手元に持つのが二、三であれば、待ちを一と四の二つに広げることが出来る。
つまり、一、四、七。
二、五、八。
三、六、九。
その数の並びでアガリを待つことが多くなる。
従って、相手が要らぬと捨てる骨牌を見て、どの数の筋は捨てても通り、どの筋は危ないかが分かるという。
なるほど、道理である。
道理であるのだが、そう教えられた瞬間だけは分かった気がするのものの、次に骨牌を並べ直すころには朧気になってしまう。
自分は、そういう性分のようである。
数の理屈を身に付けることが出来ぬようである。
そうして、数の理屈を追い続けることが出来ずに、さまざまな事を思い浮かべてしまう。
見れば骨牌にも種類がある。
数字だけのもの、玉で数を表すもの、竹の節で数を表すもの、その他の自分には読めぬ文字が書いてあるもの。
文字は読めぬのであるから捨て置くとして、その他の骨牌が気になる。
色が付いている。
さて、どうしてであろうかなどと思い、上の空の内に、不用意に捨てた骨牌で相手がアガってしまう。
世話になっている今治の若衆が勝つのは良いことなのだが、親身になって教えてくれて居るのだから、自分も一度はアガッて見せねば申し訳ない。
しかし、色が気になる。
それぞれの種類ごとに使う色が決まっているようであるが、同じ種類の色の中にも違う色が挿し込まれているものがある。
この色付けは何か。
数の多い骨牌を、その都度、玉や節の数を数えずとも判別できるように付けた目印であろうか。
そのようにも見えるし、そうでないようにも見える。
いや、そのようなことでは、また不用意に危ない骨牌を捨ててしまう。
じっと、骨牌の並びを見つめる。
皆が要らぬと捨てた骨牌の列を見る。
一人の捨てた骨牌の列を見れば、川のようであり、全員が捨てた骨牌の列を見渡せば、川が集まって海を作ったように見える。
骨牌の色の違いが、潮の流れ、風の向きを教える波のようではないか。
そう、波だ。
浮かび上がって見える波がある。
骨牌の色の波の中から浮かび上がって見える骨牌がある。
何故かは分からぬが、アレは危うい色であると感じる。
骨牌の海に隠れた岩礁が変える波の色か。
先ほど教わった数の並びの理屈を追えなくとも、色の波を見れば良いのか。
この色付けを考えた人は、自分のような者が在ることを知って工夫してくれたのだろうか。
しかし、妙な色の波もある。
進んでも良い波の色に見えて、何か違う色味がある。
自分の一つ前の手番の若衆が、その辺りの骨牌を捨てた。
手番が来たら、自分も捨てようかと思った骨牌だ。
向かいに座る若衆が、その骨牌でアガッて、手を開いた。
なるほど、皆が数の筋を読むことを見越して、偽りの川を作り、待ち伏せるのか。
奥深い遊びである。
他人の流す川の波の色を読み、自分の流す川の波の色を作る。
川が集まって海となり、波の色を見て進み、作られた波の色を避け、より巧妙な波の色を作って待ち受けるのか。
耐えて忍ぶ海があり、恐れつつも進まねばならぬ海があり、自分の手元は弱くとも作る川の流れが海の色を恐ろしげ変えれば皆は船を降りる。
夢中になった。
気が付くと、今治の若衆が皆、全裸になっていた。
申し訳ないことである。
それなのに皆、嬉しそうである。
自分も全裸になった方が良いのであろうか。
振り返る。
やはり兄が全裸になっていた。
兄には抑えても身体から溢れ出す何かが詰まっているが、虚ろの自分が外身を脱ぎ捨てれば、消えて無くなってしまう。
消えて無くなっても構わぬ役立たずの自分であるが、気の良い今治の若衆が悲しむかも知れぬから、今は止めておこうと思う。
潮時を待ち、夜が明けてから進んだ関船が潮湧島に着いたのは夕暮れ時であった。
今治の六郎さんが「構わん」と言う。
お前には見せてはならぬ物、考えさせてはならぬ事があるようだが、お前が何を思うのか見届けたいと言っているように聞こえた。
いや、少し分かるような気がしていたが、虚ろの自分には、最初から何も分かっていなかったのだろうと思う。
夕闇に浮かぶ月を見上げる。
不思議な事である。
潮の満ち引きにも強弱がある。
月が満ちた時、海は大きく満ちて引く。
しかし道理ではない。
月が見えなくなるまで欠けた時も、海は大きく満ちて引く。
満ちた月が海を強く呼ぶのであれば分かるような気がする。
月が欠けて無くなった時、海を強く呼ぶのは何であろうか。
そもそも、何故、月は満ちて欠け、また満ちるのであろうか。
満ちた月、少し欠けた月、半月、三日月、幾つもの月があって、順を追って現れるのだろうか。
気が付くと潮湧島の匠の作業場に着いていた。
自分が上の空であるうちに、今治の六郎さんが手を引いて連れて来てくれたようだ。
申し訳ないことである。
また、不思議な物を見た。
火が灯っている。
かがり火も立てられているが、小さな火がある。
潮湧島の匠が小さな火の灯りの下で船の絵を描いた紙を睨み、大工衆に指示を出し、大工衆が、かがり火の明かりの中で木を削り、船を組み立てている。
道理ではない。
仕事は明るい内にするものであり、暗くなれば動かずに休み、眠るものである。
かがり火を立て、暗くなっても明かりを灯し、働かねばならぬほど、この島の年貢は重いのか。
しかし、間尺に合わぬ。
かがり火を燃やす薪も気安く使える物ではない。
薪を多く使ってしまえば、働いて得る物があっても、残る財は少ないだろう。
何故、このように急いで船を造るのか。
この船造りは年貢として命じられた労役ではないのだろうか。
今治の衆は、既に多くの船を持っている。
今まで通り、帆船を襲うにしても、水先案内をするにしても、足りている。
それでも求めているのか。
今治の衆も、他の海賊衆も、狭門の海沿いに点在する国衙も、皆、競って船を求めているのか。
間尺に合わぬ夜の働きをさせてでも、急いで船を揃えねばならぬ大きな争いが近づいているのか。
小さな灯りを見る。
気が移る。
道理ではない灯りである。
小皿に濁った色の水が注がれている。
その濁った色の水に浸された、糸よりも太く、縄よりも細い、使い途の無さそうな太さの糸の先が燃えている。
しばらく見つめても、糸は燃え尽きて灰になることはなく、燃え続けている。
水に浸されて湿った、燃えるはずの無い糸が、燃え尽きることなく火を灯している。
恐ろしい物である。
恐ろしい物であるが、良く見なければならないと思う。
逆風に逆らって進む帆船も恐ろしいものであったが、見る内に、その理を知った。
この恐ろしい火にも理を見出すことが出来るかもしれない。
「坊や、灯明を見るのは初めてかい」
傍らに女の人が立っていた。
この小さな恐ろしい火よりも、火の粉を舞わせて燃えるかがり火よりも、ずっと強い、何もかも焼き尽くす目をした女の人が立っていた。
燃えているのは何だろうか。
欲だろうか。
怒りだろうか。
憎しみだろうか。
恨みだろうか。
燃え続けて、燃え尽きることのない何かがある。
聞けば、教えてくれるだろうか。
知れば、得ることが出来るだろうか。
得て、虚ろな自分の中を、その何かで満たすことが出来るだろうか。
問おうとして口を開き、思いもせぬ言葉が出た。
「どうして、そんなに悲しそうな顔をしているのですか」




