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狭門の熾火  作者: 隣之 芝生


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第13話 滅びぬもの

「構わん」


 今治の六郎さんが言う。

 少しだけ分かる気がする。


 今治の海賊衆は、関船という大きな船を何隻も持っているのに滅びると言っている。

 これだけ多くて強いのに、それでも滅びる。

 そして、滅びても構わないが、その前に残して置きたいものがあると言っている気がする。


 この人も僕(わい)と一緒なのだろうか。

 自分の事を役に立たない虚(うつ)ろだと思っているのだろうか。


 少し違うと思う。

 こんなに多くの船を従えて、こんなに大勢の人が付いて来ている。

 この人は虚ろではない。


 それでも、この立派な人は自分の命を惜しんでいない。

 何か、もっと大きな物と比べて、自分など価値の無いものだと思っている。


 少しだけ僕(わい)と同じだから、少しだけ、言っていることが分かる。

 いったい、何と比べているのだろう。


 この人と一緒に行けば、虚ろの自分にも何か気付くことがあるのだろうか。

 兄が今治の若衆と楽し気に騒いでいる。


 やり過ぎぬように、横で見ていないといけないのではないかと思ったが「構わん」と呟いてしまった。

 今治の六郎さんの口癖が、うつってしまったようだ。

 面白がっている自分に気づいて、驚いた。


 加羅の島に着いた。

 今治の六郎さんが「構わん」と言った。

 童の自分にも出来る船の中の雑用は今治の若衆に任せて付いておいでと言ってるようだ。


 加羅の島は栄えている。

 潮待ち、風待ちの入江だ。


 島の岸は波に削られて切り立っている。

 大きな船を横付けして陸に上がることが出来る。


 どうして、このように抉れているのかと思って、岩を見る。

 良くない。


 同じ色をしている。

 西の浜の隠れ入江の洞の奥の岩と同じ色だ。


 どうして、あのような隠れ入江があるのか不思議だった。

 隠れ入江の崖に、都合の良い洞があるのか不思議だった。


 洞の奥を確かめた。

 岩の色が違った。


 流木で強く突くと、他の色をした岩とは手応えが違った。

 脆いと思った。


 長い年月をかけて波風に打たれれば、他の色の岩は残っても、この色の岩は削られてしまうだろうと思った。

 あの隠れ入江の辺りは、元は、この脆い色の岩で埋まっていて、波風に削られて、脆い色の岩だけが無くなって、入り江と洞が出来たのだろうと思った。


 加羅の島の岸は、隠れ入江の脆い岩と同じ色をしている。

 波風に削られて、細かな砂になり、流されていったのだろう。


 潮の流れは変わる。

 風の向きも変わる。


 加羅の島は潮の向きが変わる境目に在り、船を進めるのに都合の良い潮と風を待つ場所になっている。

 帆船(ベザイブネ)を横付けできる、この岸もあって、多くの船が停まり、人と物の交わりが生まれて栄えている。


 脆い岩の島だから栄えて、脆いために、いつか滅びる。


「よう、気付いたか」


 妙な雰囲気の男の人が声をかけて来た。

 何がとは言えぬが、小袖の着こなし方など、わずかに違うような気がする。


「構わん」


 今治の六郎さんが「この童は自分の連れだ。怪しい者ではない」と言っているようだ。

 どうやら、妙な雰囲気の男の人は犇島の鬼札衆(ジョーカーズ)の百太郎さんのようで、僕達は百太郎さんの家に招かれた。


「よう、坊主。桃太郎を知ってるか?」


 百太郎さんが尋ねて来る。


「構わん」


 今治の六郎さんが「遠慮せずに思っていることを言え」と言っているようなので、ありのままに話す。


「おかしな話だと思います。鬼ヶ島の鬼達は悪事を働いている様子は無いのに、桃太郎に討たれて、財を奪われました」


「犬と猿と雉はどうだ?」


 百太郎さんが乾いた色の笑い声とともに続けて問うて来るので、思うままに答える。


「桃太郎を良く助けただろうと思います。犬は野山を駆け回り、鋭い牙で鬼を倒したでしょう。猿は賢く、山の頂上から辺りを見渡して、有利な場所と危ない道筋を教えたでしょう。雉は素早く飛び回り、桃太郎と犬と猿に揃って動くべき時を知らせたと思います」


「全く、面白い童を連れて来たものだ」


 百太郎さんが膝を叩いて乾いた色の声で笑った。

 それから違う色の声で今治の六郎さんに言った。


「せっかく、面白い童を連れて来てくれたのに悪いが、俺(ウリ)達は行けねえ」


 今治の六郎さんは黙っている。

 百太郎さんが話し続ける。


「百済王(くだらのこにきし)が火を点けた。俺達も坂東(ばんどう)へ行く」


「どう転ぶかは読めねえが、どちらに転んでも良いように、王とは違う方に付く」


「ここに名を残したが、坊主の見立てのとおり、長くはない。ないなえ(地震)が、強いないなえが起きれば、すぐにも滅びるだろう」


「加羅の島も、百の島の内の多くも海に沈むだろう。加羅の名は残るかもしれぬが、唐の島などと呼ばれるかも知れねえな」


「加羅も百済も唐も、皆、滅びた。滅びても名を残すのが俺達だ」


 大事な話しの途中であるようだが、驚きのあまり、口を挟んでしまう。


「唐が、王朝(くに)が滅びるなどということがあるのですか」


 侘しい漁村でしかない長入江の浦であるが、たまに帆船(ベザイブネ)が立ち寄ることがある。

 風と潮に上手く乗れず、加羅の島に着く前に潮待ち、風待ちをすることになった船や、運悪く岩礁に当たって腹を傷めた船が、長入江の浦に寄ることがある。


 そんな時、船主達は船の荷を唐の物であると言って高く売るのだ。

 粗悪な偽物であっても、唐の物であると言われれば、高く買う者も居るのだ。


 その唐が滅びるなどということがあるものか。

 いや、そもそも、王朝(くに)というものがあって、民は王朝(くに)に命じられるままに年貢を納めるのが、この世の有り様というものではないのか。


 百太郎さんが、また乾いた色の声に戻って答える。


「ああ、滅びるさ。唐は、とっくの昔に滅びている。俺の祖父さんか、曽祖父さんの頃の事だ」


「滅びるのには慣れている」


「滅びても名を残す」


「身内と争うことになろうとも、どちらかが生き残って名を残す」


「命を賭けて争って、生き残っても、鬼や犬や猿や雉にされてしまうがな」


「それでも誰かが生き残って名を残す」


「もう故郷の言葉も生き方も忘れてしまったが、それでも生きて名を残す」


「将門殿が敗れるならば、俺達の誰かが生きて逃れて、坂東の沖に鬼ヶ島を見つけるさ」


「生きて藻掻いて名を残し、残った名を見聞きした後の世に生きる者が、何かを思うかもしれねえからな」


 今治の六郎さんが「構わん」と答えた。

 今のは分からなかった。


 やむを得ぬことであると言っているようにも聞こえた。

 同じ気持ちであると言っているようにも聞こえた。

 悲しいこと、惜しいことであると言っているようにも聞こえた。


 全く別の、虚ろの自分には分からぬ事を言っているのだろうと思った。


 いろいろな事が頭に浮かんで、気もそぞろな内に船に帰っていた。

 間違えていた事を知った。

 兄を構うべきであった。


 全裸なのである。

 兄がではない。


 兄が全裸であっても驚かない。

 兄だけが小袖を着ていて、今治の若衆が全裸なのだ。

 兄のうつけが今治の若衆に感染(うつ)ってしまったのかと申し訳ない気持ちになった。


 兄が代われと言う。

 どうやら、唐の国から伝わった骨牌遊びをしていたようだ。

 負けた方が全裸になるという賭けをしていたようだ。


 世話になっている今治の若衆を裸に剥くなど、どういう了見なのかと問い詰めてやりたかったが、皆、楽しそうなので、虚ろの自分には、分からぬ事があるのだろうかと思った。

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