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定理一『とある馬車にて』

「まーさか、誘拐だなんて思わないっすよねぇ」


 小石の上を馬車が踊りながら、鬱蒼と生え揃う灌木に導かれるようにして、さも悠然と道を進んでいる。

 周囲に人影は見当たらない。この周辺が危険であることを、誰もが生きるがままに知っていたからだ。

 馬車はボロいがためか、何か突起したものに引っ掛かる度に(くす)んだ鈍い音を奏で、後部入口に設置された鎧戸が、ブランブランと力なく揺れていた。


 そのまま中を覗いてみれば、なんと悲惨なことか。

 幾人かのプレイヤーが、それも戦う意志など当にかなぐり捨てたプレイヤー達が、両手を手錠で固定され、それぞれ向き合うように座らされている。


 そんな中、現状に呆れてしまっているのであろうか、独り言を口にし、なるがままに身を任せる少女が一人いた。

 薄緑色の髪はサイドで結ばれており、小柄な身体を覆うことのないよう、後ろ髪も纏められている。

 その頭には豊かな赤色のベレー帽が乗せられており、どこか画家のような印象を抱かせる。

 対して服装は酷く現代的であり、この未開拓の地には相応しくないように思われるものだ。

 口からは八重歯が覗き、その印象はどこかは溌剌としていながらも、疲れているのか呆れているのか、目はジトっと虚空を見つめていた。

 

「いやほんと、ちょっと薬草を取ろうと思っただけなんすけどねぇ。ほら、ファンタジーの方々と違って回復とかできないんで、私ら」


「……君は、何一人でさっきからしゃべってるんだよ……」


 そんな少女の様子に苛ついたのであろう、痩せ型の青年が、その膿んでいるかの如く濁った瞳をぎらつかせ、彼女を睨みつけた。

 だが、少女はそれを気に留めることもしない。


「だってここにいる皆さん、さっきからずっと俯いてるじゃないっすか。暇なんすよ暇。それにこれから何が起こるかなんて、もう分かったことでしょ。

 『幸福への道はただ一つ。自分の力ではどうにもならない事柄を悩むのをやめることである』っすよ」


「なんだよそれ……ふざけやがって……」


「ストア派の哲学者、エピクテトスの言葉だね」


 曇天の様相を携えた馬車の内部によく通る声が響く。

 目を下ろしていたプレイヤー達は、その声の発生源を無意識に追ってしまい、後部から見て左側の少女の反対、その真ん中に座る老残なフードを被ったプレイヤーに注意が向く。

 彼はそれを気にすることなく言葉を続けた。


「大学の図書館で読んだ本に、そんなウマの言葉が書かれていたような気がするよ」


「ほー、よく分かりましたね。分からない前提で口に出したのに」


「これでも育ちがいい方なんだ。僕」


 深く被ったフードの合間からは、僅かに微笑む口元が垣間見えた。


「……だからなんなんだよ、意味が分からない」


「何ごとも運命なんだから受け入れろってことっすよ。そうすれば、ほら、私みたいにいい気分になれますヨ?」


 そんなふうに言って、少女はパチリとウィンクを青年に飛ばす。相当うざかったのだろう。彼は忌々しげに髪を掻きむしった後、少女をもう視界には入れないよう、反対側を向いて動かなくなった。


「……もうちょっと周りに優しくしたらどうだい?」


「逆にこんな状況で、優しくできるとお思いっすか?

 ――私達は別に味方同士でもなんでもないっすよ。ただ同じ場所でこんなのに繋がれているだけ。本来なら殺し合っているのが、今の私達なんすから」


 少女の目に、僅かな影が落ちる。

 そこには諦観の念が滲み出ており、見たものは彼女に世捨て人のような印象を受けるだろう。

 フードの青年は何も言わず、彼女を正面から見つめている。


「――あの日、ゲームが始まってから、もう三ヶ月っす。世界がどうなっているのかも分からないまま、ただ呆然と生きてしまいました。まったく。一体何人のプレイヤーが死んだんでしょうねぇ」


 少女は頬を緩ませながらも、その身体に力は感じられない。だが、受け止めているからだろうか。そこまで絶望しているわけではなさそうで、諦めの上に建つ気楽さがあるようであった。


「あぁくそ、陰鬱な気分になる……!!」


 続いて一人の女がその言葉を聞いて、眉間に指を当て激しく揉み始めた。他のプレイヤーも多種多様に、自らに巣食う鬱憤を表現し始める。まるで印象派の展覧会だ。静寂に包まれた阿鼻叫喚が、この車内に沸々と不満を蓄積させる。

 

「……どうしてくれるんだい。目も当てられたもんじゃないぞ、これ」


「さぁ、私は現実を言ったまでっすよ。まぁいいんじゃないっすか。リアリストを名乗る気はありませんが、人間は現実から逃げるべきではないと私は考えるっす」


 そう言うと少女は、やれやれとおどけたふうに、両肘を軽く曲げて手の平を上げ、斜め上を見つめて失笑した。


 「……君、フランス人だろう」


 「お、よく分かりましたね! どこを見てそう思いました? おしゃれなとことかっすかね?」


 「性格が悪いわけじゃないのに、悪いところ」

 

 「なんすかその答え、せめてベレー帽だからとかにしてくださいよ」

 

 やれやれと言わんばかりに、少女はため息を尽きながら青年に向き合う。

 どうやら暇つぶしの相手に彼を選んだようだ。


 「私、ルーソーって言います。プロヴァンス出身! あなたはなんて言うんですか」


 「……『ローラン』とでも言っとこうかな、よろしくね」


 「……ほー。なんすか、フランス人の私に媚び売ってます?」


 「さぁ、どうだろうね。……そんなことより」


 ローランと名乗った青年は、その口元に弧を描いたまま周囲の人間を見渡す。

 先ほどのルーソーの言葉のせいで、みな談笑するどころではなくなってしまっているのだ。当の本人はさして気にしてもいない。

 『なんすか?』と言わんばかりに阿保っぽく笑って、首を傾げているばかりだ。


 「ルーソー、君は諦めるべきだと思うのかい?」


 「まぁ……この状況じゃあねぇ、はは。私は諦めてるってより受け入れてるだけなんすけども。

 ――いま私たちを運んでいる連中は、この辺りでプレイヤーを誘拐し、武器を乱獲してる高名な連中っす」


 ルーソーは喋りながらの景色を眺める。

 背後はすでに薄暗い木陰に覆われて、その高圧がヒシヒシと見つめる者を追い詰める。


 「あなたはついさっきここに入ったばっかりっすよね」


 「あぁ、食料が尽きてしまってね。乞食じみたことをしていたら、この羽目さ」


 「そりゃ災難でしたね。互いにご愁傷様っす」


 「……だが、そんなにこの連中は危険なのかい?

 全員で抵抗したら逃げれたりするんじゃないか?」

 

 「いやぁ、無理ですね」


 ルーソーは視線をローランへと戻し、続けて言う。


 「あんたを攫った連中、あれは『The W Wills』のプレイヤーすよ。ほら、あの戦争系FPSの連中っす」


 ローランは知らなかったとでも言いたげに、興味深く少女の話に耳を傾ける。


 「でもたかが銃弾だろう」


 「なぁに言ってるんですか。銃弾なんて近距離で向けられたら逃げられやしません。

 そりゃあ上位プレイヤーなら話は別でしょうけども。

 私らへにゃちょこプレイヤーなんざ一撃が致命傷になるんですから。それに……」


 「それに?」


 ルーソーは少し声を落として、左手を口の横に添えた。

 どうやら、密やかな話題であるらしい。

 ローランは彼女に合わせるようにして顔を近づける。


 「――『エインヘリャル』の出身プレイヤーを一人雇ってるみたいなんですよ」


 「――ほう」


 ローランはどこか確信めいたものを以てして、その言葉に反応した。

 ――『The() ()Enherjar(エインヘリャル)』。

 それは、この世界で猛威を振るっているプレイヤーの出身ジャンルの一つである。

 まず身体能力が他プレイヤーとは規格外。

 前提としてゲーム内での戦闘の基準値が非常に高かったため、下の下のプレイヤーであっても、この世界では自ずと実力者として扱われてしまうのだ。

 人外的な速度と攻撃力、そして何者も寄せ付けない防御力――


 「あんな連中が仲間にいるんなら、抵抗できても誰も逆らえやしませんよ。

 はっ! 全く、何が異種ジャンル混合型バトルロワイアルっすか。Z戦士にスタンド使いをぶつけるようなもんっすよ!」


 「いや、それは勝てないこともない気がするが……」


 「はいぃ? ……というか」


 そう言うと、少女は急に青年の全身を訝しげに見まわし始める。

 足元から腰、続いて胸元、腕に至ってそのまま頭部へ――


 「……武器、装備してないんすねぇ」


 「――武を競うようなゲームの出身じゃなかったからね」


 「ほーん……そうですか」


 ルーソーは未だ青年をじっと見つめている。

 馬車の振動で、緑々しい髪の毛だけが軽やかに揺れている。

 見つめられることに歯がゆくなったのか、青年は顔を横に背ける。

 そうして、数秒ほど経っただろうか。

 ルーソーは満足したかのように小悪魔っぽく笑った後、両手を頭の後ろに置いて口笛を吹き始めた。

 

 「……一体なんだったんだい?」


 「いいやぁ? なんでもないっすよ? ただまぁ――」


 森は次第に開き始めている。

 豊かな大地には荘重な樹壁が立ち並び、軽やかに伸びる梢には、露が滴り土を湿らせている。

 周囲は至って静かだ。ただ時々、春の鳥が互いに返事をするように鳴き合う。

 細枝の合間より覗く雲は、どこか雨を孕んでいるように思えた。


 「――任せましたよ、この先は。ひひ」


 再び彼女による独奏が開始される。演目は『ラ・マルセイエーズ』だ。

 彼女はこの闇深い森には不適合なほどに、勇躍的かつ愉楽的な音律を悠々と奏でるのであった。


 ――――――――――――――――――――――――――


「着いたぞ、降りろ!」


 低く篭った声が狭い車内へと向けられた。馬車はすでに停車しており、馬に似た生き物も曳き綱(トレース)から外され、近くの馬小屋に移動させられている。どうやら目的地に無事着いたようだ。


「ほら、進め、進め」

 

 勢いよく鎧戸が開かれて、馬車を操縦していた二人組が姿を現す。

 どちらも軍服を羽織っており、足先まで肌を露出させることなく、ブーツまでしっかり布で覆われている。胸部には防弾チョッキが装着されているほか、近未来的な出立ちをしたコアのようなものも備えられていた。どうやらこちらは別のジャンルの武器を装着しているらしい。

 両手にはアサルトライフルが握られており、銃口は捕えたプレイヤー達の方を向いて離さない。


「ひっ、わ、わかった、降りる! 降りるから!」


「急かしてないから落ち着け。ただ言うことを聞けばそれでいいんだ」


 (……思ったよりも優しいんだ。

 まぁ、殺してることには変わりないんだけど)


 ルーソーはそんなふうに一人心地ながら、周囲の環境を見渡し、確認する。

 馬車のすぐ横には高く聳え立つ崖があり、その根本の部分には、かなり小さめの洞窟、その入り口が闇を伴って鎮座している。

 洞窟の正面には森が広がっており、切り開かれた道が一本。この道を彼女達は運ばれてきたようだ。


「こういう洞窟ってのは、入り口が狭いように見えて奥が馬鹿広かったりしますからねぇ。……さぁ行きましょう、ローランさん……ローランさん?」


 周囲のプレイヤーがすぐさまと降りていく中、ルーソーもそれについていこうとする。だが、振り返ってみればローランはじっと座って動こうとしない。

 

「ローランさん、何やってるんすか。急かしてないとかあの人達言ってましたけど、あれは高所を取った者の余裕っすよ。ちょっと突けばすぐに崩れる砂の牙城みたいなもんなんすから」


「……すまない。少し考え事をね」


 その時、青く輝く大きな瞳が、フードの合間から垣間見えた。


「おい、フード男! 早く降りやがれ!」

 

 案の定、二人の兵士は車内に残る彼に気づき、先程とは打って変わって迅速な下車を促してくる。

 ローランはそれに従って、手首に装着された手錠をガチャガチャいわせながら、後部に設置された階段を降りて、他のプレイヤーに追従した。

 

「うぅ、暗そうっすねぇ……ランタンがあればいいんすけど」


「光ることには自信があるぞ」


「なんすかそれ。ピカピカ光る能力でも持ってんすか?」


 そうして二人は軽口を叩きながら、深淵香る洞窟の奥へと連れて行かれた。

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