定理二『聖光』
「ほら、ここに並んで待ってろ!」
兵士達に捕らえられた捕虜達は、洞窟を三十分ほどあるかされた後、天井高く広がる大きな空洞に出た。
高さにして三十メートルは下らないだろうか。小型ビル一棟分が収まるだけの広さがそこにはあった。それだけではない。そこらかしこに水溜りや流水が存在しており、潜伏先としてはまさに最適解と呼べる環境なのである。そして壁面には鳶色の岩肌が立ち並び、その隙間からは毒々しく揺れるキノコが群生していた。
「いやぁ、ファンタジーっすねぇ。こんな光景、私がいたゲームでは見れなかったですもん」
「中々素晴らしい景色だ。キノコが光ってくれてるおかげで視界もいい。まぁ――」
アーサーは自らが座らされた位置から周囲へと眼を回す。
「――基地のせいで全て台無しだけどね」
そう、ローランを含めたプレイヤー達はただの洞窟に案内されたわけではない。すでにその内部は軍事的に利用され、数多の機材や武器、そして四方に展開された簡易基地で覆い尽くされていたからだ。
二人が座っているのは、どうやら代表者がいるらしい巨大なテントの前であった。
彼らの周囲には沢山のFPSプレイヤー達がおり、お互いに談笑しあったり、戦車といった兵器の手入れをしているようだ。ルーソーは非常にうるさく、耳に悪いなと思った。
「それにしても群れが凄いな。殺し合いを強制されている中、ここまで協力し合えるものか」
「それは街に住んでるプレイヤー達も同じっすよ」
「いいや、彼らは平和を望んで肩を寄せ合ってる。
――ここにいるプレイヤーはみな、生き残るために手を取り合ってるんだ。そうそうできることじゃない」
規律よく、行進の練習をしているプレイヤー達を横目に見ながら、ローランはそう口にした。
「『ダブウィル』がそういったゲームでしたからね」
「……『ダブウィル』?」
「『The W Wills』の略っすよ。知らないんすか?」
「普通『T2W』じゃないのかい?」
「……国境というのは残酷なもんすねぇ」
ルーソーは冗談らしくため息を吐きながら、ローランと視線を合わせて話し始める。待っているのが嫌いな彼女はいつでも暇つぶしできるものを探しているのである。
「『ダブウィル』は元々、偽りの国家を形成し、二陣営に分かれて戦争するゲームっす。過酷な状況の中で、一人の人間が如何に弱いかなんて、当然のように熟知してるでしょう。それもこんな状況の中じゃね」
「……」
「あの人ら一人一人はこの世界じゃどこまでも無力っす。銃弾を弾く肉体を持つ奴らが跋扈している畜生界っすよ? そりゃあ互いに協力し合わないと生き残れないってなりますよ。というか、数の暴力が彼らの強みっすから」
ルーソーはどうやら彼らに同情する考えがあるらしい。
憐れむような視線を周囲のプレイヤーに向けた後、やれやれと言わんばかりに軽く笑った。そこには悲哀の情が宿っているように、ローランには思われた。
「……だとしても、人を率先して殺していることには変りない」
「……綺麗事は抜かさない方が身のためですよ。ほら――」
ルーソーは正面のテントに目を向けた。
「――親玉の登場っす」
ローランが視線を移すと、中年らしき、如何にも軍曹のような服装をした男がテントから出てきたところだった。
口には紙タバコを加えており、その細く締まった長躯からは堅人らしい慇懃な印象を抱かされる。
だが、ローランが注視したのはこの司令官の方ではなく、その背後から歩いてくる存在であった。
「……まぁお前ならそうするか」
「なんすか、あのおっさんと知り合いっすか」
「いいや。これっぽっちも知らないね」
「てことは、あの後ろの方――」
「――何ひそひそと話している。私が蜜月の許可をいつ与えた?」
男の堅苦しい切口上が、一列に座らされた俘虜達に並のない恐怖を植え付ける。肺に吐瀉物が逆流したかのように、吐く息は荒く、臓物はひしゃげ、滲む唾は酸っぱい。
「ひ、ひ、ひひ」
そして、もはや耐えきれなかったのだろう。
迫る現実に押しつぶされた女が、感情の導線をめちゃくちゃにいじられ、気が狂ったように笑い始めた。
「ひふひ、ひひ!」
「おいおいレヴォシス、こいつイカれちまってるぞ」
男はもはや見慣れた日常の一部として静観していた。だが、彼の張り詰めた背後へ、場違いなほどに軽薄な声音が投げかけられる。
「――ドリトン君か。
仕方があるまい。"死が偽りでないと認識する"。これは死は『死』であるとただ知っているよりも恐ろしいものだ」
「あぁその通りだ。その点に関しては俺も同意するとも」
その男の見た目は、この場には不相応なものであった。
赤い装飾があしらわれた中世騎士の如き鎧。
肩より垂れ下がる、同じく赤い色合いのマント。
こんもりと盛り上がった鋼鉄の肩当て。
髪質が硬いためか、癖っ毛のように跳ね上がった金髪。
そして背中に背負われた金色にてらつく巨大な戦斧。
誰がどう見ようとも、決して軍人だと映らないであろうファンタジー然とした男が、そこには立っていた。
「……あれが噂のお人っすね。
大会の映像で見たことあります、確か――」
「――ランキング121位、『雷斧のドリトン』」
よく知られたその異名を、ローランは確信を以て呟いた。
『雷斧のドリトン』。
かつて『エンヘリャル』で猛威を振るい、雷の如き速度と火力で戦場を荒らした戦人。
「おいおい、八人しかいねぇのか。もっと捕まえとけよタコ助共」
そんな恐れられた彼も、今はただレヴォシス司令官が捕らえたプレイヤー達に命令をする様を眺めているだけだ。
「……俺はタイパ主義者だ。だから単刀直入に言おう。私たちは今からお前達の武器を獲る。装備権限があるやつはそれを解除し、俺たちに渡せ。拒否したら殺す」
「わ、渡したら許してくれるのか!?」
「なぁに希望を持ってる。逃す、とは言っていないぞ。
ほれ、早く取り上げろお前ら」
束の間の喜びすら時間の無駄と切り捨て、司令官の男は部下達にプレイヤーの持つ武器を剥がさせる。
順序は右から左に一人ずつだ。
この光景を見ることが暇つぶしになるのか、周囲で作業していたプレイヤー達も、円で囲むようにして観察に徹している。どうやら装備品の鹵獲を、お宝開帳の感覚で楽しんでいるらしい。
「まずはお前だ、女」
「ふへ、こ、これです」
顔に様子のおかしい笑みを浮かべ、女は自らの腰に装着された武器を指し示した。
彫琢が凝られたSF風の銃だ。兵士はそれを女から取り外すと地面へと置く。ゴトン、と軽重を兼ね備えた音が響いた。
だがその女の見た目は、どういったジャンルのプレイヤーなのかは明瞭に判別できるものである。
だからか、兵士達は対して期待していなったと言わんばかりに注目の対象を隣へと移していった。
――――――――――――――――――――――――
こうして順番が次々と回っていき、ルーソーとローランのものを除き、様々な武器が兵士達によって鹵獲されていった。
それらは見せつけるようにビニールシートの上に整然と並べられ、そこを中心として囲む様はまさにキャンプファイヤーのようだ。
「次はお前の番だ、女」
ルーソーの番が回ってきた。
彼女も他のプレイヤー達に習い、さしても抵抗することなく、自らの腰を指し示す。
「……はい、これですよ、これ」
そこには一本の短剣が刺さっていた。別にどうということはない、ただのシンプルな短剣である。
「よろしい。回収しろ」
「……あいつ、さっきまであんなの持ってたか?」
「そりゃあ、腰につけてんだからそうだろ」
「そうか、まぁそうだよな……」
このとき、ここまで捕虜達を運んだ二人の兵士は、このとき何か、言葉では言い表せぬ違和感を覚えていた。だが、明瞭に解き明かすことができなくては、それはただの勘違いで終わってしまうものである。事実、この二人も自分の見当違いだと考え、言葉に出すのはやめてしまった。
そうして、これで最後の一人となる。
ローランの番が、回ってくる。
「さぁ、次はお前だ……」
「……」
「さぁ貴様の武器を見せろ。マントに隠れて見えんのだ。早くその下にあるものを――」
「――その人、武器持ってないっすよ」
「――なに?」
レヴォシス司令官の視線がローランから、その横で控えてた一人の少女へと移される。
「武器を持っていないだと?」
「えぇ、馬車の中で確認しました。全く、偉い立場にいるんなら部下の管理ぐらいしっかりした方がいいっすよ。こうやってあなたが嫌いな時間のロスが、ブヘッッ!!」
兵士の一人が、背後からルーソーのことを押さえつける。彼女の減らず口がうるさかったが故の自業自得であろう。被っていたベレー帽は衝撃で地面へと落ちてしまっているが、本人はそんなことよりも押さえつけられた事実に憤慨しているようだ。
レヴォシス司令官はそんな光景を一瞥した後、再びローランへと向き合い、見下ろしながら問いかけた。
「貴様、今のは本当か?」
「はは、もちろん嘘ですよ」
「はぁ!?」
予想外の驚愕である。
ルーソーは思わず、心のままにアーサーへと叫び散らかした。
「いやあなた持ってなかったっすよね!?
私を裏切る気っすかぁぁあ!!」
「おいこら! 暴れるな女!」
レヴォシス司令官はローランを見る。
「なら今すぐに装備を出せ」
「――もちろん、構いませんが」
深く被ったフードは顔の表象を一切許さない。
しかし、その佇まいからは深淵を覗き込むような底知れぬ威容が立ち昇っている。
「本当に構いませんね?」
「ん?」
「僕は装備をあなたに渡す。これは命令ということで構わないのだな、と聞いている」
「――きさま、私をおちょくっているのか?」
重圧を伴った怒りが、その体躯を押し潰さんと向けられる。この男はどんなものよりも、他者に舐められることを最大の屈辱としていたからだ。
――二つの銃口が、ローランへと向く。
カチャリ、と見た目に反して軽快な音を鳴らすそれは、死がどれほど軽いものなのかを言わんとしているようにも思える。
だがローラン自身は、そのような脅しでは動揺しない。
至って普段通りの口調でレヴォシスへ喋りかけ始める。
「あなたが望んだ通りに答えればいい。武器が見たいのか、そうじゃないのか」
「ふざけるのも大概にしろ……!
次私をおちょくればその脳天に鉛玉をぶち込むぞ!」
しかしそんな男の苛つきに、待ったの声がかけられた。
「レヴォシス司令官様よ。下がってな」
「……ドリトンくん」
――エンヘリャル出身のプレイヤー、ドリトンだ。
「さて、そこのフード男よ」
長い脚が、歩を進める。
ローランに向けられたドリトンの瞳には、疑うべくもない敵意が込められている。
肩には巨大な斧がかけられ、その鍛え上げられた身体からは、色濃い警戒の色が醸し出される。
そうして、剣戟であれば互いの切先が届きうるところまで、距離が縮まったところで――
「いますぐ。何もせず。武器を出せ」
――ローランの首元に、その戦斧の刃が添えられた。
「え、ちょ、ちょ、だ、大丈夫なんすか」
地面へと押し付けられたルーソーは何か予想外と言わんばかりに、その小柄な顔に汗を滴らせる。
他のプレイヤー達も、もう嫌だと言わんばかりに下を向き、目を瞑っている。
一つ間違えれば、容易く首が飛ぶ。
そんな、そんな死へ続く道のど真ん中で――
「――やめておきたまえ、ドリトン。君の得意はこういったものじゃなかっただろう」
「――――――その、声。まさか」
――蒼い瞳が、つぶさに光輝き、己が手枷へと落とされた。
「それにこれは、司令官様からの直接命令だ――」
「……ッ!! てめぇ!!」
一瞬の間に、アーサーの手元から澄明な光が放たれる。
拘束された両手から、溢れんばかりの絶光が現れる。
真っ白に染まった両腕が、遍く全てを照らし出す。
暗く湿った大空間、その天井が星空へと姿を変える。
その獅子奮迅は流星の如く。
「な、なにがおき――」
レヴォシス司令官はその異常に驚愕し、急に輝きだした人質を唖然と凝視していた。
『イレギュラー』。
何度も戦場でぶち当たってきたはずのそれ。
今となっては、どれもが霞むほどに弱々しい。
しかし、混乱の中にありながらも、その鍛え上げれた観察眼は如実にその力を発揮する。
《ジュワァァァァ…………》
指揮官は気づく。アーサーの手元、その違和感に。
極光が伴う猛熱。
それによってドロドロに溶け出している手枷に。
「――ドリトン止めろ! 早く!!」
「ちぃッ!! くそが!!」
ドリトンの表情に、看過できない焦りが生じる。
その感情が潤滑油となり、首に添えられていた巨斧が大きく振りかぶられた。それだけではない。刀身にはバチバチと雷撃が奔り、ただでさえ目の眩む現状を更に加速させる。そして――
「――なんでてめぇがぁぁぁぁあ!!」
――斧が、首を刈り払うために振り抜かれた。
「――光は時に、凶器となりうるからね」
《ボチャンッッッッッ!!》
溶鉄が手首より、地面へと垂れ落ちた。
刹那、ローランの姿が消える。
「――ごふぅぉお!!?」
男が再び認知したときにはもう遅い。
その動きは振り下ろされた戦斧の速度を凌ぎ、光輝く拳が男の腹を直撃していた!
微かに、肉が焼ける音が辺りに響く。
腹に滲んだ妙光が、ドリトンを焼き抜き、弾き飛ばす。
男の身体は、背後にあったテントを弾丸の如き速度で突き破り、さらにはそれらを巻き込んで更に奥の岩石へと突っ込んだ。
「ド、ドリトン!!」
「大丈夫、あの程度じゃ死なないよ」
目にしたことがない破壊の末路に、レヴォシスはただ戦慄し、その黒い瞳を剥いている。
だが戦場で冷静さを失えばどうなるか、それは彼自身もよく知っていた。
「――撃て撃て撃てぇぇえ!!」
《ダダダダダダダダダダダダダダ!!!》
銃弾の嵐が、ローランを襲う。
彼へ銃を構えていた二人の兵士が、瞬間的に移動したローランへ向けてマシンガンを撃ち放つ。
一つ一つが肉を抉り取る侵略兵器。
常人ならば、一撃受けただけで致命傷だ。
それを――
「――やはりか……!!」
――ローランは身動き一つすることなく、ただ肉体で受けるだけで弾いてしまった。
レヴォシス司令官はその様子を見て、先程とは違う、歪なまでに不気味な笑顔を顔面に貼り付けた。
周囲のプレイヤー達の様子が変わる。
兵士達の声が猛り、各自が司令に従い動く。
基地を劈くサイレンと共に、事前準備されていた非常時体制が即時展開される。
「僕らは肉体に魔力で膜を張っている。
このくらいの数の銃弾程度じゃ傷はつけられない。
『たかが』っていうのは、こういう意味だよ」
「は、はぁ……」
ちらりと、視線がルーソーへと向けられる。答え合わせというわけであるらしい。
かくゆうルーソーは、目の前で繰り広げられた衝撃の展開の数々にあんぐりと口を開けている。予想はしていたようだが、実際に見てみるのとでは、やはり違うものがあるらしい。
「――さて、レヴォシス司令官どの」
「……!!」
ローランが正面から向き合う。
男の歯軋りが、空気をも軋ませる。
「確か、武器が見たいのだったかな?」
先程の問いを、ローランは淡々と繰り返す。フードの端から覗く口元には、先程の微笑は一片も残っていない。
その身から溢れ出した峻烈な威容は、男の矜持を逆撫でし、抗いようのない畏怖でその場を支配した。
「手枷があっては見せてあげられなかったからね」
そう言い捨てると、ローランは唐突に、天高く手を掲げた。高く掲げた手の勢いとは裏腹に、湖心のような瞳はどこまでも静かに、真下を見据えている。
その様は、清流に潜む鮎の掴み取りの如く。
「何を、する気だ?」
「抜くんだよ。だって『聖剣』っていうのは――」
そして次の瞬間、ローランは地面へとその拳を突っ込み――
「――いつだって、抜き取るものだろ?」
――そこから、極光を放ち輝く、一本の聖剣を抜き取ったのだ。
「――あの、剣は」
その様を凝視していた兵士が、戦慄と共に独り言ちる。
かつて『エンヘリャル』において、文字通り万軍を排し、その猛き頂に君臨した伝説のプレイヤー、その一人。
その者が振るった、極彩色を放つ一振り。
――聖光を放ち、遍く全てを焼き払う一振り。
「――てめぇが、なんでてめぇが!」
ドリトンが、吹き抜けた穴より、雷鳴を轟かせて迫り来る。
ローランは空いた片手で全身を覆うマントを握る。
「……強いんだろうとは思ってましたが。まさかの人物でしたね」
ルーソーはどこか呆れたように、そして臓物に渦巻く嫌悪を吐き出すように、乾いた口で言葉を唱える。
ローランは勢いよく、マントを脱ぎ去る。
「あ、あれって……!」
「だ、誰だよ」
「知らないのか! エンヘリャルの『英雄』だ……!」
捕らえられたプレイヤー達はその光に戦慄する。
輝きが網膜を焼き、心を白く染め上げるにつれ、魂の震えはいつしか静かな歓喜へと変わっていく。
そしてローランは遂に、その威光をこの世に示す。
「俺たちプレイヤーの『英雄』だ!!」
そして、次の瞬間、巨大な雷斧と、光り輝く聖剣が、その溢れんばかりの光を携えて激突した――!
「なんでてめぇがここにいる!? 『アーサー』!!!」
「渠成って水至る、だ。
皆の命は救わせてもらうぞ、ドリトン」




