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第二話『Ethica』

 「それで、何のようです?

 あれですか、また僕の写真集でも売り捌こうとかいう魂胆ですか」


 一抹の騒動が収束の形を取った後、アーサーはソファにかけてあった下着やパジャマを手に取り即座に着替えた。

 しかし、このリチャードとかいう男はどうやらパジャマの存在に気づいていなかったらしい。

 この酔漢の尻に踏まれていた衣服類はどれも生暖かさを宿しており、着心地は最悪であった。

 アーサーは花の夜すらもその尻によって潰されたように感じ、募る不満に身を任せ、なるがまま皮肉を口にした。

 

 「いいや、そりゃあ無理だね。需要はまだあるとは思うが、世間が許しちゃくれねぇさ。

 俺のアメリカ(母国)は特にだ。『殺人が趣味の異常者を、ハリウッドスターみてぇに扱うのは以ての外だ!』ってな」


 「……ジョークですよ、そんなまともに受け取らないでください」


 「へっ、これだからブリテン諸島の御歴方は!

 お高く止まってるからか知らねえが、上手いジョークを言うのも(アレテ-)の一つみたいな顔してやがる」


 リチャードは唾の代わりにそんな言葉を吐き出しながら、ワインに再び口をつけた。

 アーサーはこの食えない男を睨みつけながらも、先祖代々受け継がれてきた自家製のワインが、安物のビールの如く飲まれているその様に気を取られている。そして男に飲まれてしまうくらいなら、自分もその一端を担った方が良いと判断したのだろう。事前にリチャードが机に置いていたもう一つのグラスにそれを注ぎ、軽くキスをするようにして口に含んだ。

 

 「それにしてもうめぇ赤ワインだ。いい暮らしをしてるとは思っていたが、ここまでとは」


 「父が鍵をくれたんです。世間から離れて過ごすならここがいいだろう、と」


 「加えて、おめぇさんが愛してやまない『アーサー王』所縁の地だ。全く、溺愛されてやがるな。

 俺がロンドンの本社に顔を出した時も、息子が愛おしくて堪らないみたいな顔してたよ……ヤニは吸っていいのかい?」


 「勘弁してください。……なんで父を訪れてまで?」


 リチャードは了承を得る前提で出していたタバコの箱を渋々ポケットの中にしまい込み、対面するアーサーの顔をしっかりと見つめて喋り始めた。


 「お前を訪れるメリットが何よりも大きかったからだよ。

 ……お前さんは覚えているか? あの胸糞悪い終焉の日を」


 「……まぁ、一プレイヤーとして、それなりには」


 アーサーの顔に苦渋の色が滲む。

 事実それは苦い、何よりも苦い記憶だった。


 「突然国連より通告されたサービス終了命令。

 俺達は半分予測していた面もあったが、それにしても事が進むのはあまりにも早かった」


 「そちらも、色々と大変だったようですね。僕は後から知りましたが」


 「あぁ、なんせ俺達ハード側だけの問題じゃねぇ。MMS型タイトルを開発していたゲーム会社の連中、及び投資してきた大企業や資本家様方にも被害はいったんだからなぁ。各サーバーの差し押さえ、市場の縮小、関連グッズの販売禁止。それだけじゃねぇ。何よりきつかったのが一つある。分かるだろ?」


 「……世間の目、ですね」


 「ありゃきつかった。世界レベルで俺達の信頼は地に落ちたんだ。別に何かしら裏切ったわけでもねぇ、それよか顧客の要求に真摯に答えてやってたってのによぉ!」


 今だ怒りはこみ上げてくるのか、リチャードは自らの頭髪を、空いた左手で掻き毟る。

 足元の床には何本かの赤いそれが羽毛のように落ちていた。

 薬指の指輪は暖炉の光を反射し、揺らめく気焔が浅く投射されている。

 アーサーにはそれを気にする余裕はない。怒りではないが、かつて受けた恐怖や悲しみを彼自身もひしひしと思い出しているのだから。

 そして、それらの受難はこの青年とって、何よりも冷酷な裏切りのようなものであった。


 「……僕も、あれは堪えました。ロンドンの周りを歩こうものなら、罵詈雑言で耳が詰まりそうになる」


 「そりゃそうさ、何もお前だけじゃねぇ。

 例外なく、MMSで名を挙げていたプレイヤーはまともに社会生活を送れなくなった!

 その負担だって俺達に丸投げされたんだ! 大いに結構ではあるが、あまりにも他責的すぎるってんだよ!」


 もはや笑ってしまいそうだと、顔を手で覆うリチャード。

 よく見れば少しばかり禿げている。髭も伸ばしているというより、剃れていないだけのようだ。

 光に照らされた高めのスーツにも、ところどころに縫い跡が見受けられる。

 彼が今できる最大級のカジュアルコーデなのだろう。

 アーサーにはもはや、かける言葉が見つからないように思われた。


 「……分からないでもねぇんだ。

 MMS依存だって深刻化してたし、人殺しに対する抵抗感の欠如だって無視できるもんじゃなかった。

 魔法を使おうと、大阪のど真ん中で無意識に手を翳すやつの動画を見た日なんざ、俺もゾッとしたもんだ。

 ……何より、実際に殺人事件が起きちまったのが、もはや弁明のしようがない何よりの決定打だ」


 「……」


 「でも、でもよ。

 ――俺達だって、何も人を不幸にしようってわけじゃなかったんだ。それなのに温情もなく、見せしめみてぇに。

 あんな仕打ちはねぇよ……。そうだろ……? アーサー……」


 瞬間、暖炉の火がぱちりと弾けた。

 次に訪れたのは、静寂。たった一つの音が、この家に沈黙を強いたのだ。

 そうなると、人間の頭から熱は冷め、処理しきれていなかった情報が脳から溢れ出してくる。

 それは川に似ている。堰き止められていた水流が、些細な出来事で溢れ出すような、そんな川に似ている。

 川の水は一度流れれば、止まることはなく受動的に岸を進む。

 アーサーの思考もそうだった。変に昂ったようでいて、頭は冷たいほどに冴えわたっていた。


 「……別にあなたは、不満を言い合うため、ここにきたわけではないでしょう。

 要件はなんですか。ここまでやっておいて、まさか本当に飲み仲間に僕を勧誘しにきたとか言いませんよね?」


 「……ちょっとくらいつき合ってくれてもいいだろうによぉ。まぁ、まだ二十四歳の青二才だ。味やら臭いやらしか、酒の良さは分かるまいなぁ。……だが面白いことに、お前の予想は半分当たってる」

 

 「なんですって?」


 痩せ型の身体が、アーサーに向けて乗り出される。

 これまでの酒に照った色付きは、もうその顔には見受けられない。

 そうしてリチャードは、決意に満ちた口調でこう言った。

 

 「――復讐だよ。俺はお前を復讐者として勧誘しにきたんだ」


 その時、勢いよく、アーサーの身体が立ち上がった。

 揺れる拳骨には、隠しきれない怒りが滲んでいる。

 先ほどまでは微塵も感じていなかったそれが、今、アーサーの身体を支配せんとしていた。

 その瞳にはもはや憐憫の情は一切感じられない。純粋な敵意、失望、あるいは落胆。

 自らのアイデンティティ、それが起因とする個人的道徳観(ポリシー)が、彼がすべき行動を即座に命令する。

 アーサーはそんな生理的衝動に従順に従いながら、リチャードに向けて絞り出すように言葉を紡いだ。

 

 「僕も安く見られたものだ……。自分と同じ被害者だから分かってくれるはず、とか思っていましたか。

 見当違いにも程がある。僕は世間を憎んじゃいない。

 恐怖はする。困惑もする。だが僕は世間にやり返したいだなんて思っちゃいない!

 あなたは自らの墓穴を掘っただけだ……!!

 悪いが、通報させてもらう……!」


 震える右手をなんとか制御しながらも、彼は左手首に巻いたリスト・プロジェクターをタップし、電話番号を打とうと目の前に浮かぶホログラムをスワイプしていく。

 だが先ほどとは打って変わり、リチャードは極めて冷静であった。だから、彼はこんなことを言ったのだ。


 「……英雄らしくないことだからか? 『アーサー』」

 

 「――ッッ!!」


 その言葉は、アーサーの身体をフリーズさせるのには十分な効力を持っていた。

 受けた衝撃に開かれる瞳は、青いその色を水溜りのように揺らめかせ、リチャードのことを凝視している。

 

 「そ、そういう問題じゃない! これは明確な悪行だと言っているんだ、看過できることじゃない!」


 「まぁ待て落ち着け。戦場でも、お前はそうやってヒステリックみてぇに振舞ってたのか?

 俺が知ってる『アーサー』ってプレイヤーは極めて冷静だったはずなんだがな」


 そういうとリチャードは、再びワインを口に含んだ後、ゆっくりと息を肺から吐き出した。

 その様子を見てか、アーサーの荒ぶる思考も次第に凪いていく。

 ふと、自分の息が荒れていることに気づく。

 彼は今になって、急に少し恥ずかしくなった。


 「……まぁ、俺の言い方が悪かった。

 安心しろ、だれかに危害を加えるもんじゃねぇ」


 「……そうなんですか。でも、だったらなんです? 復讐って」


 アーサーはそう言いながら、ゆっくりとソファへと腰掛ける。


 「あぁ、そうそこだ。それが本題だ。

 まず、これはプレイヤー(お前ら)の協力が必須なんだ。そして成功すれば、歴史に残るどでかい事件になる」


 「……」

 

 「言っちまえば、これは世間にとって己が身を移す鏡となり、国連の連中にとって自らに向けられた鋭い刃になり、プレイヤーにとっては再起の希望となり、そして企業(おれたち)にとっちゃ、復讐そのものとなる。まぁつまりだ――」


 言葉が、空気を震わせた。

 アーサーには、そう感じられるほどの衝撃が――


 「――最初で最後。これまでに類のない『MMS』による世界大会を開く」


 ――――泥沼に沈む王冠、その輝きの如き衝撃があったのだ。


 「――ッッ!?」


 アーサーは驚愕の念に満ちた全身を勢いよく乗り出し、手元に置いていたグラスをそのままに倒してしまった。

 だがそんなこと、今の彼には本当にどうでもいい。

 MMSの復活。国際法で禁止された殺し合い、それによる世界大会。

 かつてのプレイヤーたちが再び集結し、覇を競い合う。あの四年の、僅かな間にだけ許された背徳の遊戯が。


 「で、でもそれは大犯罪だ! 世界レベルのサロンを開いて麻薬を一斉に吸うようなものじゃないか!」

 

 「あぁ犯罪中の犯罪だ。だが決してその片棒を担がせはしねぇ。

 その代わり。お前達には人質になってもらうぜ、ゲーム運営を持続させるだけの」


 「ひ、人質?? どういうことだ、さっぱり分からない!」

 

 「まず大会の概要からだ。

 ――2082年11月24日、ちょうど明後日。世界各地にある我が社のサーバーより、世界同時リンクによる大規模な大会が開催される。しかも全世界同時配信。懸賞金額は580万ドルだ!!』

 

  あまりにも膨大な情報量を前に、アーサーは何も言うことができない、疑問が湧き上がる隙もない。

 

 「開催期間はAIによる予測によると約一年!

 加速設定により、ダイブ中の主観時間は現実の三倍を推移する。つまりゲーム内時間にして約三年だ。その間の肉体の安全は俺達が責任を以て保証する!」


 「待って、待ってくれ……! 聞きたいこと、というか聞かねばならないことはいっぱいあるんでしょうけど……!

 まずあなたはまだ肝心なことを言っていない。あなた方はどのタイトルの大会を開催しようと――」


 「――全部だ」


 「ぜん――は?」


 「全部まとめて同じサーバーでやる……」


 瞬間、時間が止まる。

 リチャードは止まらない。アーサーが如何に狼狽えようが関係ない。

 このときの、彼の想いはただ一つ。

 『やっとこの計画を、この口から、思う存分吐き出せる』。

 そんな恍惚とした興奮を携えて、彼はついに、その名を口に出したのである。


 ――歴史上最悪のテロ事件として名を残す、その名前を。


 「――その大会名は『Ethica』。

これまで発売されたMMSタイトル十四作、そのプレイヤー達が一堂に会し、ゲームクリアを目指す!

 史上最大の異種ジャンル混合型バトルロワイアルだ……!」

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