【絢音】海に消えた【瞳中の夢】
船は嵐の真っ只中へと突入し、豪雨が容赦なく甲板に叩きつけられる。
甲板は絶えず波に飲まれては、両舷から海水を吐き出していく。
波はまるで生き物のように船体に打ち付け、暗闇と雷光の狭間で、船は激しく上下に揺さぶられていた。
「お気をつけください。来ますわ」
ナイアの静かな呟きが、何かの引き金となった。
甲板の先で、漆黒の海面が突如として隆起する。
海から湧き出た数十体もの怪物が、耳障りな金切り声を上げながら甲板へと這い上がってきた。
歪に曲がった背。
ぬめりを帯びた鱗皮。
その手には、骨や珊瑚を繋ぎ合わせたような粗末な武器が握られている。
頭部が明らかに魚類の者もいれば、ウミヘビのような特徴を持つ者もいた。
「これが、ナイアの言ってた眷属?」
画面の上部に、『0/1000』と記されたエネルギーゲージと、『1000/1000』と書かれた船の耐久バーが新たに出現した。
絢音が海獣を一体倒すと、その頭上に『50』という数値が浮かび上がった。
「おっ! 増えた!」
絢音はエネルギーゲージが『50/1000』となり、赤いメーターが少しだけ満たされたのに気づく。
甲板に描かれた魔法陣の紋様も、それに呼応するように淡く光り始めた。
討伐スコアが300を超えると、エネルギーゲージの色が赤から黄色へと変化した。
「これで発射の最低ラインには到達しましたけれど、これでは次に現れる『海の主』の化身を消滅させられないかもしれませんわね」
ナイアは後方甲板で、三人の助っ人たちと共に悠然と観戦を決め込んでいる。
奇妙なことに、海獣たちは誰一匹として彼女たちの方へは向かっていかなかった。
「すまねぇ。俺たちは魔法陣を制御するためにここから動けねぇんだ。戦闘は頼んだぞ!」
高台にいる金髪の男が少し申し訳なさそうに言った。
「任せて!」
絢音は全く気にする様子もなく、本格的な戦闘を開始した。
「えっ、ちょっと待って。やつら船壊してない!?」
船の耐久値が減り始めていることに気づいた絢音は、慌てて敵を倒すペースを上げた。
:雑魚多すぎワロタ
:まぁそんなに強くなさそうだけど
「そろそろ来ますよ」
ナイアが手に持った煙管を軽く叩くと、画面上部に『3:00』のカウントダウンタイマーが出現した。
同時に、遠方の海面が不自然に大きくうねり始める。
「来るっ……!」
絢音は緊張した面持ちで画面を見つめる。
エネルギーゲージは現在900まで到達し、色は緑色に変わっていた。
そして、カウントダウンが最後の1秒を刻む。
カメラがグッと引いた。
巨大なサメが海面を突き破り、血生臭い大口を開けて船へと飛びかかってきた。
ドアップになった画面では、白く鋭い牙の一本一本までが鮮明に見て取れる。
「おおーっ、サメだ!かっこいい!」
サメ好きの絢音は目を輝かせ、興奮気味に画面を食い入るように見つめた。
深紅の照準が巨大ザメにロックオンされ、『発射』のボタンが浮かび上がる。
「今です!」
絢音が確認ボタンをクリックする。
白熱の閃光が、空中に躍り出た巨大ザメを直撃した。
巨大ザメは断末魔の叫びを上げ、大量の海水となって空中で崩け散った。
「えっ、海水で出来てたの?」
絢音は驚きの声を上げる。
「お見事ですわ。第一波の防衛、おめでとうございます」
ナイアが称賛の言葉とともに紫煙を吐き出すと、それが空中で三つの選択肢へと形を変えた。
「こちらは報酬となりますわ」
【旧支配者の時戻し】:船体の耐久力を200回復する。
【異星の洗礼】:自身の攻撃力と攻撃範囲が10%上昇する。
【禁忌の過負荷】:艦砲のダメージが30%上昇する。
「うーん……まずは『洗礼』かな」
絢音は少し迷った後、自身の戦闘力を強化するバフを選んだ。
息つく間もなく第二波の海獣たちが襲いかかってくる。
今度は終盤に、一体だけ特殊な個体が混ざっていた。
全身が甲殻のような硬い装甲に覆われており、体格も他の海獣より一回り大きい。
「カニ……?」
その特殊個体に意識を割いた絢音は、雑魚をすべて処理しきれないまま、カウントダウンがゼロを迎えてしまった。
「仕方ねぇ。俺がやる」
金髪の男が後方甲板から飛び降り、右手の拳を甲板に力強く叩きつけた。
すさまじいエネルギー波が周囲に拡散し、残っていた海獣たちを一瞬にして消し去った。
「あれ? スコアが『30』になっちゃった。それに、さっきエネルギーゲージ700超えそうだったのに、なんで700のままなの?」
海獣の死亡後にポップした数値を見て、絢音は首を傾げた。
しかし、悠長に考えている暇はなかった。
海面から、尾びれだけで画面の半分を占めるほどの巨大なクジラが姿を現し、高く振り上げた尾びれを船に向かって叩き落としてきたのだ。
「でっか!?」
深紅の照準が巨大クジラを捉える。
絢音はすぐさま発射ボタンを押した。
艦砲の一撃が尾びれを弾き飛ばし、巨大クジラは長い鳴き声を残して海底へと沈んでいった。
「よし、次も自分の強化でいこう」
絢音は再び『異星の洗礼』を選択した。
続く第三波では、特殊個体が二体同時に出現した。
先ほどのカニのような怪物の他に、エビに似た個体が混ざっている。
「やばっ……」
今回、絢音はエネルギーを500までしかチャージできなかった。
その後に現れた巨大タコを撃退することには成功したものの、倒し切るには至らなかった。
「うーん、ここは艦砲を強化した方がいいかな」
少し迷ったが、海の主の化身を確実に仕留めるため、絢音は艦砲の威力を高める『過負荷』を選択せざるを得なかった。
巨大タコを倒し切れなかった代償は重かった。
次のウェーブでは敵の数がさらに増え、開幕から特殊個体が一体突っ込んでくる始末。
それをなんとか倒したと思ったら、すぐさま特殊個体が二体追加された。
「間に合わない! もっと、もっと早く!」
絢音は必死にマウスを操作し、殲滅速度を上げる。
どうにか艦砲の起動ラインには到達したものの、殺傷力不足が響き、船体は主からの痛恨の一撃を喰らってしまった。
「やばい、船の耐久値がもう持たない!」
追い詰められた絢音は『旧支配者の時戻し』で船体を回復するしかなかったが、焦れば焦るほど操作のミスが目立つようになっていく。
船体が軋む。
次の瞬間、甲板が割れた。
【船は海に消え去った】
画面は暴風雨の中で静止し、船の残骸が海面をゆっくりと沈んでいくゲームオーバーの演出が流れる。
「もう一回! もう一回!」
絢音のゲーマーとしての闘争心に火がついた。
だが、彼女はすぐにリトライボタンを押すことはせず、まずはリスナーたちと反省会を始めた。
「みんな、今回の敗因は何だと思う?」
:特殊個体に夢中になりすぎたな
:エネルギー回収不足。そのせいでボスから直撃もらった
リスナーたちからの指摘を受け、絢音はギミックの仕組みを理解した。
制限時間内にすべての敵を倒しきれないと、助っ人三人組が手を出してしまう。
彼らが介入すると、エネルギーゲージ全体からペナルティとして10%が減少するだけでなく、敵から得られるエネルギー獲得量そのものが低下してしまうのだ。
さらに、盤面に残っている敵が多ければ多いほど、助っ人側の参戦人数が増える。
参戦する人数が増えるほど、ペナルティの減少率も跳ね上がっていく仕様らしい。
「ってことは、あの三人を甲板に下ろさなきゃいいんだね!」
絢音は深く頷いて納得した。
そして指の関節をポキポキと鳴らし、気合十分に『リトライ』をクリックした。
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