【絢音】君はどんな夢を見るの?【瞳中の夢】
『瞳中の景』の最新作――【瞳中の夢】がリリースされた。
作者名と酷似したそのタイトルは、瞬く間にネット上で爆発的な話題をさらった。
作者自身の物語を描いた作品ではないか、という推測。
あるいは、この作品に特別な思い入れがあるのではないか、という声もあった。
そんな憶測が飛び交う中、ついに発売当日がやってきた。
絢音はゲームをダウンロードしながら、なぜか自分まで落ち着かない気分になっていた。
(これが、瞳が今日まで積み上げてきた集大成……なの?)
設定に不備がないか何度も確認し、絢音は意を決して配信ボタンを押した。
「ただいま〜。星野光です。みんなああ!聞こえおりますでしょうか?」
淡いクリーム色のパーカーを着た、眼鏡の少女が画面に現れる。
黒い長髪の内側には、空色の星のきらめきが散りばめられていた。
:おかえり〜
: 聞こえてるよ
:ばっちり聞こえる
「おかえり、ただいま。音量バランス大丈夫かな?」
星野光の背後には、すでにゲームのタイトル画面が映し出されていた。
そこには、パーカー姿の少女がベッドの上で胡坐をかき、コントローラーを両手で握りしめて不敵な笑みを浮かべている。
ベッドの脇にはサメの抱枕。
そしてベッドの端には、ぐったりと寝そべる淡い黄色のシベリア猫。
(これ……完全に私の部屋じゃん!瞳、何してるの!?)
メインビジュアルの少女こそ現実の絢音とは別人だが、
抱枕や猫は「そのまんま」だった。
絢音は顔が熱くなるのを感じたが、強引に意識をゲームへと向けた。
: 猫かわいい〜
: ロゴの猫ちゃん?
: サメの抱き枕ほしい
(一体、どんなゲームなんだろう……?)
瞳から「アクションゲームだ」と聞かされていた期待を胸に、彼女はスタートボタンを押した。
カメラがぐっと寄り、少女がゲームをプレイしているシーンから物語は幕を開ける。
「よしっ! クリア!」
少女がコントローラーを放り出し、大の字になってベッドに倒れ込む。
「にゃんっ!」
その振動に驚いた猫が、不満げな鳴き声を上げた。
「あ……ごめん! 起こしちゃった?」
愛猫に謝る少女の姿に、絢音は思わずため息を漏らした。
「……かわいい。うちの猫も結構こんな感じ」
:あるあるw
:癒やされる
「はぁ……」
愛猫をひとしきり撫でた後、少女は大きなあくびを一つ。
「十五時間ぶっ続けは、さすがに……眠い……っ」
瞼が重なり、視界が滲んでいく。
そして、意識は深い闇へと墜ちていった。
淡い黄色のシベリア猫が、暗闇の中に座っていた。
その瞳が淡く光る。
カメラはいつものように寄らず、猫はしっぽを一度振ると、闇の奥へ溶けるように消えていった。
「えっ?」
予期せぬ演出に絢音は声を上げる。すると、何もないはずの画面に変化が起きた。
少女が画面の中に駆け込み、猫を探すためにくるりと一回転して、その消えた方向へと追いかけていく。
少女は闇の中を走る。
足元は蛍光の水面のようで、踏むたびに光の波紋が広がっていく。
少女が四角い祭壇の横を通り抜けた瞬間、絢音の脳裏にある記憶が蘇った。
:っぽいな
:まさかのコラボか?
少女が追いつくと、猫は半開きの石門の前で足を止めていた。門には、巨大な「瞳」の紋様が刻まれている。
「にゃん!」
猫は少女を振り返り、催促するように鳴くと、門の向こう側へと駆け込んだ。
「待って!」
少女は躊躇うことなく石門を押し開き、中へと足を踏み入れた。
門を抜けた先に広がっていたのは、廃墟と化した都市。
視界に入るすべてが、真っ白に染まっている。
【蒼白の旧都】
画面に新しいマップ名が表示される。少女が振り返ると、そこにあったはずの石門はすでに消え去っていた。
「うそ、もう戻れないの?」
絢音は思わず声を上げる。
「しかも、猫ちゃんもいなくなっちゃった!」
さらに最悪なことに、この街が新しい「生き物」踏み入れたことを感知したかのように――。
どこからともなく、音もなく。
四方八方の闇から、薄灰色をした人形のバケモノたちが這い出してきた。
それは人間というより、むしろ飢えた野獸に近い。
四肢を地に突き立て、ある者は屋根の上にうずくまり、ある者は壁にへばりついて、少女を値踏みするように囲い込む。
包囲網は、じりじりと、けれど確実に狭まっていく。
「どうやって戦うの?拳で?」
絢音はボタンを押してみる。
だが画面の少女は、ただ怯えた表情で周囲を見回すだけだった。
その絶体絶命の瞬間。
カァンッ!
静寂を切り裂く、鋭い銃声。
人形の化け物たちが一斉に散らばり、群れをなして銃声のした方角を睨みつけた。
タッ、タッ、タッ。
軽やかな、けれど力強い足音が石畳に響く。
包囲網を割り、颯爽と姿を現したのは、黒いボディアーマーに身を包んだ銀髪の少女だった。
「リリちゃんだ!」
絢音は驚きと喜びの声を上げた。
新作ゲームで、かつてのキャラクターとまた出会えるなんて、予想もしていなかった。
強いて言えば、これまで継続して登場していたのは毎回違う姿で現れるナイアくらいだろう。
リリは人型の存在へ数発撃ち込み、追い払ってから言った。
「私はリリ。ナイア様の命令で来ました。」
「……ありがとう…ございます」
「ここは危険です。安全のところに行こう、ついてきてください」
「やっぱりナイアさんもいるんだ……」
なんとなく予感していた絢音は、小さくため息をついた。
:安定のナイア様
:いつの間にか笑顔で這い寄られそう
選択肢のない少女はリリに導かれ、都市の境界へと向かう。
そこには周囲の色彩とは明らかに異なる、鮮やかな色彩を放つ二階建てのカフェが佇んでいた。
掲げられた木製看板には、【ネコ待ちカフェ】の文字。
「わあぁ! ネコ待ちカフェだ!」
絢音は興奮して、昔プレイしたときに飼っていた猫の話を始めた。
「星野ね、今でもたまに自分の猫たちに会いに行ってるんだよ?」
:俺も。
:妹の設定が卑怯すぎるんだよなぁ
「そうそう! 帰るたびに妹がね、口には出さないんだけど、あの恨めしそうな目で見つめてくるんだよね……」
絢音は唇を尖らせて愚痴をこぼす。
(これ、瞳の作戦なんだよね。『ゲームの寿命を延ばすため』なんて言ってたけど、罪悪感を刺激するなんてひどい話だよ)
カフェの扉を押し開ける。
ドアベルが軽やかに鳴った。
「いらっしゃいませ~あっ、リリさん!お帰りなさい!」
メイド服の黒髪の少女がテーブルを拭いていた。
ベルの音に笑顔で振り向き、リリを見るとすぐにすぐさま駆け寄ってきた。
リリは軽くうなずいた。
「ただいま、月里」
カウンターの奥でグラスを拭いていた青年も声をかける。
「おかえり。ナイア様がお待ちの人は、その方かな?」
「はい」
少女が一歩前へ出る。
「私の名前は……」
【名前を入力してください】
「うーん……やっぱり『星野光』で」
絢音は迷わず名前を入力した。
「星野さんですね。はじめまして、僕は和真です」
青年は微笑んだ。
「ナイア様は?」
「ナイア様なら、二階にいらっしゃいますよ」
「わかりました。星野様、こちらへ」
リリに案内され、星野光は二階へ上がる。
階段を登りきった先は、客人を迎えるための広々としたリビングになっていた。
白いタイトなスーツを着こなした麗人が、木製テーブルの向こうで優雅に指を組み、座っている。
「お待ちしていましたよ、星野光様」
ナイアは妖艶な笑みを浮かべ、静かに言った。
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