カジさんがボロボロ
モジンバル帝国側の本陣に、“予定”スキルで結界を張ってから三日が経った。
その間モジンバル帝国側からの攻撃は無く、メズラム側砦では防壁の修復、怪我人の治療、戦死者の埋葬などが進められていた。
勿論その間も兵は警戒を怠らず、何隊かが別方向に毎日偵察へ出ている。
その結果、散らばったモジンバル兵達は数隊を残し一旦本陣まで下がっている事が確認出来たそうだ。
そして、モジンバル側には明日にもカジさん率いる賢者隊が到着の見込みだが、メズラム国側への他国からの応援到着はもう暫くかかる。
ただ、幸にもメズラム国内の他領からの応援は既に到着しており、これからの戦闘に備えいくつもの作戦を立てていると、ここまで細かく教えてくれたのは勿論ナージンさん。
どうやって内部の情報を仕入れているのやら。
「明日にはカジさんが到着か……」
「恐らく、まずは今隔離状態となっている本陣に向かうと思われます。今日の夜にはある程度ここより近い場所に着くとの見方ですな。ですが、夜間の移動は危険ですので移動は行わないでしょう。明日の早い時間に到着する可能性が高いです」
「そうですかぁ……」
そうか、明日の早い時間には向こうの敵陣に着いちゃうのか。
なんとかその前に話したいんだけどな……
ん?
夜の移動をしないなら野営をするって事だよね?
しかも近くまで来るなら、私から行けば夜に会える可能性があるかも?
多分“予定”スキルで設定すれば、カジさんがいる所に案内してくれると思うんだよね。
でも移動手段をどうしよう……
道はいくつかあるけど、森の中で殆ど獣道だから自転車は無理。
流石に砦にいる軍馬は貸してもらえないよねぇ。
「ナージンさん、馬って砦近くの街まで行かないと借りれないですよね?」
「馬? 馬車ですか?」
「いえ、遠乗りしたいので馬を借りたくて」
「トコ様どこに行くの? グンちゃんに運んでもらう?」
「ううん。夜遅くにカジさんの近くまで行きたいから、オリちゃんは先に寝てて」
「ええ!? ダメだよ! アタシ、トコ様の護衛だもん! 一緒に行く!」
「ユエさん、賢者殿のところへ行くとはどういう事ですか!?」
「私も着いていくぞ」
「いや、一人で行くか」
「「「ダメ(だ)(です)!」」」
「っ!?……えぇ……」
一人で行くと言ったら三人から食い気味にダメ出しをされてしまった。
正直一人の方がカジさんと話しやすいんだけどなぁ。
「でもオリちゃん、遅い時間だから眠くなっちゃうよ?」
「大丈夫だもん! 狩で寝ないの慣れてるもん!」
「えぇぇ……今より幼い時に? それはそれでどうかと思うけど、ハン族の事に口出しするのは失礼だし……」
「大丈夫だから付いてくもん! グンちゃんに運んでもらおうよトコ様。ね?」
またまた下から覗き込むように顔を上げて、ウルウルした目で訴えてくるオリちゃん。
ありがたい、ありたいがたいんだけど、これから成長期なんだからちゃんといっぱい眠って欲しいし……
「勿論私も着いて行きますぞ。ヒース殿もその様ですな」
「ああ」
「いや、オリちゃんが同行してくれるなら大丈夫ですよ?」
「いえ、少し心配でしてな。身の危険という心配では無く、私の精神的な不安です」
えぇ……そんなに?
確かにナージンさんには心労をかけてる気がするけど、カジさんと話し合うだけだよ?
大丈夫なんだけどなぁ。
そう思ってたら、顔に出てたみたいで、何としても同行しますからと言われてしまった。
結局三人とも付いてきてくれる事に。
今の時間はまだカジさん達も移動中だろうから、暗くなってからグンちゃんに運んでもらおうとなった。
もちろん今日は、事前に夕食を取っていく。
♢♢♢
そして、辺りが暗くなり、皆んな揃った所で、私は“予定”スキルに入力していた『グンに乗ったら、ヒデオ・カジがいる場所にみんなで向かう』を実行した。
すると、何故かカジさんが今いる方角がわかる。
オリちゃんにそれを伝え、グンちゃんに進んでもらう。
何故向かう方角がわかるのか聞かれたけど、スキルですとだけ伝える。
めちゃくちゃ怪訝な顔をするナージンさんだが、それ以上は聞かないでいてくれるのは嬉しい。
程なくして、遠くに数ヶ所煙が上がっている場所を見つけた。
「オリちゃん、あの手前あたりで降りてもらえるかな?」
「は〜い! グンちゃん!」
「グルゥゥ〜!」
煙が上がっている場所から少し離れたところで降ろしてもらい、“予定”スキルをオフにする。
次に、予めメモに残しておいた『ヒデオ・カジはモジンバル帝国兵に見つからないよう、私のいる場所まで来る』を“予定”スキルに入力をする。
事前に実行できるのは確認していたので、迷わず【はい】を選択した。
後はここで暫く待つだけ。
「よし、後はここで待っていれば大丈夫です」
「ここで待てばとは、まさかここへ賢者殿が来るんですか?」
「はい、来てくれるはずです」
「賢者殿にどう連絡を取ったのですか?」
「いえ、私の能力で」
「はい?」
「今こちらに向かってくれてると思います」
「……ユエさん、その当たり前に仰いますけど、人を思い通りに操ることができると言う事ですよね? あなたは……」
それからはまたナージンさんの怒涛のお説教を聞いた。
仮にもヤヴォン国に仕える身の前で、喉から手が出る程欲しい能力を行使し、それを、隠そうとしないなど言語道断。
他に漏れたら拘束され、良い様に使われるだけだと今日は粛々と怒られた。
その言葉に私が能力で逃げると言ってしまったら、世の中には残酷な方法がいくらでもあるのだと。
「あなたは実に考えが浅い。あなたの能力が与える影響力をもっと考えなさい」
「……はい」
ヒースさんにも神使である自覚をしろと言われ、ナージンさんにも考えが浅いと言われ、ダメダメですね、私。
学習能力の無さを痛感している。
「トコ様……」
「……情けなくてごめんね、オリちゃん」
オリちゃんが落ち込んでいる私を心配してくれるけど、余計情けないなぁとまた落ち込む。
この間からオリちゃんには私の情けない姿ばかり見せてしまって面目ない。
オリちゃんにも悪い影響を与えかねないから、本当に私がしっかりしなければならないのに。
「ユエ、落ち込んでいる場合ではないぞ。来た。気配は一人のみだ」
ヒースさんの言葉で下げていた顔を上げ、周りを見回す。
すると音もせず、森からカジさんらしき人影がこちらに向かってくるのを見つける。
こちらに向かってくるのは一人のみ。
ヒースさんも気配が一人だけと言っていたから、“予定”スキルのお陰でモジンバル帝国兵には見つからず抜け出せたみたいだ。
「あの、皆さん、カジさんと二人で話させて下さい。聞かれたくない事もあるので」
「わかりました」
「わかった」
「はーい!」
私が今までにない程神妙な顔で言ったからか、三人とも納得してくれた。
そもそも、話し合いに参加するとは皆んな言ってなかったから、最初から二人で話す機会をくれた様な気はするけど。
「ありがとうございます、行ってきます」
と言いながら、近づいて来た人影の方にランタンを持って向かう。
まだ気持ちは落ち込んでいるけど、今はそれよりもこの戦争を止められる様に説得しなければいけない。
数少ない同郷の人と対立するかもしれないけど。
そして、ランタンの明かりで向かって来た人の顔が見えた瞬間、私は絶句した。
「……カジ、さん?」
「何故だ、何故だ、何故だーー」
そこには、あまりにもやつれたという言葉だけでは形容し難い姿のカジさんがいた。
髪はしばらく切っていないのか伸び放題でボサボサ。
前髪は目にかかり、辛うじて髪の間から目を認識できるぐらい長い。
髭も生え放題。
頬はコケ、唇は真っ白で水分を感じられずカサカサしているのがわかる。
着ているローブはボロボロ。
うっすら見えている目は焦点があっておらず、何故だと呟き続ける。
近づいて分かったが、彼から酸っぱい様な悪臭も漂う。
既に心が壊れている状態に見えるけど、何が彼に起きたんだ?
「カジさん?」
「何故だ、何故だ、何故ーー」
「私に気付いてないのか……いまは、兎に角、失礼します!『クリーン』!!」
「……っ!?」
ちょっと申し訳ないけど、臭いがキツかったからカジさん全体に『クリーン』をかけさせてもらった。
すると、少し時間を置いて、焦点の合っていなかった目が私を捉えた。
もしかして、『クリーン』をかけた事で少し正気を戻せたのかな?
「っ!? す、スズキ、さんなのか?」
「お久しぶりです、カジさん。あなたに何が起きたんですか?」
「……」
「カジさん?」
「……うわぁぁぁぁぁーー!!!」
「えっ!? ちょっ、えっ!?」
カジさんが膝から崩れ落ち、大号泣し始めた。
それも子供が泣く様な泣き方で。
ちょっとそれを見て引いてしまってごめんなさい。
カジさんの泣き声が三人のところにまで届いたんだろう、心配して駆けつけてくれたけど、今はそっとしておこうとなった。
三人には元いた位置に戻ってもらっている。
取り敢えず泣き止むまで待ったけど、三十分くらいは泣き続けてたんじゃないかな。
「どうぞ、落ち着きました?」
彼が泣いている間、私はストレージからソファとテーブルを出していた。
ソファに座ってもらい、温かいお茶を出す。
カジさんは受け取ったカップを口元に持っていき、一口飲むと申し訳ないと小声で返ってきた。
「何があったんですか?」
「よめ……ぎら……た」
「ん? 何て?」
「……裏切られた」
「え? 誰に?」
「よ……」
「何て?」
「嫁だ!!」
いや、うっすら聞こえてたし、察したよね。
でも、ちゃんと聞かないと。
「……あの時いらしたのは三人でしたよね? あまり覚えてませんが、誰に? 他の人は無事なんですか?」
「あの時いた三人にだ。最後に出会ったイユーが……グゥッ!」
「えっ!? 大丈夫ですか!?」
「うぅぅぅ……」
急にカジさんが胸を抑えて苦しみ始めた。
もしかして隷属の魔道具を付けられているのかもしれない。
カジさんに失礼しますと言って体を見せてもらったけど、それらしい魔道具が見つけられない。
すると、カジさんは自分の背中を指し、ローブや衣服を脱ぎ始めた。
上半身裸の状態になったカジさんの背中いっぱいに魔法陣らしきものが光って浮かび上がっている。
そして、そこから血が流れている。
「え? 何ですかこれ!?」
「隷属紋ですな」
「しかもこれ程大きいものは厄介だ」
不意に横から、ナージンさんとヒースさんの声がした。
「ナージンさん、隷属紋って何ですか? 隷属の魔道具と違うんですか?」
「ええ、隷属の魔道具をつける事の出来ない凶暴な魔物や、犯罪を犯した者を隷属させようと開発されたものでした。魔法陣の規模や注ぐ魔力量により強制力を高める事ができます。賢者殿に描かれた魔法陣はとても緻密で、施したのも一人では無いでしょう」
「魔物や犯罪者に使うもの……?」
「ええ、本来の用途は。ですが、これは賢者殿に限ったことではありません。魔法陣はとても繊細で緻密さを要求されますが、近年簡単なものが開発されてしまい、人攫いにあった子供や見目の良いエルフ、獣人などにも施され売られているのが現状です」
「……禁止しないんですか?」
「我々ヤヴォン国やメズラム国、ヨーク国など多くの国が法律で禁止しています。ですが、中には自国の民を除いて合法としている国もあります。それに、禁止をしていても中には法をかい潜る輩もいます」
「……」
「賢者殿のこの紋はかなり強力でしょう。詳しい内容を言えないようにもしているでしょうな」
まじか……カジさんが私がワンド国にいた時より、もっとひどい環境に置かれていたとは。
ハーレム野郎って思ってごめんなさい。
さっきふざけてしまってごめんなさい。
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