椎香ちゃんへ、助けて
心配になると夜も眠れない。
こんなことって、本当にあるんだなって始めて知った。
あれからベッドに入って寝ようとしたけど、色々と考え込んでしまって眠れない。
いくら前世の記憶があってもお父様もお母様も僕にとってはかけがえのない両親だから。
昔の両親の今の両親も愛してくれた記憶しかないから、捨てられるのは辛いや。
亀谷くんの器量が良くて人付き合いも上手かったら僕は絶対に生き残れない。
「…はぁ、どうしよう」
一人ぼっちになったベッドの中でずっとため息ばかり。
いつもはお母様やお父様と一緒に寝てたのもあるけど。
それでもここへやってきた初日の日は気にせず一人で眠ってたし。
あーあ、亀谷なんて嫌い、大嫌い。
時間を見るとまだ夜の一時。
寝ようとベッドに入ったのは十二時だから、一時間しかたってない。
目を瞑ろうとしても、嫌なことをぐるぐると考えてしまって目が冴える。
そして、時計を確認して…。
そんなことを続けて一睡もできずに迎えた朝の六時。
だんだんと瞼が重くなってきて、目がシパシパする。
この感じだと眠れそう…。
そう思って目を閉じた瞬間だった。
扉が開く音がして欠伸を噛み殺しながら目を開ける。
すると、そこにはリュックを背負った亀谷くんが立っていた。
でも、僕に声を掛けるわけもなく、ドアの影からこっそりと僕を見ている。
瞬きを何度も繰り返しながら、ただじっと僕を見ている。
「え、な、何…?邪魔で眠れないんだけど…」
何、こいつ。
声を掛けるわけもなく、ただじっと見てるだけなんて。
こうやってじっとしとけば毎回誰かが声を掛けてくれるのかな?
声掛けられまちってやつ?
確かに亜麻色の髪と目は綺麗な色をしているし、目は大きなほうだと思う。
可愛い顔つきをしてるんじゃない?
睫毛も長いし鼻も高い。
顔だって小さい。
「な、何?何も用がないなら出てってよ…」
でもさ、これ。
僕が声を掛けても肩を竦めたまま、ドアの影に隠れて見つめているのって気持ち悪すぎ。
片目だけでそーっと見るようにしてるけど、頭が見切れてるしモロバレ。
むしろ、そうやって見る行動のほうが怖いし気持ち悪い。
口元が動いてないから声が小さすぎるってわけでもないし。
頷いたり首を左右にふるリアクションすら一切なくて、ただドアをぎゅっと握りしめて僕を見つめるだけ。
「え、ここは空き部屋だって聞いたけど君の部屋だったとか?」
話しかけてもオールシカト。
そもそもこの部屋は元々空き部屋だったし亀谷くんの部屋じゃないのも確認済みなはずなんだけど。
僕が準備をしたわけじゃなくて、使用人が準備をしたから万が一亀谷の部屋でも僕が悪いわけじゃない。
使用人だって学校側から指示されて準備をしたわけで、物が置いてあれば確認をするから使用人が悪いわけじゃない。
悪いのは、何も言わずに首を左右に振って意思表示すらしようという気も見せない人物。
亀谷黒兎だよ。
電話をかけて助けを求めることもできない。
なんたって本人が目の前に居るから。
出ていこうとしても亀谷くんが動こうとしないから外にも出れない。
むしろ邪魔をしてくる。
僕はその日、ベッドに潜り込んで隠れるくらいしか出来なかった。
もちろん、怖くて眠れるわけもなくて…。
そうやって頭から布団を被り始めて何分立ったかわからない。
何時間単位かもしれないくらいに時間は過ぎてるように感じたけど。
いきなり頭から被っていた布団がなくなって、寒さを感じて。
体を丸めて膝ごと丸めて蹲るような感じで布団の中に隠れていたから驚いて見上げると、そこには問題児の亀谷くん。
「何、眠れないって言ってるじゃん…」
睨みつけると、布団をまた掛けてくれた。
その後は必死になって目を瞑って寝ようとしたけど、すぐそこで見られてるって思えば思うほど眠れない。
そして、意識が薄れたタイミングで布団の温かみが急になくなる。
問題児と目が合う。
これが何度も続いて、明るかった外は夕日が出ていた。
僕は胃がキリキリと痛むのを感じて、お腹を抱える羽目になった。