養成
王都に着いた翌朝、リゼットは寄宿舎の食堂で時間割を見ていた。
午前は認証制度。
午後は記録実務。
翌日は古代認証技術史。
その次から、健康確認と実技前教育が入る。
「まだ増えるよ」
向かいに座った男が言った。
エドガーという。
昨日、入舎手続きの列で前にいた。
「これ以上?」
「実技が始まったら、相手の枠も見るから」
隣の女が自分の時間割を開いた。
「自習室も取るんでしょう」
「取る」
「じゃあ増える」
朝食を終えるころには、三人とも午後の予定まで書き込んでいた。
*
最初の一週間は、知っている言葉が増えるより、知っていた言葉の意味が細かくなった。
同意。
記録。
中断。
健康確認。
どれも、地元の認証所で見たことがある。
授業では、それぞれに順番と理由が付いた。
ある日の記録実務で、教官が一枚の事例票を配った。
利用者の申告。
当日の健康確認。
希望する認証方式。
前回の認証記録。
担当者の実施可能範囲。
「この利用者を担当できますか」
リゼットは上から読んだ。
希望方式は標準認証。
利用条件に一つ合わない項目がある。
第三認証なら適用できる。
自分の訓練範囲にも入っている。
回答欄へ第三認証への変更を書いた。
「説明が先」
返却された紙に印が付いていた。
隣の席の同期は、方式変更の前に利用者への説明と同意を書いている。
「あ」
「判断は合ってる」
教官が言った。
「合っていても、勝手に変えない」
次の事例では、リゼットは説明と同意を先に置いた。
その次は記録確認を先にした。
必要な情報を拾うのは早かった。
順番を直されることは、少しずつ減った。
*
古代認証技術史では、エドガーの方が速かった。
教官が黒板へ二つ書いた。
User Presence。
User Verification。
「同じものとして扱わないこと」
確認問題の答えを求められ、エドガーが先に手を挙げた。
「User Presence は、利用者が認証器の操作を意図していることを確認するものです。User Verification は、認証器側で利用者を確認する処理です」
「大筋はそれでいい。では、認証器は何ですか」
今度はリゼットも手を挙げた。
「古代の認証担当者ではありません」
教室の何人かがこちらを見た。
「続けて」
「資格情報を扱う人工の認証器です。利用者確認を行う場合も、現行制度の門番と同じ責務ではありません」
「そうです」
教官は Authenticator と書いた。
「古代資料でいう Authenticator は、資格情報の秘密鍵を管理し、必要な利用者操作や確認を経て署名を行う認証器です。接続先は、登録済みの公開鍵でその署名を検証します。現行の認証担当者と機能の一部が似て見える箇所はあります。しかし同一ではありません」
リゼットは地元の門番を思い出した。
Authenticator と現行の認証担当者を同じものだと思って、一問落とした。
違う。だから勉強するの。
本当に違った。
次の頁には Credential、Registration、Challenge が並んでいた。
欄外に注意書きがある。
現行制度上の同名・類似語へ直接対応させないこと。
「Challenge は課題のことじゃないからね」
休憩に入ると、エドガーが言った。
「そこは分かった」
「昨日、間違えてた」
「昨日は昨日」
「Registration は?」
リゼットは教材を見た。
「資格登録じゃない」
「その先」
「……今日の夜やる」
エドガーは笑わず、自分の確認問題を開いた。
「僕、記録実務の方が危ない」
「見せて」
交換すると、彼の古代技術史にはほとんど印がなかった。
記録実務には三つあった。
*
実技前の健康管理は、授業より先に生活へ入ってきた。
毎朝の確認。
実技参加前の申告。
衛生状態の管理。
体調に変化があれば記録する。
実施できない状態なら、その日の枠から外れる。
「試験の日だけ整っていても意味がありません」
担当教官はそう言った。
「認証業務を安全に続けられる状態を、自分で維持するところまでが仕事です」
寄宿舎でも、健康記録は毎日付けた。
同室の一人は、夜になると記録を翌朝へ回したがった。
「今日、変わってないし」
「今日の欄だから今日書くんじゃないの」
「分かってる。書く」
そう言いながら、その同期は机へ戻った。
翌日の法規確認では、リゼットより先に全問を終えた。
別の日には、寝具交換の日を一日勘違いして指導員に呼び止められていた。
夕食では、その本人がリゼットの同意確認の課題を見て、抜けていた説明を一つ見つけた。
「ここ、相手が選べるって先に言った方がいいよ」
「ほんとだ」
「私、こういうのは得意」
健康記録は、その日のうちに付けていた。
*
実技訓練が始まると、時間割は本当に増えた。
標準認証。
第三認証。
保護技能の確認。
訓練相手。
指導員。
実施前の健康確認。
同意。
終了後の評価と記録。
標準認証の枠は、成立する男女の組で組まれていた。
候補者同士だけで足りない日は、実技担当の教員が訓練相手の欄へ入る。
時間割の前で、男子候補の一人が次の枠を確認していた。
「午後の標準、教員枠取れた?」
「取れた。でも午前のあとだと、回復時間がぎりぎりなんだ」
「次は入れる?」
「まだ確認中」
相手と時間だけでは決まらない。
同じ時間割を見ていた別の候補者が、小さく息を吐いた。
「きついな」
最初は一つ終えるたびに、次の確認を探した。
何度か繰り返すと、確認の順番を考える時間が短くなった。
廊下で、同期の声がした。
「第三、慣熟どこまでいった?」
「まだ準備で時間がかかってる」
「急がない方がいいよ」
「分かってるんだけどな」
午後の訓練前、リゼットは評価票を見直した。
「明日、第三認証の慣熟付き合って」
エドガーが水を飲みながら言った。
「オズワルドは?」
「明日は条件が合わなくて外れてる」
「いいよ。何枠?」
「午後二枠目」
「じゃあ先に食堂行こう」
「その方がいい」
指導員が二人を呼んだ。
訓練範囲を確認する。
双方の健康記録。
同意。
必要な保護技能の確認。
開始条件に問題がないことを確かめる。
扉が閉じた。
*
開いたのは、予定より少し後だった。
リゼットは先に水を取った。
エドガーは評価票を受け取っている。
「記録、先に書く?」
「水飲んでから」
「了解」
指導員がリゼットの票を指した。
「開始までの判断は早いです。途中の確認も抜けていません」
その下に印が一つある。
「終了判断の前に、確認を一つ増やしましたね」
「条件が変わったので」
「理由は」
リゼットは答えた。
指導員は頷いた。
「その判断でいいです。できるかどうかだけでなく、条件が維持されているかを見てください」
「はい」
記録欄を埋める。
成立。
実施方式。
確認事項。
指導員確認。
最初のころより、書く量が減ったわけではない。
迷う時間が減っていた。
*
代理口の授業では、実技室を使わなかった。
事例票だけが配られた。
通常方式が適さない利用者。
第三認証へ変更しても条件を満たさない。
利用者は今日中の通過を希望している。
「どうしますか」
一人が答えた。
「代理口へ変更します」
「誰が実施しますか」
少し間があった。
「代理口の資格を持つ担当者です」
「あなたは」
「持っていません」
「では」
「利用者へ説明して同意を確認し、対応できる担当者へ引き継ぎます。必要事項を記録します」
「そうしてください」
次の事例へ進んだ。
リゼットは回答欄へ、引継ぎ先の資格確認を一行足した。
*
休日の午後、同期と近くの認証所へ行った。
課題ではない。
日用品を買いに出た帰り、列が見えたので少し足を止めただけだった。
受付で、一人の利用者が書類を出した。
門番はすぐには呼ばなかった。
記録を一度確認する。
利用者へ二つ質問した。
説明する。
利用者が頷く。
別の認証口の資格票を見る。
受付へ何か伝え、利用者はそちらへ案内された。
「早いね」
同期が言った。
「うん」
以前なら、それで終わっていた。
今は、最初に記録を見た理由が分かった。
質問の一つが適用条件の確認だったことも分かった。
別の認証口を見たのは、空いていたからだけではない。
掲示された資格票には、その門番が実施できる方式が記されていた。
利用者は説明を聞いてから移っている。
リゼットは列の流れをもう一度見た。
地元の門番が言っていた。
今のは仕事。
あのときは、利用者を別の認証口へ案内したことしか見えていなかった。
「行かない?」
先を歩いていた同期が振り返った。
「行く」
追いついた。
*
資格判定の日程が掲示されたのは、その週の終わりだった。
筆記。
実務判断。
実技。
各自の確認時刻が並んでいる。
寄宿舎へ戻ると、食堂の卓上に教材が積まれた。
「古代技術史、見る?」
エドガーが聞いた。
「あとで。先に実務判断やる」
「そこ得意じゃん」
「だから確認する」
リゼットは事例集を開いた。
以前なら、何を覚えればいいか探していた。
今は、最初に条件を探した。
何を確認するか。
どこまで自分でできるか。
どこで方式を変えるか。
何が変われば、もう一度判断するか。
最初の事例を読む。
回答欄へ手を置いた。




