保護
その先の勤務記録を開いたのは、翌日だった。
前日に見送った、制度成立期の名簿から配置先ごとの記録へ参照を移す。
門番は増えていた。
王城だけではない。
都市門。行政区画。倉庫区画。研究施設。
養成された認証担当者が配置されるにつれて、王族が直接処理していた認証は各地の門へ移っている。
制度としては成功していた。
だから、別の表が増えていた。
勤務停止。
医療確認。
衛生記録。
認証室閉鎖。
最初は、個別の記録だった。
頁を送る。
やがて月次集計になる。
さらに後には、認証安全報告という独立した冊子になっていた。
*
第三門の第一列は、受付を止めていた。
朝、王城へ入る列で気づいた。
勤務表の横に、担当変更の札が出ている。
「第二列へお願いします」
受付の門番が前の利用者へ告げた。
「第一列は保護適用確認待ちです」
「担当はいますよね」
「います。ただ、確認が済むまでは認証できません」
利用者は頷き、隣の列へ移った。
受付は第一列の記録板へ時刻を書き込んだ。
見慣れた処理だった。
認証担当者が、その方式に必要な保護技能を適用できることを確認する。
確認できなければ始めない。
本人が注意して続ける、という選択肢はない。
第二列では、担当者名の下に実施可能な範囲が並んでいる。
標準認証。
標準認証(第三認証)。
三名並列。
代理口。
その横に、各方式の保護技能確認。
三名並列には、別途実技確認の登録が付いていた。
列が一つ減った分だけ待ち時間は伸びていた。
手帳を開き、昨日控えた資料番号を確認する。
認証安全報告。
保護技能導入記録。
認証従事者健康管理規程。
普段なら資格表示を見て、それ以上考えることはない。
今日は、その欄がいつから門番の資格票に入ったのかを調べるつもりだった。
*
最初期の記録に、現在の保護技能はなかった。
代わりにあったのは手順だった。
認証室の清掃。
利用前後の衛生確認。
担当者の定期健康確認。
異常が認められた場合の勤務停止。
利用者側の状態確認。
必要に応じた医療担当への照会。
通常認証が適さない者を別の手順へ回すための判定。
どれも、今でも残っている。
ただし、当時はそれだけだった。
認証件数が少ない時期の記録では、問題が起きるたびに個別報告が作られている。
門番が増える。
認証境界が増える。
一人の門番が、一日に複数の利用者を担当する。
すると、個別報告だけでは足りなくなった。
行政側は、二つの集計を分けていた。
一つは、認証業務に関連して確認された受胎。
もう一つは、認証行為を経路とした可能性のある感染。
同じ頁には置かれていない。
担当部署も、最初は別だった。
受胎に関する報告では、本人の生活上の影響と、認証担当者の勤務継続が並んでいる。
長期の配置変更。
勤務停止。
代替要員。
担当門の処理人数低下。
利用者側についても、認証業務に由来する結果を本人だけの負担として扱うことへの異議が記録されていた。
認証を社会制度として要求するなら、その認証によって生じる結果を利用者個人の注意だけに帰すことはできない。
制度改定案には、そういう趣旨の文言が残っている。
感染側の記録は、別の問題を見ていた。
一人の認証担当者が多数の利用者を担当する。
そこで感染経路が成立すれば、一件で終わらない可能性がある。
疑いが出れば担当者を勤務から外す。
接触記録を確認する。
利用者への連絡と医療確認を行う。
安全のためには必要だった。
同時に、担当者を一人止めれば、その門の処理能力も落ちる。
利用者を守ることと、認証網を維持することが、同じ健康管理記録の中に並ぶようになっていた。
手帳へ二本、線を引いた。
受胎。
感染。
原因も、制度上の影響も、同じではない。
ただ、どちらも認証件数が増えるほど、個人間の問題としては扱えなくなっていた。
*
運用規程は、しばらく厚くなり続けている。
清掃回数が増える。
健康確認の項目が増える。
勤務停止基準が細かくなる。
記録様式が統一される。
医療担当との連絡手順が決まる。
利用者側への確認も標準化される。
改善の効果はあった。
導入前後の集計にも差が出ている。
それでも、記録から問題は消えなかった。
手順を守る者が増えても、認証件数そのものが増えている。
確認項目を増やせば、門番と受付の仕事も増える。
勤務停止を厳格にすれば安全側には寄るが、代替要員が必要になる。
次の制度改定会議では、医療側から別の要求が出ていた。
「実施者の注意に依存しない方法が必要です」
「衛生手順の追加では不足ですか」
「感染については、経路そのものを成立させない方が確実です」
別の日の会議では、認証行政側から受胎について同じ方向の要求が出ている。
「認証業務として実施した結果である以上、個人ごとの対策成否に依存させるべきではありません」
「実施者ごとの差をなくせる方法、という意味ですか」
「可能ならば」
二つの要求は、まだ別々の文書だった。
研究記録も別系統になっている。
どちらが先に現在の方式へ到達したのかは、目録だけでは分からない。
ただ、後の共同試験記録では一つになっていた。
認証時に適用する保護技術。
試験項目は二群に分かれている。
認証行為に起因する受胎を成立させないこと。
認証行為を感染経路とする感染を成立させないこと。
その二つだけでもなかった。
既に成立している妊娠には作用しない。
既に妊娠している利用者の身体的負荷を軽減するものではない。
認証以外の経路による感染を防ぐものでもない。
感染症を治療するものでもない。
保証範囲が、細かく切られていた。
次に整備されたのは、教育規程だった。
門番の基礎教育。
知識確認と実技教育。
初期認証と業務権限の委任。
仮登録後の指導下実務。
単独配置判定。
正式登録後の資格更新。
そこへ、認証方式ごとの適用条件と追加技能が重なる。
三名並列については、別途実技確認を要する。
保護技能にも、習得確認と更新時の確認がある。
適用できない場合の振替。
認証中に維持できないと判断した場合は中断し、その認証は成立扱いにしない。必要に応じて担当者を替え、改めて実施する。
個人の経験則ではなく、教え、確認し、資格として管理する技能へ変わっている。
王族による認証も例外ではない。認証資格の記録には、担当できる方式と、その方式に必要な保護技能の確認が併記されていた。
仕組みの説明を探した。
同じ試験記録にはない。
参照先は複数の研究分類に分かれている。
今回必要なのは、そこではなかった。
いつ、何のために認証制度へ入り、どう標準技能になったのか。
その経路は追える。
原理は、対照表の欄を空けたままにした。
*
普及期の教育規程では、保護技能は追加技能だった。
その後、対象となる認証方式を担当するための必須技能になる。
さらに後の規程では、認証開始前の適用確認が手順に入っていた。
適用できない場合。
当該担当者では実施しない。
実施可能な担当者へ振替。
必要な方式がなければ、別の列または別の門へ案内。
認証中に適用を維持できない場合は中断。
現在の第一列で見た処理と、ほとんど同じだった。
配置表の形式も変わっている。
初期には男女別の待機人数が大きく記されていた。
後の表では、担当者ごとの実施可能な認証方式と追加技能、利用者へ適用可能な方式が先に並ぶ。
性別欄が消えたわけではない。
方式ごとの身体的条件や再実施間隔も残っている。
ただ、配置を決める単位が、性別だけでは足りなくなったらしい。
別冊の事故集計を見る。
保護技能導入前。
試験導入期。
標準技能化後。
受胎に関する報告も、認証経路の感染に関する報告も、標準技能化を境に大きく減っている。
数字は写した。
ただし、対照表には割合だけを残した。
地域ごとに記録基準が揃うまで時間がかかっている。
単純な件数比較には使いにくい。
制度側が何を保証するようになったかは、規程の方が明確だった。
必要な保護技能が適切に適用されていること。
その状態で行われる規定の認証について、新たな受胎を防ぐこと。
その認証行為を感染経路とする感染を防ぐこと。
それ以外は、別の責務だった。
妊娠中の利用者を代理口へ案内する規程も、そのまま残っている。
当然だった。
保護技能は、すでに成立している妊娠をなくすものではない。
通常認証が身体的に適さないという問題も解決しない。
代理口の参照番号を、保護技能の欄から外した。
制度上は隣接している。
責務は違う。
*
午後、古代側の資料へ戻った。
検索語は多かった。
protection。
security。
secure。
privacy。
user verification。
credential protection。
古代認証技術にも、保護に相当する語はいくつもある。
だが、何を保護するのかを追うと、現在の認証室とはつながらなかった。
WebAuthn は、公開鍵資格情報を用いて利用者を認証するための仕組みを記述している。
利用者本人の確認は認証器側で行われ得る。
利用者の同意なしに処理を進めないための要件もある。
利用者のプライバシーを守るため、認証器と資格情報へのアクセスを仲介する仕組みも記されている。
CTAP の credential protection は、資格情報をどの条件で利用可能にするか、特に利用者本人の確認を要求するかに関する保護だった。
秘密鍵や認証器そのものの安全性を扱う資料もある。
どれも、認証に伴う受胎や感染を防ぐ技能ではない。
古代語に「保護」があることと、同じものを保護していることは別だった。
対照表へ記した。
古代認証技術:資格情報、認証器、利用者確認、プライバシー等の保護。
現代の保護技能:認証行為に起因する受胎・感染経路の防止。
技術的対応、確認できず。
そこで一度、手が止まった。
代理口のときと似ている。
古代側に対応する仕様が見つからない。
ただ、今回は門番制度の普及後に、別の必要から成立した経路が資料に残っている。
安全報告。
医療記録。
技能試験。
教育規程。
古代の仕様を復元した記録ではなかった。
対照表には、それだけを書いた。
門番制度成立後に開発。
現行認証資格の安全技能として標準化。
*
帰りの第三門では、第一列の担当変更札が外れていた。
勤務表には、朝とは別の登録番号が入っている。
受付が資格票を確認する。
実施可能方式。
追加技能。
保護技能。
更新日。
確認欄へ署名した。
その隣の勤務表に、見覚えのある名前があった。
リゼット。
待ちは二人。
少し考えて、列を移った。
順番が来る。
資格票の確認は済んでいる。
名前を呼ばれた。
扉が閉じる。




