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初期認証

 初回実認証記録は、思っていたより古かった。


 前日に挟んだ紙片を外し、表紙の管理番号を対照表へ移す。


 復興暦百四十年代。


 門番の認証業務が独立した資格として整えられ始めた時期だった。


 綴じられているのは、候補者名簿、教育修了記録、初期認証日程、資格登録簿。


 最初の年度だけで、候補者は百人近い。


 男性候補の方が多く、初期の日程では男性候補を担当する女性王族側に待機が偏っている。


 資格登録簿には、候補者本人の認証記録と、その認証を行った王族の登録番号が並んでいた。


 教育を終えれば門番になれる、という形ではない。


 候補者は、認証権限を持つ王族から認証を受ける。


 その記録をもって、担当できる認証種別と配置範囲が登録される。


 それから、指導担当者の下で実務に入る。


 頁の端に、当時の研修記録をまとめた別冊への参照があった。


 そちらを開いた。


     *


 朝から、少しだけ落ち着かなかった。


 教育は終わっている。


 筆記も実技も通った。


 今日の初期認証が済めば、登録簿に認証者として載る。


 それは分かっていた。


 それとは別に、担当が王女殿下だと聞いたのは昨日だった。


「おまえ、何番?」


 隣の同期が小声で聞いた。


「二十七」


「いいな。俺、三十九」


「何がいいんだ」


「早いだろ」


 そういうことにしておいた。


 普通に暮らしていれば、王族から直接認証を受ける機会はほとんどない。


 高位区画へ入る職でもない。王城勤務になっても、自分たちが立つのは門の側だ。


 少しくらい楽しみにしてもいいだろうとは思っていた。


 待機室には、同じ班の候補者が二十人ほどいる。


 全員を今日処理するわけではない。


 名簿は数日に分けられていた。


 廊下の先で扉が開く。


 一人出てきて、書記官の机へ向かう。


 記録を確認され、署名し、別室へ移る。


 次の番号が呼ばれる。


 朝から、それを繰り返していた。


 王女殿下を見たのは、最初の休憩に出てきたときだった。


 侍従から水を受け取り、短く何か話している。


 普段、式典で遠くから見るのと変わらない。


 休憩が終わる。


 また扉が閉じた。


     *


 昼を過ぎるころには、待機室の話し声が減っていた。


 順番が近づいたから、というだけではない。


 休憩が一度増えた。


 王女殿下は廊下の椅子に座ったまま水を飲んでいた。


 侍従が残り人数を伝える。


 殿下は名簿を見て、一度目を閉じた。


 それから立ち上がった。


 次の候補者が呼ばれる。


「……毎年これをやるのか」


 隣の同期が言った。


「今年が多いらしい」


「向こうも同じだって」


 女性候補の初期認証を担当している男性王族側も、予定が遅れているらしい。


 昼の休憩を延ばし、午後の割当てを翌日へ回したと聞いた。


 こちらだけの問題ではなかった。


 ただ、この日の待機人数は明らかにこちらが多い。


 男性候補の方が多く、王女殿下の担当列へ偏っていた。


 二十五番が戻ってきた。


 二十六番が呼ばれる。


 朝には気にしていた自分の順番が、いまは少し違って見えた。


 二十七番。


 名前を呼ばれた。


 立ち上がる。


     *


 扉が閉じた。


 定められた手順が進む。


 終わって廊下へ出ると、書記官が待っていた。


「記録を確認します」


 机の上に、自分の資格票が置かれている。


 実施者。


 実施日。


 認証種別。


 委任される業務範囲。


 指導下配置の要否。


 一つずつ読み合わせる。


「本日付で認証担当者として仮登録します。単独配置は実務記録確認後です」


「はい」


「明日から西二門。指導担当は登録番号四一七です」


「はい」


 署名する。


 資格票が回収された。


 振り返ると、次の候補者が呼ばれていた。


 王女殿下はもう認証室へ戻っている。


 朝には、王女殿下から直接認証を受けることばかり考えていた。


 明日からは、自分が扉の内側に入る側になる。


 今日、殿下が何人目まで担当するのかを考えた。


 それから、西二門の一日の利用者数を思い出した。


 鞄の中に入れた研修手帳が、急に重くなった気がした。


     *


 初年度の記録は、それで終わっていなかった。


 翌年度の養成計画には、前年の実績が表になっている。


 一人当たりの平均所要時間。


 一日当たりの実施人数。


 連続実施後の休憩。


 日程超過。


 担当王族数。


 候補者を百人近く養成しても、初期認証を王族が一人ずつ実施する限り、資格登録のところで滞留する。


 改善は、担当者を増やすだけではなかった。


 原則は一対一のまま、同意した候補者については、女性王族が適用可能な標準認証を三名まで並列実施できるようにする。


 同意しない候補者は一対一のまま扱い、資格登録上の不利益を設けない。並列実施への同意と、通常と異なる性別の担当者による認証への同意は、別々に記録された。


 同一の並列実施に異なる性別の候補者は入れない。


 それでも男性候補側の待機は長かった。


 次の改訂では、同性認証に同意した男性候補の一部を、男性王族側へ振り替えている。


 男性王族が女性候補へ標準認証を行った後は、次の標準認証まで再実施間隔を置く。その時間には、適用可能な別方式で男性候補を受け入れる。


 配置表には、男女別の待機人数、並列実施への同意、同性認証への同意、男性王族ごとの次回標準認証可能時刻が並ぶようになった。


 認証権限を持つ王族も、初期認証日程へ追加された。


 女性王族側では、当時の王女、第二王女、第三王女、王妃、王太后が担当日に入っている。


 王太后の欄には短い注記があった。


 ――資格更新記録および過去の実務記録を確認。再教育不要。


 若い王族の欄にある指導確認日は、そこにはない。配置後の記録でも、王太后の担当分だけ予定との差が小さかった。


 男性王族側も、資格を持つ者の通常公務を調整し、担当日を増やしている。


 同じ研修記録には、改訂後の待機室のやり取りも残っていた。


     *


 書記官が名簿を見上げた。


「第二王子殿下への割り振りを希望する方はいらっしゃいますか」


 待機していた男性候補の一人が手を挙げた。


「私、お願いします」


 少しして、もう一人が書記官へ名を告げる。


 希望者の名に印が付けられた。


 廊下の勤務表には、王女、第二王女、第三王女、王妃、王太后、第二王子の担当と休憩が並んでいる。


 第三王女殿下の欄に休憩の印が付くと、その間の候補者は王妃殿下の欄へ回された。


 王太后陛下の認証室の前では、侍従が記録を確認していた。


「王太后陛下、次は休憩のお時間です」


「あと何人ですか」


「六名です。二組になります」


「先に済ませましょう」


「連続になります。二組まででお願いします。その後は予定どおり休憩に入ります」


「承知しました」


 廊下の端で、初期認証を終えた候補者が話していた。


「どうだった?」


「緊張した」


「第二王子殿下?」


「うん。希望を出した。ちゃんと説明してくれたよ」


 少し離れたところでは、女性候補が資格票を見ながら言う。


「明日から自分たちがやる側だけど」


「そっちの方が緊張する」


     *


 午前と午後を分ける。


 連続数に上限を置く。


 休憩を先に日程へ入れる。


 候補者を複数日に分ける。


 同じ研修記録には、最初の年度とは違う待機風景も残っていた。


 王女側の列は短くなった。


 代わりに、男性王族側でも休憩が増え、午後には予定を後ろへ送っている。


 候補者の一人が、廊下を通る担当王族を見送って記していた。


 ――どうやら、負担が均されたらしい。


 それでも、養成人数を増やした年度には再び日数が延びていた。


 王族側の担当者を増やせば処理は増える。


 候補者の増加に合わせて、同じ割合で増やせるわけではない。


 数十年後の配置資料にあった、王族資格者不足。


 出生から実務投入まで十八年。


 あの記録より前から、同じ制約は別の形で現れていた。


     *


 制度設計側の文書は、初期認証の目的をもっと短く書いていた。


 王城のすべての認証を王族が実施することはできない。


 認証業務を担当する者を養成し、王権の下で認証資格を登録する。


 登録された門番が、各門で一般利用者を認証する。


 翌年の改訂では、初期認証の実施者、資格範囲、失効時の処理まで様式が統一されている。


 王族が百人を認証する。


 その百人が、それぞれの配置先で利用者を認証する。


 初期認証にかかる負荷そのものは大きい。


 だが、その負荷を一度引き受けることで、日々の一般認証を王族から切り離せる。


 先に確認した、本人確認機能を既存の門番へ配置した記録。


 その後に必要になったのは、誰をその担当者として認めるかだった。


 資格制度は、教育だけでは閉じていなかった。


     *


 古代側の資料を同じ机へ戻した。


 Credential Creation。


 Registration。


 Attestation。


 語だけを並べれば、現在の資格登録史と近く見える。


 処理を追うと、同じではなかった。


 古代の登録では、認証器が新しい資格情報の鍵対を生成し、秘密鍵を保持する。


 接続先は、返された公開鍵と資格情報を利用者の記録へ登録する。


 Attestation が使われる場合も、それは認証器の性質や由来について接続先が判断するための暗号学的な証明であって、王権が認証器へ他者を認証する職務権限を授ける手続ではない。


 少なくとも、いま読める WebAuthn の登録手順から、王族から門番への権限委任は出てこない。


 対照表の欄を分けた。


 古代 Registration:資格情報の生成・登録。


 門番初期認証:認証資格の登録・業務権限の委任。


 同じ「登録」の列へ置いていた参照番号を、一段ずらす。


 技術的対応は保留。


 制度上の成立理由は、資料から追える。


 閉じる前に、初年度の候補者名簿をもう一度見た。


 百人近い名前の横に、それぞれ実施者と登録日がある。


 その先の勤務記録までは、今日は開かなかった。


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