物理鍵
翌朝、王室資料の閲覧申請を追加した。
前日に控えた索引番号は三つある。
王室資料。
高位区画認証規程。
王族資格台帳。
古代側の Physical Security Key は、いまのところ大きく読み違える余地がなかった。
利用者が所持する物理的な認証器。
内部に資格情報を持ち、認証に使用する。
少なくとも、人を指す語ではない。
一方、制度史の索引では、物理鍵は王族資格保有者による直接認証に分類されている。
確認したいのは、その間だった。
申請票へ、復興期認証制度、王城警備、王族認証資格と記入する。
受付の職員が一度読み、王室資料の欄へ確認印を押した。
「資格台帳は閲覧範囲を限定します。個別の実施記録は必要ですか」
「成立期の配置数と資格制度だけで足ります」
「では、個人記録は除外します」
申請票が戻ってくる。
資料室の奥にある高位区画へ進むには、物理鍵認証が要る。
「本日は第二王子殿下がご対応です。標準認証がまもなく終わりますので、待合室でお待ちください。今回は第三認証でのご対応になります」
「承知しました」
待合室の椅子へ腰を下ろす。
ほどなくして認証室の扉が開いた。女性が一人出てくる。視界の端で、その女性がスカートの裾を直していた。
続いて第二王子殿下が出てきた。受付の机で記録を受け取り、目を通してから短く記入する。確認を終えた記録を職員へ返した。
「標準認証の記録、確認しました。次は第三認証でのご対応です」
「承知した」
第二王子殿下は研究者の方へ向き直り、認証室の扉を開けた。研究者が入ると、扉が閉じた。
標準手順は規程にある。資格教育にも含まれる。
今回必要なのは、誰が、いつ、その役割を制度上持つようになったかだった。
*
最初に出てきたのは、物理鍵という名称ではなかった。
王城の高位区画に関する古い警備規程。
通常の門を通過した者でも、王室管理下の一部区画へ進むには、追加の許可を要する。
許可証だけで処理する時期もある。
担当官の確認を要する時期もある。
王権側の者が直接確認する運用もあった。
年代は、門番による古代式認証の試行より前まで遡る。
つまり、王族による直接確認そのものは、Physical Security Key の訳語から生まれた制度ではない。
その後の復興事業記録を重ねる。
古代認証技術を王城警備へ導入した時期、研究側では、利用者が所持する物理的な認証器の断片も整理され始めていた。
物として存在する。
利用者側が保持する。
認証に用いる。
内部に資格情報を保持するらしい。
当時の転写では、Security Key と Physical Security Key が併記されている。
会議記録には、王城側からの質問が残っていた。
「通常認証とは別の認証器ですか」
「別の形態と考えています。携帯できる物理的な機器だった可能性が高い」
「通常の認証器を通した後にも使う例はありますか」
「資料上、複数の認証手段を登録し、別の認証器を利用できる例は確認できます。ただし、古代の利用条件をそのまま王城の区画区分へ当てはめることはできません」
研究側はそこで線を引いている。
次の頁は警備行政側だった。
「高位区画には、すでに王権側の直接確認があります」
「それを廃して古代式へ置き換える必要はありません」
「機能復興の対象にはできますか」
「原機の再現ではありません。それを明記するなら、既存制度との対応を試す余地はあります」
さらに数回の検討を経て、名称が現れる。
物理鍵認証。
王族のうち、認証資格を持つ者が、高位区画への入場に必要な直接認証を担当する制度。
王族であることだけでは担当資格にならない。
資格登録。
標準手順の教育。
実施記録。
業務上知り得た情報の取扱い。
規程の骨格は、門番側の認証制度とよく似ていた。
古代の物理機器を人間だと認定した記録はない。
既存の高位アクセス制御を、古代の物理的な認証手段に対応する機能復興として制度上整理した記録がある。
手帳の余白へ資料番号を移した。
*
制度化から数年後の資料は、技術史ではなく配置計画だった。
高位区画で物理鍵認証を要求する場所が増えている。
担当できる者は増えていない。
王族であり、かつ資格を持つ者に限られる。
通常の門番なら、採用と養成で人数を増やせる。
こちらは同じようにはいかなかった。
月次の運用会議に、待ち時間と未処理件数が並んでいる。
「対応可能な王族を増やす必要があります」
「資格取得者を増やす方ですか」
「それが最短です。ただ、資格取得が可能な王族自体が限られています」
「王女を増やす案は」
「出生から実務投入まで、少なくとも十八年程度を要します」
「今回の対策にはなりませんね」
「はい」
次の議題へ移っている。
当面の配置変更。
認証日程の調整。
高位区画側の申請予定共有。
どれも供給そのものを増やす案ではない。
数頁後に、別の稼働表が添付されていた。
物理鍵担当者には、認証対象者の到着を待つ時間がある。
予定の間にも空きがある。
物理鍵でなければならない認証を、通常認証へ置き換える案は採用されていない。
代わりに、空いている時間の使い方が検討されていた。
「通常認証を担当していただくことは」
「現在の資格ではできません」
「取得は可能ですか」
「制度上は可能です。王族であることによる除外規定はありません」
「どの資格が配置上使いやすいでしょう」
「第三認証まであれば、この区画では不足が少ないと思います」
「では、殿下に第三認証資格の取得をお願いする案を出してください」
欄外に、稼働率改善、とある。
物理鍵の処理能力が増えるわけではない。
物理鍵担当者の空き時間に、通常認証を処理する。
資料上も、その二つは別の指標で集計されていた。
*
午後、資格制度側の参照資料を取り寄せた。
王族向けの独立した教育課程があるのかと思ったが、物理鍵資格の共通部分には既存の門番教育規程が参照されている。
通常認証資格を追加取得する場合は、さらに直接、門番資格制度の手順へ入る。
初期教育。
実技訓練。
指導担当者。
資格登録前の認証実施。
単独配置の判定。
項目名だけを拾っていく。
第三認証も、通常認証資格の一つとして同じ体系に入っていた。
制度資料の参照先をたどる。
資格登録前実務規程。
認証担当者初期教育要領。
初回実認証記録。
そこで紙片を挟んだ。
認証を受ける側ではなく、認証する側が初めて実務へ入るときの記録だった。
*
閉室前に、古代側と制度史側を二行ずつに分けた。
古代の Physical Security Key。
利用者が所持する、物理的な認証器。
現在の物理鍵制度。
資格を持つ王族による、高位区画の直接認証。
同じものではない。
ただ、名称が付く前から存在した高位区画の直接確認と、復興期に判明していた物理的認証器の断片が、制度化の時点で接続されたことは確認できた。
手帳へ記す。
Physical Security Key:物理的認証器。
物理鍵制度:王族資格保有者による直接認証。
技術的対応、確認できず。制度上の成立経路、確認。
その下に、午後の資料番号を移す。
初回実認証記録。
認証担当者初期教育要領。
次に確認する欄として、まとめて線を引いた。
閉室の鐘が鳴った。




