公開鍵
対照表の空欄は、秘密鍵だけではなかった。
前日に整理した欄を見直す。
利用者本人の確認。
認証器。
秘密鍵。
署名。
公開鍵。
本人確認については、復興期の試行記録まで対応を追えた。
残りは同じ資料群にまとまって現れる。
秘密鍵だけを切り離して調べるより、先に関係を並べた方がよさそうだった。
暗号技術の棚から三冊。
情報機器から二冊。
南方保存施設の翻訳記録。
机の上に置き、同じ語が出る箇所へ紙片を挟んでいく。
Private Key.
秘密鍵。
Public Key.
公開鍵。
Signature.
署名。
Credential.
資格情報。
語そのものは、復興初期にも読めていた。
秘密鍵と公開鍵は、対になるものとして現れる。
秘密鍵は認証器側に保持され、外へ出さない。
公開鍵は、少なくとも同じように秘匿されるものではない。
その間には、署名と検証という語が繰り返し出てくる。
ただ、ここまででは配置までは決められない。
何が署名を作るのか。
誰が公開鍵を持つのか。
どの検証を、どこで行うのか。
復興初期の記録と、後年の資料を分けて見ることにした。
*
復興初期の研究記録には、公開鍵という訳語がすでにある。
ただし、その意味は一定していなかった。
公開される鍵。
公開の場で使用できる鍵。
第三者へ提示可能な認証要素。
対応する古代機器が動かない以上、文中の関係から機能を推定した記録が多い。
秘密鍵と対になっていることも認識されていた。
署名を検証するという記述もある。
その一方で、何が署名を作り、どこで公開鍵を使うのかについては、記録ごとに差があった。
年代を確認する。
王城で認証試行が始まった頃の資料だった。
現在使っている対照表の根拠になった南方保存施設の文書は、当然まだない。
後年発見された暗号技術資料もない。
当時の研究者が持っていたのは、断片的な仕様書と、動かない機器と、いくつかの用例だった。
その時期の制度資料へ移る。
王城試行が定着した後、別の問題が記録されていた。
一度認証を受けた者が、城内の区画を移るたびに確認を求められる。
門ごとに認証記録を照合する。
重要区画では再認証する。
認証済みであることを、その場にいる担当者以外が確認しにくい。
改善案が付いていた。
入口で標準認証を終えた利用者へ、認証済みであることを示す証票を発行する。
証票には、利用可能な区域と有効期限を記録する。
後段の警備担当者は証票を確認し、範囲内であれば再認証を求めない。
範囲外へ進む場合は、必要な認証を改めて行う。
現在も使われている仕組みだった。
王城へ入ったあと、所属証と一緒に受け取る認証済票。
普段は名前を意識することもない。
制度上の名称は、公開鍵。
*
成立時の会議記録を読む。
「認証結果を、次の門でも確認できるようにしたい」
「記録簿を共有する案は」
「照合に時間がかかります。利用者に持たせた方が早いでしょう」
「複製されませんか」
「発行した門と日付、有効範囲を記録します。必要な区画では記録簿とも照合します」
ここまでは、古代資料と関係のない運用改善だった。
次の頁から、古代技術研究側の検討が加わる。
「古代資料では、認証に用いる鍵を private と public に分けています」
「二つの鍵を使ったのですか」
「そのように読めます。ただ、同じ用途ではありません」
「公開鍵は誰でも使える?」
「少なくとも、秘密鍵のように秘匿するものではないようです」
研究員が別の転写を示している。
「認証器は秘密鍵を保持する。署名という処理があり、公開鍵は検証に関係する。そこまでは読めます」
「誰が検証するのかは」
「確定できません。ただ、秘密鍵とは別に、秘匿せず検証に利用できる側があるようです」
「署名は」
「何が、何に対して作るのかまでは再構成できていません」
会議はそこで古代方式の再現へ進まなかった。
当時の設備で実装できる案へ戻っている。
認証を担当した門番が記録を残す。
認証済票を発行する。
後段では、その記録を確認する。
古代の署名そのものを再現したとは書かれていない。
古代資料から読み取った「秘匿される側」と「秘匿せず検証に利用できる側」という関係を、すでに必要とされていた証票運用へ重ねている。
初期名称には揺れがあった。
認証済証。
通行確認票。
公開認証鍵。
やがて、制度上は公開鍵にまとまっていた。
秘密鍵に相当する制度側の名称も検討されている。
ただ、定着した記録はない。
現在の公開鍵だけが残った。
*
昼過ぎ、王城の東棟へ資料を返しに行った。
第三門で認証を終える。
城内側の受付で、所属証と一緒に小さな認証済票を受け取った。
日付。
第三門。
利用可能区域。
有効期限。
いつもと同じ内容だった。
東棟へ入るところで、警備担当者へ見せる。
担当者は記載を確認し、そのまま返した。
再認証はない。
資料区画の手前では、別の確認がある。
認証済票だけでは入れない。
閲覧許可証を出す。
申請した区画と史料種別を確認される。
必要なら追加の認証もある。
公開鍵があるから、どこへでも入れるわけではない。
それも普段どおりだった。
資料を返却してから、認証済票をもう一度見る。
公開されている鍵ではない。
古代の公開鍵でもない。
だが、入口で認証済みであることを、別の場所で確認するためには使える。
制度史の記録どおりだった。
票を所属証へ挟み、研究院へ戻った。
*
午後は、古代側の資料だけを年代順に並べ直した。
後年の資料ほど、役割の境界が明確だった。
利用者本人を確認するのは、認証器。
秘密鍵を保持するのも、認証器。
署名を生成するのも、認証器。
公開鍵を使って署名を検証するのは、その接続先。
利用者の生体情報を受け取って、接続先が本人を照合する構造ではない。
復興期の対照表も横へ置く。
本人確認。
門番。
認証済票。
後段の確認。
似た機能はある。
配置が違う。
先に作った対照表の「本人確認」の欄は、そのままでよかった。
門番へ本人確認機能を配置した歴史も変わらない。
ただし、それは古代の認証器が担っていた機能の一部だった。
手帳へ二行加える。
本人確認機能:門番への配置を確認。
秘密鍵・署名・公開鍵:技術的対応、確認できず。
現在制度側の公開鍵には、制度史料の番号を付けた。
古代の Public Key には、暗号技術資料の番号を付けた。
同じ欄には入れなかった。
*
閉室前に、鍵関連の索引だけ確認した。
公開鍵。
秘密鍵。
資格情報。
認証器。
その下に、別の項目がある。
Physical Security Key.
古代側の注釈では、利用者が所持する物理的な認証器。内部に資格情報を保持し、認証に使用するもの。
こちらは比較的整理されている。
制度史側の参照番号も確認する。
王室資料。
高位区画認証規程。
王族資格台帳。
現在の制度分類では、王族資格保有者による直接認証を指している。
高位区画で用いられる認証制度の一つだ。
手帳の翌日欄に番号を写した。
物理鍵。
王族直接認証制度との対応を確認。
閉室の鐘が鳴った。




