認証器
前日の手帳に残した「認証器」の項目から整理を始めた。
古代資料では、利用者本人の確認を内部で行い、秘密鍵を保持するもの。
現在の門番制度では、本人確認を門番が行う。
復興初期の研究と現在の制度をつなぐ資料を探す前に、まず訳語の変遷を確認した。
どこかの時点で、Authenticator の訳が人を指すものへ変わっている可能性もある。
復興初期の対訳表を年代順に並べる。
認証器。
認証装置。
認証機構。
表記には揺れがある。
人間を指す訳はなかった。
次に、発掘記録を確認した。
先に確認した機器も含まれている。
手のひらに収まるもの。卓上に据えられたもの。他の機器の一部と推定されたもの。
用途が確定していない資料も多い。
それでも、人工物であることを疑った形跡はない。
復興暦百二十年代の研究記録にも、はっきり書かれていた。
――認証器は、何らかの人工的機構であった可能性が高い。
別の頁。
――現存機の一部は通電するが、本来の通信先を喪失しており、認証動作の再現には至らない。
さらに別の報告。
接続できない。
先日読んだ記録と同じ表示だった。
対訳表と発掘記録の範囲では、単純な誤訳として扱うのは難しい。
手帳の「訳語」の欄には、そのままそう記した。
次に、復興期の制度史を確認することにした。
*
認証史の棚から、古代文明復興政策の棚へ移った。
範囲を広げると、資料の量が一気に増えた。
発電設備。
揚水設備。
測量。
医療。
冶金。
通信。
古代文明の復興は、一つの研究分野ではなかった。
王国がまだ現在ほど安定していなかった時期、古代の技術を回収し、使える形に戻すこと自体が国家事業だった。
王命の写しも残っている。
古代文明に由来する有用な技術について、王国の生産、行政、防衛に資するものを選び、復興と実用化を進めること。
認証だけを特別扱いした命令ではない。
その後に出された実施要領を読む。
そこで、復興という語の使われ方が二つに分かれていた。
原物の構造を調べ、可能な限り同じ仕組みを再現するもの。
もう一つは、構造の再現が困難な場合に、判明している機能を当時利用可能な技術や制度で実現するもの。
後者には注記があった。
古代の原構造を復元したものとは区別して記録すること。
認証関係の資料番号を照合する。
該当する事業は、原構造の復元ではなく、機能を対象とした試行に分類されていた。
申請書を一枚追加した。
*
試行が始まる少し前、王城の警備部門では別の問題を抱えていた。
通行許可証の貸与。
盗難された許可証の使用。
本人以外による提示。
顔見知りであることに依存した確認。
門ごとの判断差。
どれも、古代技術とは関係なく存在していた。
対策案もすでにいくつか検討されている。
許可証の様式変更。
台帳の照合。
発行時の記録強化。
門番への確認手順の追加。
そこへ、古代認証研究の成果が持ち込まれた。
Authentication.
Biometric.
User Verification.
Authenticator.
古代文明には、利用者本人を確認し、資格の利用を制御する技術体系があったらしい。
完全な仕組みは分からない。
認証器と推定される人工物も、元の環境では動かせない。
それでも、本人確認という機能は王城が必要としていたものと重なった。
試行を命じる王命は短かった。
古代認証技術について、王城警備への実用化を目的として復興し、試行すること。
方法の指定はない。
その後の会議記録の方が長かった。
「認証器そのものを製作する案は」
「現時点では難しいでしょう」
「どこまでなら再現できますか」
「本人確認です」
「それは今も門で行っています」
「ですから、そこへ組み込みます」
記録上、発言者は古代技術研究側の担当者だった。
「古代の認証器が人だったという意味ですか」
「いいえ。発掘物を見る限り、人工物と考えるべきです」
「では、門番を認証器と呼ぶのは」
「呼びません。まず、認証機能を担当させます」
次の頁に、警備側の回答がある。
「通行者を止め、許可証を確認し、必要なら通行を拒否する者は、すでに門にいます」
「新しい担当者を置く必要はない、と」
「本人確認を追加するのであれば、門番の職務として試すのが早いでしょう」
異論も記録されていた。
警備と認証を同じ者に担わせることへの懸念。
勤務負担。
確認手順のばらつき。
利用者の処理時間。
試行する門を限定することで、会議は終わっている。
古代の機械を、人間だと解釈した記録はない。
人工物だと分かった上で、その機能の一部を、すでに門にいる人間へ置いた。
*
最初の試行記録には、現在の制度から見ると足りないものが多かった。
専任ではない。
資格もない。
認証業務を担当する門番は、通常の警備勤務の中で追加の手順を行っている。
方式も一つではなかった。
古代資料から復元された複数の解釈と、当時の本人確認手法が並行して試されている。
その中には、身体的特徴を利用する方式もあった。
以前確認した生活文化資料への参照もある。
ただし、それだけではなかった。
同じ発掘区域から得られた複数の生活資料、古代技術文書、既存の身元確認法を合わせ、いくつかの方式が候補に残されている。
どれが古代の原方式であるかは、試行記録でも断定されていない。
目的欄に書かれているのは、王城で本人確認に利用できるかどうかだった。
利用者への聞き取りも残っていた。
――本人確認とは聞いていたが、想定していた方法とは違った。
――説明を受けたが、この方式では受けたくない。
その後ろに、別の候補方式へ回したとだけ記されている。
――前回と同じ担当者を希望する。
担当した門番の所見も一件ある。
――警備勤務と続けて行うには、説明に時間がかかる。
結果を追う。
方式ごとの差。
門ごとの差。
担当者ごとの差。
利用者対応。
記録方法。
勤務への影響。
不正な通行の検出。
試行は続いている。
現在の通常方式につながる方式も、そこで残った。
採用理由には、王城での運用、本人確認手順としての適用、記録の標準化が挙げられていた。
古代の原方式との一致は、評価項目にはない。
次の年代へ進む。
*
追加業務だった認証は、少しずつ門番の仕事の中で場所を広げていた。
手順書が独立する。
研修項目が増える。
認証記録の様式が統一される。
担当経験が配置条件に入る。
利用者への説明手順が定められる。
認証業務で知り得た情報を、職務上必要な範囲を超えて開示してはならないという規定も加わっていた。
さらに後。
認証担当者の認定制度。
健康管理。
勤務交代。
監査。
王城以外の重要施設への導入。
記録の中で、呼び方が変わり始める。
認証担当門番。
認証担当者。
認証器資格保有者。
認証器。
境目になる一枚はなかった。
法令で突然、人間を認証器と定義した日もない。
業務が先にあり、役割が分かれ、資格ができ、その役割を指す言葉として古代語由来の名称が残った。
その頃には、認証だけを専門に担当する者も現れている。
門を守る者の一業務だったものが、門に必要な別の職能になっていた。
資料の年代を確認する。
先に調べた代理口の成立記録より前だった。
通常認証が王城の試行を越え、他の認証境界へ広がった後に、通常方式を利用できない者への対応が制度上の問題として現れている。
年代欄に参照番号を加えた。
*
夕方、第三門の勤務表を見た。
リゼットの名がある。
列は四人だった。
隣は一人。
時計を見る。
今日は急がない。
第四列へ並んだ。
前にいた男が勤務表を見上げてから、そのまま列の最後につく。
列が一人進む。
待っている間に、手帳を開いた。
今日確認した対応関係をまとめる。
認証器=人間、との誤訳記録なし。
その下。
本人確認機能を門番へ配置。
さらに、年代を添える。
復興事業。
王城試行。
追加業務。
標準化。
専門職化。
ここまでの年代と参照番号を対照表へ移す。
古代側の対照表を見る。
利用者本人の確認。
認証器。
秘密鍵。
署名。
公開鍵。
復興期の試行記録を見る。
本人確認。
門番。
認証結果。
入退場。
本人確認の欄には、復興期の試行記録を対応させられる。
秘密鍵の欄は空いたままだった。
古代資料では認証器が保持するとされているが、現在の門番制度について対応する記載は、今日確認した史料にはない。
前の認証室の扉が開いた。
手帳を閉じる。
列が進んだ。




