第20話 一口目
悲鳴は、一人分ではなかった。
最初に聞こえた声へ、別の声が重なる。
椅子が倒れる。
銀器が石床へ落ちる。
誰かが命令を叫び、その命令を別の者が聞き取れず、さらに大きな声で聞き返す。
王宮の大広間は、つい先ほどまで国の秩序を示す場所だった。
いまは、皿を落とした人間が誰なのかさえ分からない。
「動くな!」
厨房長が叫んだ。
保温室にいた者へ向けた声だった。
「全員、その場へ残れ! 料理、器、記録、何も動かすな!」
「患者を見なくていいの?」
エルサが聞く。
「銀の塔が来る」
「倒れた人数も分からないのに?」
「厨房の者が大広間へ殺到すれば、何がどこから運ばれたか分からなくなる」
正しい。
患者を助ける者と、原因を残す者は別に必要だった。
全員が助けへ走れば、証拠が消える。
全員が証拠を守れば、人が死ぬ。
分担。
また分担だった。
今度は、間違えてはいけない。
「フランツ」
エルサは言った。
「王の皿を見ていて」
「お前は?」
「大広間へ行く」
厨房長が振り返る。
「許可していない」
「食べた者と食べていない者を分けます」
「銀の塔が診る」
「症状ではなく、料理を分けるの」
「大広間は封鎖する」
「封鎖する前に、何を口へ入れたか聞かなければ、あとで全員が違うことを言います」
混乱した人間の記憶は、驚くほど早く変わる。
倒れた者の皿を見た。
隣の者が食べていた。
給仕が運んだ。
誰かが毒と言った。
そのうち、「自分は食べていない」者ばかりになる。
毒を食べたと認めれば、弱く見える。
毒を盛られたと認めれば、警備の失態になる。
嫌いな料理を残していた貴族は、礼儀を守ったことにする。
好物を二口食べた者は、一口だったと言う。
「記録板を」
エルサはフランツへ手を出した。
彼は渡さなかった。
「一人で行くな」
「あなたは設備担当でしょう」
「お前は記録補助だろ」
「だから行くの」
「顔を見られるぞ」
その一言で、足が止まりかけた。
大広間。
六盟家。
王族。
王宮の古参。
シシーリアを知る者が何人いるか。
数えたくない。
危険は、料理より自分の顔にある。
「頭巾を深くして」
エルサは言った。
「顔を上げない。記録だけ取る」
「見つかったら?」
「あなたは王宮に呼ばれた技師。私はあなたの補助」
「正体の話だ」
「その時に考えるわ」
「考えてから動け」
「考えている間に、全員が自分はパンしか食べていないと言い始めます」
フランツは記録板を握ったまま、エルサを睨んだ。
やがて、炭筆ごと押しつける。
「戻れよ」
「皿を守って」
「命令するな」
「お願い」
「気持ち悪いな」
「失礼ね」
「お前が素直だと気持ち悪い」
「では、命令に戻すわ。王の皿を絶対に動かさないで」
「最初からそうしろ」
安心したような声だった。
エルサは頭巾を深く引き、保温室を出た。
◇
大広間へ続く廊下には、人が詰まっていた。
給仕。
侍従。
衛兵。
侍女。
医務官。
全員が別の方向へ進もうとしている。
大広間へ入ろうとする者。
外へ出そうとする者。
薬箱を運ぶ者。
扉を閉める者。
「通して!」
若い女の声が響いた。
銀の塔の白衣を着た一団が、人波を割って進んでくる。
先頭は、黒髪をきつくまとめた女医だった。
年齢は三十代ほど。
冷たい顔。
袖を肘まで捲り、手には何も持っていない。
荷物は後ろの医務官へ持たせ、自分は患者へ触れる手を空けている。
「倒れた者を横へ寝かせる! 吐いている者は顔を横へ! 口へ水を入れるな!」
命令が短い。
人が動く。
毒かどうかを問わない。
原因を問わない。
まず、息をさせる。
「銀の塔?」
エルサが尋ねた。
女医は一瞬だけこちらを見る。
どこかで会った気がする。
「所属は」
「錫の塔。食材記録補助」
「患者へ触るな」
「食べた料理を確認します」
「あとにしなさい」
「あとでは証言が変わります」
女医の目が鋭くなる。
「今は命が先よ」
「食べた物が分かれば、処置が変わる可能性は?」
一拍。
女医は答えた。
「ある」
「なら、同時にします」
「邪魔をしたら外へ出す」
「結構です」
許可と解釈した。
女医はすでに次の患者へ向かっている。
あとで名前を聞く。
エルサはそう記録した。
大広間の扉は開いていた。
中へ入った瞬間、匂いが変わった。
白ワイン。
焼いた肉。
薬草。
蜜蝋。
花。
香水。
それらの上に、吐瀉物の酸っぱい臭いと、焼けた鉄のような刺激が重なっている。
円卓の周囲へ、人が倒れていた。
すべてではない。
立っている者もいる。
椅子へ座ったまま、顔を青くしている者。
口元を押さえる者。
何が起きているか理解できず、匙を持ったまま固まっている者。
豪華な衣服が、ひどく邪魔に見えた。
袖が長い。
襟が高い。
宝石が重い。
倒れた人間を助けるためには、どれも役に立たない。
最初に倒れたのは、入口近くの若い騎士だった。
給仕ではない。
六盟家の随行騎士らしい。
椅子の横へ膝をつき、片手で喉を押さえている。
「息は?」
女医が聞く。
「で、きる」
「舌は動く?」
騎士が口を開く。
舌の先が震えている。
「痺れ?」
頷く。
「何を食べた」
エルサが横から尋ねた。
女医が睨む。
「短く」
「白パン、一口。肉料理、二口。団子は?」
騎士の目が動く。
自分の皿を見る。
薬草団子は、一つだけ欠けている。
「半分」
「酒」
「まだ」
「器」
陶器ではない。
銀縁の錫皿。
王族用ほど上等ではないが、魔導刻印が入っている。
「席は?」
北側。
保温時間は短いはず。
それでも発症した。
条件はすべて揃わなくても危険になるのか。
あるいは、この騎士だけ別の条件を持っている。
「時刻」
エルサは記録した。
次。
円卓の反対側で、給仕が倒れていた。
床へ片膝をつき、銀盆へしがみついている。
料理を食べる立場ではない。
「この者は?」
女医が言った。
「口へ入れた?」
エルサが尋ねる。
給仕は首を振る。
呼吸が速い。
両手が震えている。
「味見?」
「して、いない」
「飲み物」
「水だけ」
「料理へ触れた?」
「皿を……運んだ」
「どの皿」
給仕が震える指で示した。
王族席へ運ぶ途中だった銀盆。
上には、薬草団子の皿が一枚。
配膳停止の声を聞き、廊下で戻したものらしい。
「素手で?」
「布を」
「その布は」
床へ落ちている。
厚手の白布。
端に黒い染み。
エルサは触れず、炭筆で位置を書いた。
「食べていない者も発症」
女医が言った。
「皮膚接触か、蒸気かもしれない」
「あるいは回路」
エルサが答える。
「何の話?」
「料理が魔導回路へ反応しています」
「詳細はあと」
「あとでは炉が冷える」
「今は人が冷える!」
声が鋭かった。
エルサは黙った。
正しい。
また正しい。
銀の塔は人間を見る。
錫の塔は料理と器を見る。
どちらも必要だ。
どちらも一人では足りない。
「この布を封印して」
エルサは近くの雑役人へ言った。
「誰の命令だ」
「銀の塔の診断に必要です」
女医を見る。
彼女は一瞬迷い、頷いた。
「触れずに箱へ。布を使い回すな」
雑役人が動く。
女医はエルサへ言った。
「名前は」
「エルサ」
「私はエレナ。倒れた順と、食べた物を記録して。症状は私が見る」
役割が決まった。
それだけで、少し速くなる。
◇
発症者は、最初の数分で七人。
重い者が三人。
軽い痺れや吐き気が四人。
騎士。
給仕。
南の座士。
東の商人。
王宮書記。
六盟家の随行侍女。
それから、第二王子ユリウス。
その名を聞いた瞬間、エレナの顔が変わった。
ほんのわずか。
だがエルサは見た。
「第二王子殿下は?」
「こちら」
医務官が円卓の奥を示す。
車椅子の青年が、椅子へ深く沈んでいた。
顔色は元から白い。
そのため、症状が分かりにくい。
唇だけが青い。
呼吸は浅い。
銀の塔の医務官が二人ついている。
「食べた量」
エルサが聞く。
侍従が答える。
「白パンを半分。肉料理は一口。薬草団子は手をつけておられません」
「酒」
「水のみ」
「器」
銀皿。
王族席。
ただし王より保温時間は短い。
「皿を残して」
エルサが言う。
医務官が顔を上げる。
「治療の邪魔だ」
「検体です」
「殿下のお皿だぞ」
「だから必要なの」
エレナが低い声で言った。
「そのまま残して」
医務官は反論を止めた。
エレナはユリウスの手首へ触れる。
袖を捲る。
細い腕。
青白い皮膚。
そこへ、黒い筋が浮かんでいた。
血管に沿うのではない。
皮膚の下を、植物の根のように枝分かれしている。
エレナの指が止まった。
「これ、以前から?」
エルサが尋ねる。
「下がって」
「以前からあるの?」
「患者情報は銀の塔の管理よ」
答えになっていない。
つまり、何かある。
エルサはそれ以上聞かなかった。
いま追及すれば、閉じる。
だが記憶した。
ユリウスの黒い筋は、ほかの発症者より濃い。
しかも、料理を一口しか食べていない。
食べた量と症状が一致しない。
一口多く食べた騎士より、ユリウスの方が重い。
体質。
既往症。
器。
席。
保温時間。
別の条件がある。
「殿下の皿へ触れた者は?」
エルサが尋ねる。
侍従が答える。
「専属給仕のみ」
「給仕は?」
「無症状です」
食べていない。
銀皿へ触れただけで全員が倒れるわけではない。
給仕の発症は、布か蒸気か、別の皿か。
条件は単純ではない。
大広間の中央では、国王ギルベルトが立っていた。
座ったままではない。
周囲へ指示を出している。
顔色は変わらない。
王の皿は、円卓の前にない。
保温室に残っている。
後食作法。
全員の一口目を待つため、まだ配膳されていなかった。
あるいは、配膳停止で止まった。
どちらにせよ、王は食べていない。
最も長く保温された料理を、最も遅く食べる者が、食べずに済んだ。
美しい作法が危険を作り、同じ作法が王を救った。
皮肉は、いつも計算が細かい。
「王は未摂取」
エルサは記録した。
その文字を見た侍従が顔をしかめる。
「陛下と書け」
「検証表では席名で統一します」
「不敬だ」
「では、ほかの全員へ敬称をつける時間をください」
侍従は黙った。
今は誰も時間をくれない。
◇
「回線が変です!」
廊下から声が飛んだ。
王宮の通信係だった。
耳へ銅製の受話具を当てている。
「地下炉とつながらない! 厨房回線も雑音が――」
その瞬間、大広間の壁に埋め込まれた音声管が鳴った。
本来は、人が蓋を開け、膜を叩かなければ音は出ない。
いまは誰も触れていない。
低い唸り。
ざらついた声。
『……返せ……』
全員の動きが止まった。
誰かが息を呑む。
「誰だ」
衛兵が音声管へ近づく。
『……返せ……』
同じ声。
男とも女とも分からない。
遠い。
水の底から聞こえるような声。
「地下炉か?」
通信係が管を開く。
「応答しろ! こちら大広間!」
雑音。
『……橋は……』
エルサの背中へ冷たいものが走った。
橋は。
旧共同穀物庫。
声。
書き込み。
橋は壊れていなかった。
偶然。
回線の残響。
古い記録音声。
出力変動で複数の音が重なっただけ。
説明はつく。
つくはずだった。
『……橋は、壊れて……』
そこで声が切れた。
音声管から、黒い粉が落ちた。
細かな粒。
灰のような。
炭ではない。
銅膜の縁から、根のような黒い筋が広がる。
「触るな!」
エルサとエレナの声が重なった。
通信係の指が止まる。
フランツが大広間へ駆け込んできた。
「王の皿が――」
途中で状況を見る。
倒れた人間。
銀の塔。
音声管。
黒い筋。
「来て」
エルサが言った。
「王の皿は?」
「動かしてない」
「変化は」
「増えた」
「どれくらい」
「皿の縁から、料理の下まで」
「温度」
「炉停止後も下がりにくい。刻印が余熱を抱えてる」
フランツは音声管へ近づく。
工具を出す。
「触るなと言ったでしょう」
「触らずに外せるか」
「外すの?」
「回線が汚染されてるなら切る」
通信係が叫ぶ。
「大広間回線を勝手に切るな!」
「声を聞いただろ」
「故障かもしれない」
「だから切る」
「王宮通信は銅の塔の管理だ!」
「呼んだのか」
「連絡中だ!」
「その連絡回線が壊れてるだろうが!」
完璧な会話だった。
笑えないほど。
「大広間回線だけ隔離して」
エルサが言った。
「全体は切らない」
「分岐箱はどこだ」
フランツが聞く。
通信係が答えない。
管理権限。
図面。
王宮機密。
「どこ?」
エルサが重ねて聞く。
「北壁の裏だ」
ようやく。
フランツが動く。
衛兵が止めようとする。
国王の声が飛んだ。
「やらせろ」
大広間が静まった。
ギルベルトは円卓の向こうに立っている。
エルサと目が合いそうになり、彼女は顔を伏せた。
見られるな。
声を覚えられるな。
歩き方を見られるな。
いまさら遅い可能性はある。
「錫の塔の技師か」
国王が尋ねる。
フランツが頭を下げる。
「はい」
「この回線を隔離できるか」
「分岐が生きていれば」
「やれ」
短い命令。
権限がある。
人が動く。
フランツは北壁の装飾板を外す。
金細工の裏へ、銅線と錫接合部が詰め込まれていた。
外からは美しい。
中は、錫の塔より狭く、保守しにくい。
「設計者を殴りたい」
フランツが呟く。
「あとにして」
エルサが言う。
「死んでるかもしれん」
「なら子孫へ請求して」
「西の商人みたいなこと言うな」
「仕事中よ」
「知ってる」
いつもの会話。
大広間の中で交わすには、場違いだった。
その場違いさが、エルサの呼吸を保った。
フランツが分岐線を探る。
一本。
二本。
王族席。
大広間。
厨房。
地下炉。
音声回線は、保温設備の補助線と近接している。
「これだ」
黒い変色が、接合部へ食い込んでいる。
根。
酒場の保温鍋。
旧共同穀物庫。
王の皿。
人の腕。
同じ形。
「切るぞ」
フランツが言う。
通信係が青ざめる。
「記録を」
エルサが答える。
時刻。
切断箇所。
回線番号。
変色。
「切って」
工具が入る。
硬い音。
銅線が外れる。
大広間の音声管から、最後に細い声が漏れた。
『……返し……て……』
途切れた。
静かになる。
誰もすぐには喋らなかった。
迷信を笑う者も。
技術的な説明をする者も。
黒い筋だけが、切断された回線の端へ残っている。
完全には消えない。
「故障よ」
エルサは言った。
自分へ言い聞かせるように。
「回線へ出力が混ざり、古い音声が再生された」
「古い音声?」
通信係が聞く。
「可能性の話です」
「誰の声だ」
「分かりません」
「橋とは?」
「分かりません」
分からないことは、分からないまま残す。
それが記録だ。
怖いから意味をつければ、迷信になる。
怖くないふりをして消せば、隠蔽になる。
◇
発症者は最終的に十一人。
重症四人。
中等症三人。
軽症四人。
死者はいない。
少なくとも、その時点では。
共通しているのは、問題麦を使った料理へ接触したこと。
ただし、食べた量と症状の重さは一致しない。
白パンだけで軽い痺れ。
肉料理を二口食べても無症状。
薬草団子を半分食べて重症。
料理を食べず、皿を運んだ給仕が発症。
同じ料理でも、陶器の皿では無症状者が多い。
銀皿。
魔導刻印。
保温。
席順。
既往症。
点が増える。
まだ、線にはならない。
「大広間を封鎖する!」
儀礼官が叫んだ。
「全員、その場を動くな! 王族、六盟家、随行員、厨房職員、塔関係者を含め、許可なく退出する者は拘束する!」
扉が閉められる。
衛兵が配置される。
毒殺未遂。
その言葉が、まだ正式に読み上げられていないのに、空気へ広がっていく。
誰かが毒と言った。
王族席で人が倒れた。
王の皿へ黒い模様。
通信回線から死者の声。
王宮が最も好む形へ、話が整い始めている。
犯人がいる事件。
敵がいる事件。
誰かを捕らえれば終わる事件。
「エルサ」
フランツが低く呼んだ。
「王の皿を見ろ」
保温室へ戻る。
王の皿は、石台の上へ置かれたままだった。
誰も口をつけていない。
料理の表面へ、黒い筋が浮いている。
肉料理の白いソースを裂き、薬草団子の下へ潜り、銀皿の刻印とつながっていた。
まるで皿そのものが、料理を根づかせたようだった。
近くに置かれた比較用の錫皿には、同じ反応がない。
毒見時に取った試料にも、ない。
毒見後。
銀皿。
保温。
出力変動。
時間。
王家の後食作法。
全部が、この一皿に残っている。
「王は食べなかった」
フランツが言った。
「ええ」
「最後に食べるから」
「ええ」
王が最も長く待った皿。
最も危険になった皿。
そして、誰も食べなかった皿。
完全な検体。
皮肉ではあるが、役に立つ。
エルサは王の皿を見つめた。
料理はまだ温かい。
白ワインと薬草の香り。
高価な肉。
柔らかな白パン。
王宮の技術と富を集めた食事。
食べれば、きっとおいしかった。
少なくとも、毒見の時点では。
「封を」
エルサが言った。
「皿ごと?」
配膳係が尋ねる。
「皿ごと。料理を分けない。匙も。王冠札も。置かれていた台の位置も記録」
「王族用銀器を、錫の塔へ持ち帰るつもり?」
「王宮内で保管して。鍵は二つ。王宮と錫の塔で一つずつ」
厨房長が眉を寄せる。
「外部の塔に王の検体管理権を与えろと?」
「王宮だけで管理すれば、都合の悪い時に消える可能性があります」
保温室が静まった。
言いすぎた。
だが訂正はしない。
王宮では、証拠が消える。
シシーリアの裁判で、そうだった。
出てくるべき記録が出ず、必要な証拠だけが揃った。
「錫の塔だけでも同じです」
エルサは続けた。
「だから二つ」
厨房長は顔を硬くした。
「あなたは王宮を信用していないようだ」
「錫の塔も完全には信用していません」
「では、何を信用する」
エルサは皿を見た。
黒い筋。
冷めていく料理。
誰も食べなかった一口目。
「一人では変えられない記録です」
大広間の方角で、重い錠が下りる音がした。
王宮が封鎖された。
王は生きている。
死者もいない。
だが、もう食中毒では済まない。
誰かが王を毒殺しようとした。
そういう事件として、王宮は動き始めた。
王の皿には、毒殺犯の痕跡などなかった。
代わりに、誰も全体を見なかった工程が、黒い根の形で残っていた。




