表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神ごっこ ―俺はこのデスゲームを拒絶する―  作者: 水無月いい人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第4話「同じ匂い」

 ほとんど眠れなかった。


 カーテンの隙間から朝日が差し込んだ時、仁はまだベッドの上で目を開けていた。


 天井を見上げたまま、何度も同じ言葉を思い出す。


 ――現在生存者数。


 ――百二十七名。


 頭の中に響いた、あの無機質な声。


 あれは夢ではない。


 眠りかけていたわけでもない。


 確かに聞こえた。


 百二十七名。


 それが何を意味するのか、考えなくても分かってしまう。


 神の力を持った人間が、まだ百人以上いる。


 あの男のような奴が。


 自分を殺そうとする奴が。


 それだけの数、この世界のどこかにいる。


「……最悪だ」


 小さく呟く。


 声は思ったよりも掠れていた。


 昨日の戦いのせいだろう。


 首を絞められた感覚が、まだ喉に残っている気がした。


 起き上がると、身体中が痛んだ。


 肩。


 腕。


 脇腹。


 膝。


 昨日の傷は消えていなかった。


 当たり前だ。


 傷まで元に戻るわけではないらしい。


 商店街も、壊れた建物も、あの男の痕跡も全部消えたのに、自分の身体だけは昨日の出来事を覚えている。


 仁は鏡の前に立った。


 頬の傷は、絆創膏で隠せば何とかなる程度だった。肩の痣は制服を着れば見えない。脇腹の痛みも、我慢すれば普通に歩ける。


 普通に見える。


 それが逆に気持ち悪かった。


 こんなにも自分の中身は変わってしまったのに、鏡の中の自分は昨日までとほとんど変わらない。


 ただの高校生。


 少し寝不足で、少し顔色が悪いだけの神山仁。


「学校……行くのか」


 行きたくなかった。


 正直、布団に潜って一日中震えていたかった。


 でも、休めば母親に心配される。


 理由を聞かれる。


 昨日の怪我だって、もう十分怪しまれている。


 それに、家にいたところで安全なのかどうかも分からない。


 神ごっこがいつ始まるのか。


 誰が襲ってくるのか。


 何一つ分からない。


 だったら、せめて普通にしていた方がいい。


 そう思った。


 思うしかなかった。


「仁ー、起きてる?」


 母親の声が扉の向こうから聞こえた。


「起きてる」


「ご飯できてるよ」


「今行く」


 いつもの朝。


 母親の声。


 味噌汁の匂い。


 食器の音。


 昨日までなら何も考えずに受け入れていた日常が、今は一つ一つ胸に刺さる。


 仁は制服に着替え、鞄を持って一階へ下りた。


 食卓には、いつもの朝食が並んでいた。


 白いご飯。


 味噌汁。


 焼き魚。


 卵焼き。


 何も変わらない。


「顔色悪いけど、本当に大丈夫?」


 母親が心配そうに言う。


「大丈夫。寝不足なだけ」


「昨日、怪我もしてたし。無理しないでよ」


「分かってる」


 仁は箸を取った。


 味噌汁を口に運ぶ。


 温かい。


 それだけで少しだけ泣きそうになった。


 昨日、死んでいたかもしれない。


 もしあの男に負けていたら、この朝食を食べることもなかった。


 母親の小言を聞くこともなかった。


 高橋にからかわれることもなかった。


 そんな当たり前のことが、急に重くなる。


「仁?」


「……何?」


「本当に大丈夫?」


 母親が眉を下げる。


 仁は慌てて笑った。


「だから大丈夫だって。昨日、ちょっと寝るの遅かっただけ」


「なら今日は早く寝なさい」


「はいはい」


「はいは一回」


「はい」


 母親は満足そうに頷いた。


 昨日と同じような会話。


 それが嬉しかった。


 けれど同時に、自分だけが嘘をついていることが苦しかった。


 学校へ向かう道は、いつも通りだった。


 通勤する会社員。


 自転車に乗る学生。


 犬の散歩をする老人。


 どこにでもある朝の風景。


 仁はその中を歩きながら、何度も周囲を見渡した。


 誰かに見られていないか。


 変な気配はないか。


 神の力を持つ者が近くにいないか。


 自分でも馬鹿みたいだと思った。


 けれど、警戒せずにはいられなかった。


 昨日までなら、学校へ向かう道で考えることなんてせいぜい小テストのことか、昼飯を何にするかくらいだった。


 今は違う。


 どこから誰が襲ってくるか分からない。


 世界そのものが、急に信用できなくなっていた。


「神山!」


 背後から声がした。


 仁の身体が反射的に強張る。


 振り返ると、高橋が小走りで近づいてきていた。


「お前、反応怖っ。そんなビクつく?」


「あ……悪い」


「何、昨日の怪我まだ痛む?」


 高橋は仁の頬の絆創膏を見た。


「まあ、ちょっとな」


「階段で転んだんだっけ?」


「ああ」


「どんだけ派手に転んだんだよ。漫画か」


 高橋は笑った。


 仁もつられて笑おうとした。


 だが、うまく笑えなかった。


 漫画。


 確かに、昨日の出来事は漫画みたいだった。


 神の力。


 デスゲーム。


 能力バトル。


 けれど、実際に巻き込まれると笑えない。


 痛みも恐怖も本物だった。


「で、牛乳買った?」


「買ったよ」


「えらいじゃん」


「お前まで言うな」


「いや、母ちゃんに頼まれたことちゃんとできる高校生、偉いだろ」


「馬鹿にしてるだろ」


「してないしてない」


 高橋は笑う。


 いつものやり取りだった。


 そのはずなのに、仁はどこか遠くから見ているような気分になった。


 高橋は何も知らない。


 昨日、自分がどんな目に遭ったのかも。


 百二十七名という数字のことも。


 神ごっこのことも。


 何も知らない。


 それでいい。


 知らないままでいてほしい。


 そう思った。


 教室へ入ると、いつもの騒がしさがあった。


 誰かが朝からスマホゲームのガチャで騒ぎ、誰かが宿題を写している。女子たちは昨日のドラマの話をしていて、窓際の席では眠そうな男子が机に突っ伏していた。


 何も変わっていない。


 いつもの教室。


 いつもの朝。


 仁は自分の席に座った。


 机の上に鞄を置く。


 それだけの動作で、昨日までの自分に戻れたような気がした。


 だが、それは錯覚だった。


 授業が始まっても、先生の声が頭に入ってこない。


 黒板に書かれる数式を目で追っているのに、意味が全く理解できない。


 考えているのは神ごっこのことばかりだった。


 なぜ自分が選ばれたのか。


 自分の力は何なのか。


 あの男の力を拒否したことは正しかったのか。


 神の力を一つまでしか持てないなら、拒否した自分は馬鹿だったのか。


 いや、そもそも本当に一つまでなのか。


 分からない。


 分からないことが多すぎる。


「神山」


 先生の声で我に返った。


「この問題、解いてみろ」


「え?」


 教室中の視線が仁に集まる。


 高橋が隣で小さく笑っていた。


「聞いてなかったろ」


「うるせぇ……」


 仁は立ち上がる。


 黒板を見る。


 何も分からない。


 普段なら何となくでも解ける問題だったかもしれない。


 だが今は、頭が全く働かなかった。


「すみません、分かりません」


「珍しいな。ちゃんと聞いておけよ」


「はい」


 席に座る。


 高橋が小声で言った。


「マジで大丈夫か?」


「大丈夫だって」


「いや、お前今日ずっと変だぞ」


 仁は返事に詰まった。


 変。


 その通りだった。


 自分でも分かる。


 もう昨日までの自分と同じではいられない。


「寝不足なだけ」


 また嘘をついた。


 高橋は納得していない顔をしていたが、それ以上は聞いてこなかった。


 昼休み。


 仁は購買で適当にパンを買い、教室の後ろで高橋たちと食べていた。


「でさ、昨日の動画見た?」


「見た見た。あれマジで笑った」


「神山は?」


「……悪い、見てない」


「珍し。お前ああいうの好きじゃん」


「昨日ちょっと忙しくて」


「牛乳で?」


「牛乳で忙しいわけあるか」


 高橋たちが笑う。


 仁も少しだけ笑った。


 少しだけ、本当に。


 この時間だけは昨日のことを忘れられそうだった。


 馬鹿みたいな話。


 どうでもいい話。


 誰が誰を好きだとか。


 新作ゲームがどうだとか。


 小テストが終わったらカラオケに行こうとか。


 そんな会話の中にいると、神ごっこなんて存在しないように思えた。


 けれど。


 ドクン。


 胸の奥が脈打った。


 仁はパンを持つ手を止めた。


「……?」


 昨日の夜と同じ感覚。


 いや、昨日あの男と出会った時と同じ感覚。


 何かが近い。


 自分と同じものを持つ誰かが──。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ