第12話 巨額な報酬!
翌日。
ロイヤルスイートの部屋を出て、宿屋が用意してくれた朝食を食べる。
馬小屋とは違い、何とも素晴らしいおもてなし。
とはいえ、前世日本での食事を考えると、少し物足りない気もするが……
そこは、世界が違うと割り切るしかないだろう。
そんな優雅な朝食を取っていると、リザが起きてくる。
珍しくというか。
髪留めで前髪を分けており、あの巨大な眼が露わになっている。
そして、誰がどう見てもよく分かる。
まさに顔面蒼白というやつだった。
「よ、おはようさん」
「お、おはようございます。ゆ、ユウジさん……私、昨日は大変なことを」
「ああ、覚えてるのね」
あれだけの酒乱ぶり。
てっきり忘れてるものかと思った。
「ま、いいんじゃねぇの? 俺も、お前のことは仲間にしたいと思ったし、お前は俺達の仲間になりたいと思った。互いの意志が合致すれば、こうなるのも自然の流れだろう」
「あ、いえ、そっちのことではなく……あ、その、そっちもそうなんですけど」
なにやら今度は顔を真っ赤にしている。
「そ、その……ごにょごにょ」
「うん?」
「け、結婚とか……」
「あ、あぁ」
気にしてたのか。
酔った勢いの冗談としか見てなかったから、眼中に無かった。
「ごめんなさい、まだ会って間もない男の人にあんなことを……」
「いや、別に謝らなくても」
悪い気はしなかったし。
俺の様子を見て、リザは少し胸をなで下ろしたようだ。
だが、続いて顔が青くなる。
まったくもって、忙しい顔だ。
「それに、前のパーティーを、あんな形で……」
「それも別にいいだろ。パーティーの結成解散なんて、日常茶飯事だって言うしな。それに……」
「それに?」
「昨日のパーティーの中で聞いたんだけどな…………」
実は、あのどんちゃん騒ぎの中で、ちょっとした密会が開かれていた。
リザをパーティーに入れていたあのパーティー。
その一人。
あの、俺達をからかわずに黙り続けていた男だ。
その男とマスターが、突然俺を外へ引っ張り出し、話し合いが行われていたのだった。
「あの……なんでございましょ?」
引っ張られる力にすっかり萎縮してしまった俺は、驚くのと怒るのは隅に置き、すっかり下手に出てしまっていた。
その男も、かなりイカツイ。
ヤクザというよりは、寡黙なレスラーというべきか。
男は、じっと俺を見ながら、ようやく口を開いた。
「リザを拾ってやってくれ」
「えっ?」
単刀直入に言われ、思わず素で返してしまう。
マスターは、笑いながら横入りする。
「ごめんなさいね、この方は口数少ないから。簡単に言えば、あの子がパーティー内でいじめられているをの見ていられないのです。だから、是非ユウジ様のパーティーに入れてあげて欲しい。そう言っているのです」
「あ、あぁ。なるほどね」
黙って頷く男。
何か、見た目めっちゃ怖いけど、とても優しいようだ。
「でも、いいのか? 冒険者では珍しいプリーストなんだろ?」
「これはいい機会だ」
それっきり黙り込む。
やはりマスターがサポートに入る。
「リーダーの頭を冷やさせるには良い機会だと言っています。あれは、リーダーシップはあるけれど、人間が出来ていない。俺もついていけなくなってきた。クソ雑魚のくせに、舐めた口聞きやがって。いつか掘ってやる、だそうです」
「そこまでは言ってない」
「あら、そうだったかしら」
わざとらしい笑みを浮かべて誤魔化す。
あきれ顔をしつつも、男は続ける。
「あいつらの会話は、アイを通してリザに聞かせた。陰口は、何度も聞いてるはずだ。あとは、あいつがどうするのか、お前がどうするのか。俺は、期待してる」
「あぁ、分かったよ」
言葉足らずだが、言いたいことはよく分かった。
まぁ、もとより俺はあいつの人間性には惚れ込んだ。
俺から拒否することは無いだろう。
「じゃあ、よろしくな」
「あ、ちょっと待って」
立ち去ろうとする背中に声を掛ける。
男は、後ろに向けた身体を、再びこちらに向けてくれた。
「知ってるかもしれないけど、ユウジだ」
「……オルテガだ」
軽い握手を交わして、俺達は再びパーティー会場に戻っていった。
「そんなことがあったんですか……」
「あんなパーティーには勿体無い人かもな」
「でも、オルテガさん。私がいじめられてても、何もしてくれなかったです。それって、一緒にいじめてるのも同じじゃないですか」
「それに対するささやかな抵抗ってことだったんだろ、アイを通じてお前に陰口を聞かせてたのは。今のパーティーの立場ってものもあるだろうし……それに、最終的には、お前が動かなければダメだったんだからな」
「……そうですね」
言いながら、パーティー「ころっけちゃん」のアイを胸に当てている。
「そういえば、ころっけちゃんってすごい変わった名前ですよね。誰がつけたんですか?」
「私だ、悪いか……」
いつのまにか、幽霊のようにリザの後ろに現れたのはハルナ。
まさに幽霊と見間違えるほどの顔色をしている。
そのまま椅子に座り込むと、テーブルに突っ伏した。
「うえー、気持ち悪いです……」
これが世に言う二日酔いか。
俺は酒を飲んだことは無いし、昨日も飲んでいないが……
親父がめっちゃ辛そうにしていたのはよく覚えている。
「リザさん、あのくらいで二日酔いなんて、弱いんですねー」
いや、お前も、自分が酔った勢いでやったことを、朝一番にめっちゃ後悔してたじゃん。
などと、口には出せずに、心の中で呟く。
「う、うるさいザル。私は、あんたとは違って育ちがいいんだ。一緒にするな……」
「育ちの良さで言えば、私は孤児院で真摯に神に仕えた身です。ハルナさんとは、同じかそれ以上のラインに立てますよ?」
「ふん、救いもしない神の犬め……」
「……私を救ってくれた神はいます。私への悪口は構いませんが、紙への冒涜は許しません」
「おお、そうか。それはこわいこわい」
ふと思い出した、ハルナのステータス。
そういえば、信仰心Eだったっけか。
俺も存外だけど、神様なんて信じてないんだろうなぁ。
っていうか、ふと思ったけど……
リザって、結構我が強いのか?
それとも相手がハルナだから気兼ね無いのか……?
いや、たぶんそういうことじゃない。
何というか、多分だけど……
この2人、反りがあわねぇ!
「ま、まぁなんだ。とりあえず、今日はギルドに行こうな。マスターから、落ち着いたら来てくれって言われてるし。レベルのチェックもしたいしな!」
俺の言葉が寂しく響く。
ハルナは、また気持ち悪さのあまりに突っ伏してしまった。
リザもリザで、今更になってハルナに強い口調で言ったことに脅えているのか……
机に突っ伏して震えている。
(なんだこれ……)
妙な空気に包まれた食堂を背にして、俺はひとまず自分の部屋へと戻っていった。
◆ ◆ ◆
相変わらずの、朝の冒険者ギルド。
マスターが忙しなく応対に当たっている。
俺達は、とりあえずマスターが落ち着くまでゆっくりと椅子に座って待つことにした。
「よっこいせっと」
俺が椅子に座る。
すると、隣の椅子にハルナが座る。
その反対側に、わざわざ椅子を持ってきて、リザが座る。
互いに視線をかち合わせると、2人揃って俺の腕に抱きついてくる。
(これって、両手に花ってやつなんだろうけどな……)
確かに、美少女2人が腕に抱きついてくるなんて、そうあることじゃない。
しかし、このいがみ合いは何とかならないものか。
どうせ酒池肉林なら、もっと仲良くしてもらってだな!
「はい、ころっけちゃんの皆さん、お待たせしました」
マスターがこちらに歩いてくる。
何やら、とても嬉しそうな笑顔だ。
「あらあら、仲が良いですね」
「まぁ、おかげさまで」
適当に返事をして済ませる。
向こうも大して期待はしてなかったようで、気にすることなく話が進む。
「さて、では改めまして。「里帰り」をしたニョグタ討伐、本当にありがとうございました。ギルドマスターとして、まずはお礼申し上げます。さて、ではこれが本題です」
目の前に置かれたのは、テニスボールほどの黒い石。
しかし、光が当たると、そこは虹色に煌めく。
何とも不思議な石だ。
この感じ、どうにも既視感がある。
「これ、なんだか分かりますか?」
「……ニョグタ?」
「半分正解ですね。これはニョグタの魔石です」
「なるほど、なんだか見たような質感だったわけだ」
正直、あまり思い出したくはないけどな!
「というわけで、この魔石、ギルドに納めていただけますか? 報酬はもちろん出ますよ」
ハルナとリザに視線を送る。
2人は、視線が合うと、小さく首を縦に振る。
「そこは拒否する理由もない」
「ありがとうございます! では、ニョグタの魔石の買い取り金と「里帰り」モンスター討伐の特別報酬。合計で、100万リムをパーティー「ころっけちゃん」に進呈致します!」
それに反応したのは、ハルナとリザ。
「ひゃ、ひゃくまんですかっ?!」
「ハルナちゃん、勘違いしないでね。報酬を出すのは、あくまでもパーティーに対してよ。1人の配分は、均等割りで33万リムなんだからね?」
「それにしたって大金です! それだけあれば、コロッケが100……200…………」
あぁ、やっぱコロッケ好きなのね。
でも、ここいらでは売ってない気がするんだが。
ハルナの生まれ故郷では普通に食べているのだろうか。
「では、このお金はパーティーリーダーのユウジ様に一括してお渡しします」
「えっ、マジで?」
「マジです。分割するも良し。パーティーの財産にするも良し。討伐時の貢献度に比例させるも良し。リーダーが着服しても良し。ユウジ様の思いのままです」
あれやこれやと例を出すが……
「最後はいかんだろう」
「そうですねー。でも、よくある話でもあります」
マジか。
しかし、この金額は、かなり目玉が飛び出るようだ。
事実、ハルナの落ち着きの無さもあるが……
リザも固まっている。
恐らくは、下ろした前髪の中は、大変なことになっているのだろう。
巨大な単眼では、かなーり迫力満点だと思われる。
つまりは、持ち逃げしても、生涯食っていくのに充分なレベルの金額ということだろう。
「とりあえず、今ユウジ様の所持金に加えさせていただきました。ご確認ください」
「えっ?! どうやったの?」
「転生者さんにわかりやすくいえば、銀行振込?と同じだと思えばいいそうですよ。私ども、冒険者ギルドの転送魔法により、大きい金額が動く場合、各冒険者の財布に自動的に転送できるようになっています」
「……それって、その逆も?」
「出来なくもないですね。余程の罰則で、余程の事情が無い限り、そうやりませんけど。私どもの信用問題ですし」
そりゃそうだろうなぁ。
ギルドってのも、なかなか大変だ。
「そういえば、俺の財布ってどこにあるんだ?」
「あらあら、今更ですね。ポーチの中にありませんか?」
「ポーチ……」
そういえば、大して身の回りの装備を確認したことが無かった。
改めて、ベルトについているポーチを認識する。
「もちろん、魔法のポーチです。見た目は小さいですけど、広さとしては1平米くらいの広さがありますよ。重さも、そのポーチの重さ以外は感じません。転生者用語では、重力制御がされていて、入れたものは、入れた方向に一定になって、走っても転んでも大丈夫です」
「えっと、つまり……水を入れた蓋をしてない瓶を入れても、ちゃんと縦に入れれば大丈夫ってことか」
「そういうことですね。ただ、時間経過はしますから、なまものは厳禁ですよ。あと、ちゃんと整理しておかないと、痛い目見ます。いざというときに、あれが出ない、これが出ない、では困りますからね。あと、町中にいるときに武器もポーチに仕舞ってもいいです」
俺の腰に目をやるマスター。
そういえば、ずっとぶら下げっぱなしだな、この剣。
ダンジョンに入るまでは、仕舞って置いてもいいかもしれない。
「って、そうじゃなくて、俺の財布だ」
「そうですね。見てみてください」
ポーチに手をつっこんでみる。
すると、頭の中にイメージが浮かぶ。
おぉ、これが今のポーチの中か。
中に入っているのは……
あれ、これはオニギリ?
取り出してみると、既に酸っぱそうないい匂いがしていて、食べられそうにない。
「ゆ、ユウジ様。違う意味で飯テロしないでください」
「す、すまん……」
今までの食事で、この世界に米なんて無さそうだし、恐らく女神が手向けでくれたものなんだろう。
見事に無駄にしてしまった。
「さて、肝心の財布は、と……」
ポーチに手を入れるも、見あたらない。
「あれ、無いんだけど……」
「それはおかしいですね。確かに、ユウジ様の財布に送られたはずです。落としたりしてませんか?」
「出したことは一度も無いし……このポーチから勝手に落ちることがあるなら、それもあり得そうだけど。それはどうなの?」
「……なさそうですね」
ポーチの中は重力制御されているのだ。
勝手に落ちるということはまず無い。
何度かポーチを確認していると……
「捜し物はこれですかー?」
俺の後ろから、女の声が響いた。