第11話 祝杯
耳がハルナの声を感じ取った瞬間、今までのルーチンワークを思い出すように強化スキルを発動させる。
「風の剣!」
「スキル、強化!」
そして、もう一度。
今度は反対側へ。
既に身体にたたき込まれた作業は、無意識のうちに行われていた。
「そ、そんな……」
絶望的な声を出すのはリザ。
彼女の視線の先。
扉の先には、黒い液体が相変わらず陣取り、俺達を狙っていた。
ニョグタは……
まだ健在だった。
「も、もう無理……魔法が撃てない」
膝をついて落胆する。
しかし、それでも俺達は作業をやめない。
何度も強化したソニックブームで吹き飛ばし、玄室への侵入を阻む。
「そんなことしても、もう無駄だよ! 私たち、ここで死ぬんだ!」
リザが叫ぶ。
泣いているようにも見えるが、俺にはそんなことを気に掛ける暇がない。
「もう……もうやめてよ! 私が魔法を使えないんじゃ、もう手だてが無いっ!」
「なぁ、リザ」
スキルを発動させながら、短く語る。
「諦めるな。俺達は、本当に限界が来るまで諦めない。出来ないなら、出来るようにしろ」
「そ、そんな……」
無理難題なのだろう。
俺達もとっくに限界を越えている。
無理といえば、現状でも無理だ。
だから俺は言う。
「何でもいい……何とかしてくれ! お前だけが頼りなんだっ!」
その言葉にハッとするリザ。
そして、ゆっくり立ち上がる。
「……ハルナさん。次の入り口側の強化、ちょうだいします」
「了……解っ!」
既に息も絶え絶えなハルナ。
その様子を見ながら、リザは僅かな詠唱の後に、光の槍を作り出す。
いや、槍と言うには小さすぎるだろう。
その大きさは、手のひらサイズのものだ。
しかし、その神々しさは、俺にも感じることが出来る。
「神よ、魔を退き賜え……」
その槍に祈りを込める。
手を組んだまま、詠唱を続けるリザ。
目の前に現れる魔法陣の真ん中に、あの小さな槍が鎮座する。
そして……
「貫け……神槍ブリューナク!!」
ニョグタを貫かんばかりに、高速射出される槍。
「スキル、強化!」
俺は、その軌道に魔法陣を呼び出す。
あの小さな槍が潜った、その瞬間。
神槍と呼ぶに相応しい、眩い光を放つ槍となった。
まるで、倒すべき魔を理解しているかのように、ニョグタ目掛けて飛んでいく。
「グォォォォォォ!」
初めて、悲鳴らしき声が響いた。
ブリューナクは、ニョグタの身体を確実に削っている。
いや、それだけじゃない。
なおも槍は突き進み……
そして。
「ユウジ、見てください……!」
後ろを指さすハルナ。
そこには、すぐ後ろまで迫っていたニョグタの液体。
今、正に俺達を飲み込もうとしているところ。
その液体が、霧となって消失していったのだ。
それはつまり……
「た、倒した……?」
「……そうです。私たち、ニョグタを倒したんです!」
「うおおおおお! マジかぁっ!!」
ワッと喜びを分かち合おうとするも……
同時に、全員がその場に倒れ込む。
(は、はは……そりゃそうか)
とっくの昔に限界だ。
むしろ、よく動いてくれた。
ありがとう、俺の身体。
ありがとう、ハルナ。
そして、リザ。
「はは……自力じゃ帰れないなぁ、こりゃ」
「救援隊を待ちましょう……」
「バブリースライムにも殺されるな、こりゃ」
「そうですねぇ……」
「親分倒しちゃったからなぁ。逆襲にでも来るか?」
「バブリースライムに窒息死させられるとか、勘弁してください」
そんな与太を飛ばしていると。
「おい、大丈夫かっ!?」
別のパーティーが来てくれたようだ。
大丈夫か、と声を掛けてきてくれた割には、どうにもニョグタがいないことのほうに驚いているようで、俺達のことは二の次となっている。
(ともあれ、これで一眠り出来るか……)
胸をなで下ろすというのは正にこのことだろう。
ふと緊張の糸が切れる。
すると、俺の意識は、面白いほど簡単に落ちていった。
◆ ◆ ◆
「かんぱーいっ!」
ギルドの隣にある酒場。
そこで、盛大なる宴会が開かれている。
その肴はもちろん……
「やってくれたぜ、この転生者!」
俺だった。
救出されたその後。
俺達はそれぞれ、宿屋のロイヤルスイートに放り込まれた。
そして、高位な感じの男性のプリーストが来て、回復魔法を掛けてくれたのだ。
それだけでも充分に体力は回復したのだが、何とロイヤルスイートは7日間、つまり、1週間泊まれるという。
ロイヤルスイートは、1人で使う分にはさすがに広く、それとなく落ち着かない。
しかし、フカフカのベッドは、確かに俺の心と身体を癒してくれた。
久しぶりのフカフカベッドに身体を預けていると、回復魔法を掛けてくれたプリーストが再来し、ニョグタ討伐祝いをギルド持ちでやるからと招待状を持ってきてくれたのだった。
結構な待遇だったが、断る理由も無いだろう。
そう思い、快諾したのだったが……
「まったく、あれだけもっと離れろと言っていたのに……ろーしてまだあんなとこにいたんれすかー?!」
ハルナが、執拗にその言葉を連呼している。
ニョグタから逃げる時の、あのことを言っているのだろう。
まぁ確かに、ハルナから見れば、あそこでボンヤリしていた俺達には苦言を呈したいところだろう。
だからこそ、一歩及ばずあの窮地を呼び込んだと言っても過言ではない。
言いたいことは分かる。
だから、それは甘んじて受け入れよう。
だが……
それにしたって、酒臭ぇ!
飲み過ぎだろ!
未成年っぽいけど、飲んでいいのか?
とも思ったが、そんな法律なんて恐らく無い。
それは、元の世界の法則を当てはめすぎだろう。
そんな俺の思考を余所に、ハルナは、ご機嫌とも不愉快とも言い難い表情を浮かべている。
「聞いてるんれすか~っ!?」
「もちろん、聞いてるぜ」
真顔で返事する。
さっき、いい加減な返事をしたらかなり怒った。
さりげによく見ているようだ。
これは、思った以上に面倒くさい絡み酒!
「だいたい、あの単眼女と何してたんでしゅか! 私がいないところでイチャイチャしてたんじゃないれすかー?!」
うわ、何か更に噛みついてきた。
これは早く逃げたい!
しかし、とても逃げられそうにない!
誰か助けて!
「飲~んでますか~?」
さらに、千鳥足で寄ってきたのはリザ。
相変わらず目は前髪で隠しているが、顔が真っ赤なのは、顔の下だけ見れば明らかだ。
「このたびわぁ、ありがとうごじゃいましたぁ」
うっわ、酒くっさ!
丁寧に頭を下げているが、その頭からも凄い酒の匂いがする。
頭を上げたときには、口元は妙な笑みを浮かべていた。
「わたしぃ、あなたのことがだいしゅきになりましたぁ」
「お、おう。そうか。俺もリザのことは好きだぞ」
「ほんとうれすかぁ! うれしいれすぅ!!」
そう言って、座っている俺の膝にしがみついてきた。
「こんなわたしおー、好きになってくれて。ありがとうごじゃいましゅー」
「いやいや、リザは充分可愛いぞ」
「そんなこと言ってくれるのはユウジしゃんだけですよぉ」
そう言いながら、可愛くお尻を振る。
っていうか、足に思い切り胸が当たってる。
マジで大きい。
その感触は、俺の理性を蝕みはじめる。
しかし、突然襲いかかった頭への痛みで中断された。
ふと見ると、ハルナが拳を作っている。
どうやら、殴ったのはハルナらしい。
「聞き捨てなりませんね、リザぁ」
「なんれすかぁ、ハルナしゃん!」
「ユウジはぁ、私とぱーてーを組んでるんでぇ。邪魔しないでもらえますかぁ?」
「それなら私もぉ、ユウジしゃんのぱーちー入ります!」
いきなりの爆弾発言に、慌てて寄ってきたのは、あのイケメン剣士だ。
「お、おい待てリザ! 冗談だよな?」
「じょーーーだんなわけないれす! 私が何も知らないと思ったら大間違いなんでしゅからね!」
啖呵を切り、椅子に右足を乗せ、膝に腕を置いて剣士を睨みつける。
大きな一つ目で見つめられ、何やらガクブルしている剣士。
俺も、傍観者ながらに寒気を感じる。
「私をイジメてたれすよね?! ニョグタと出会って、わたしを置いていったれすよねっ?! しょんなの、仲間じゃないれす! どうせプリーストなら誰でもいいんれそ? どうせ私の身体が目当てだったれそっ?!」
「お、おい。妙な誤解を受けるような言い方は……」
周りからは、ヒソヒソと話す声。
別れ話かと、はやし立てる声。
様々な声色で、リザを焚きつける。
「私以外のプリーストを見つけてくらさいっ! もう、あんたなんかとぱーちーは組みましぇん!!」
懐からアイを取り出す。
イケメン性悪剣士に、見せつけるように目の前に突きつけた。
そして……
バキバキバキ
右手で握りつぶしてしまった。
パンパンと手を叩くと、周りからは何故か歓声が上がった。
「おぉー、いいぞ姉ちゃん!」
「やるねぇ!」
「どうよイケメンさん、振られた気分はよー?」
ギャラリーからは、リザを褒め称える声。
拍手が一斉に上がり、彼女をより煽ろうとしている。
……どうやら、楽しければ何でもいいようだ。
「くしゃれげどうめ、今度会ったらただじゃおかないっしゅ」
リザがこちらに向き直る。
今度は、口元を笑顔で緩ませていた。
「というわけれぇ……お世話になりましゅ」
再び俺に頭を下げるリザ。
その様子はやはり可愛いんだが……
やっぱ酒くせぇ。
「はい、どうぞ」
などと思っていたら、突然横にマスターが現れ、アイを渡してくる。
俺にウインクしたかと思うと、酒場の人混みの中に紛れていく。
言わんとしていることは、口にされずとも分かった。
(……ま、遅かれ早かれ、か)
俺は、リザにアイを渡す。
そして、まっすぐ目を見つめながら言う。
「ま、よろしく頼むわ」
「はいれすぅ!」
盛大な拍手が起こる。
さすがのイケメン性悪剣士も、この空気には逆らえないようで、スゴスゴと立ち去っていった。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それに大きく反応したのはハルナ。
そんな彼女に、リザが挑発するように俺の腕に抱きついた。
「わらひぃ、ゆうひさんとけっこんするんれす!!」
「ゆうひとか誰よ! 勝手に結婚すればいいれす! ユウジは私と結婚するんれす!」
ハルナまで俺の腕にくっついて、そう反論する。
(いやぁ、悪くない! 悪くはないんだが……!)
このハーレムには、問題がある!
それは……
ものすごく酒くせぇ!!




