優しさは片方だけじゃない
またある日の放課後。校舎の裏で、トゲトゲお化けは男の子がひとりで座っているのを見つけました。まわりには誰もいません。
「今日は、だれも手伝わないの?」
トゲトゲお化けが声をかけると、男の子は少し驚いた顔をして、それから笑いました。
「今日は、みんな元気そうだから。ぼくの出番、ないみたい」
そう言って笑う男の子の目は、どこか遠くを見ていました。
トゲトゲお化けは、胸の中でずっと引っかかっていた言葉を思いきって口にしました。
「ねえ。あんたは、だれかに優しくしてもらったこと、ある?」
男の子は少し考えてから、首をかしげました。
「どうだろう。ぼくは人に優しくできたらそれでいいから。もらわなくても、あげられるなら、それで」
その答えを聞いたとき、トゲトゲお化けの中で、ひときわ大きなトゲが抜ける音がしました。
「それじゃあ、半分のままだよ」
トゲトゲお化けは、ぽつりと言いました。
「半分?」
男の子が目を丸くすると、トゲトゲお化けは自分の片方しか見えない目を指さしました。
「わたしね、目がひとつ見えなくなったの。トゲトゲで、ひとを傷つけて、ひとりになっても平気なふりしてたら、神さまに世界を半分取られたの」
トゲトゲお化けは今まで誰にも話したことのないことを少しずつ話しはじめました。
泣き虫なこと、こわがりなこと、本当はさみしくてたまらなかったこと。トゲで守っていたのは自分の弱さだったこと。そして片目になってから、みんなの優しさにやっと気づけたこと。
男の子は驚いたように、そして少し悲しそうに、トゲトゲお化けの話を聞いていました。
「優しさってね」
トゲトゲお化けは言葉を一生懸命に探しながら話し続けました。
「わたし、優しさなんてこわいだけだと思ってた。もらったら、弱い自分を見せなきゃいけない気がしたから。でも今は、ちがうって思うの」
トゲトゲお化けは、自分の胸のあたりをそっと押さえました。
「優しさは片方からあげるだけじゃ、本当にあたたかくはないんだよ。あげる人と、もらう人がいて、はじめて、あったかくなるの。誰かに助けてもらったり、なぐさめてもらったりするのも、優しさなんだって、やっとわかったの」
男の子は黙ってトゲトゲお化けを見つめていました。トゲトゲお化けの片方の目は涙で少し光っていました。
「だからさ」
トゲトゲお化けは小さく笑いました。
「あんたも、ちゃんと『助けて』って言っていいんだよ。『さみしい』とか、『一緒にいて』とかさ。あんたが優しいぶん、きっと、まわりにも優しい人がいっぱいいるから。あげっぱなしだと、あんたの心が、すりきれちゃうよ」
男の子の肩が、ふるふると震えました。
「……でも、迷惑かけたくないんだ。ぼくが弱音をはいたら、みんな困るかもしれない」
トゲトゲお化けは首を横にふりました。
「わたし、うれしいけどな。あんたみたいな人が、『今日はつかれた』って言ってくれたら。ああ、この人も同じなんだって思えてホッとするもん」
男の子の目から、一粒の涙がこぼれました。トゲトゲお化けは、そっとハンカチを差し出しました。
「ほら。こんどはわたしがあげる番。優しさって、こうやって、行ったり来たりするんだよ」
男の子はハンカチをぎゅっと握りしめました。
「……ありがとう」
その一言は、とても小さな声でしたがトゲトゲお化けには世界でいちばん大きな勇気の音に聞こえました。
その日、トゲトゲお化けと男の子のあいだに、目には見えないけれど、あたたかい糸が一本、結ばれました。




