検察審査会の人々34
久しぶりの投稿です。
「それでは第八回、審査事件会議を始めます」
向井さんの挨拶から始まった交通事故の不起訴相当処分の審査。
今回の事故はバイクと自動車の衝突事故。
門真市に出来た新しいショッピングモール付近で発生した自然渋滞のなかで事故が起きた。
近隣住民はショッピングモールが出来たことに最初はとても喜んでいたのだが、あまりにも買い物客が押し寄せて来たことで起きる渋滞に悩まされることになってしまった。
事故現場の隣町にある物流センターからのトラックの往来もあり、住民のための生活道路は完全に詰まってしまう事が日常茶飯事。
見通しも悪くなり、住宅の目隠し用の高い垣根と高い荷台のトラックに挟まれるせいでバイクも視界が狭まって、前方の信号の位置は判別しにくい事も分かっている。
更に事故が起きたのは真夏で歩行者用信号が街路樹の枝葉に隠れて余計に見えにくい状態だったらしい。
この道路はほんの少しのわき見運転ですぐに事故になるような危険な場所となっていた。
信号が赤になると信号の下に青い矢印が点灯し、右折車を優先して流すシステムを導入していて、少しでも渋滞を緩和させていた。
しかし、バイクを運転していた二十代男性は一瞬のよそ見をしてしまったがために、信号を見落として直進が赤、右折の矢印で交差点内を進入してきた自動車に衝突してしまった。
「今回は被害者のバイクに乗っていた男性は死亡してしまっています。本来なら申し立ては被害者本人がすることになっていますが、例外で被害者の家族が代理で申立書を提出されています。大切な命が失われていますので、審査員の皆さんは、慎重に議決をしてください。よろしくお願いします」
波野さんが普段よりも少し緊張した顔でお願いしてきた。
「とはいえ、いつも集中して真剣に考えてくださっている皆さんですので、大丈夫だと思っていますよ?」
と、直ぐに表情を緩めた。
「それでは波野さんからの大体の説明は聞きましたので、それぞれで証言や証拠写真などを見て思った事を共有していきましょうか」
向井さんが司会業を進めて行く。
俺も当時の現場の写真をパラパラとめくって見ていく。
被害者は衝突した時の衝撃は強くは無かったはずなのに、なぜ死亡してしまったのだろう?
事故発生後に到着した救急救命士によると、駆けつけた時の被害者はしっかりと意識があり、自分の足で救急車まで歩き、救急医療センターに搬送されていた。
今回の事故は、業務上過失致死で自動車の運転をしていた女性が被疑者。
必要にかられて得意ではないのに自動車の運転免許を取得し、若葉マークを車の前後に張り付けている。
同乗者は、被疑者の母。
通院しているかかりつけ病院への送迎をしている時に事故発生。
幸いにも被疑者たちに怪我はない。
バイクの運転をしていた被害者だけが慌てたことにより、ハンドル操作を誤り横転、頭部強打により数時間後に亡くなった。
被害者の両親がなぜ息子が死なねばならなかったのかと不起訴の申し立てをしてきた。
前回の審査会の後に下見に行ったときの景色を思い出し、調書を読みこんでいく。
事故現場を見に行った時には渋滞は発生していなかったが、車道は窮屈そうな幅でバイクが横をすり抜けていくにはかなり慎重に進まなくてはならない程だったと思う。
バイクを運転していることを想像しながらその周りの視界も考えてみると、やはりバイクに乗っていた被害者が何故ハンドル操作が遅れてしまったのかが不思議に思えてしまう。
歩行者用信号や車道用の信号が樹木の葉に隠れてしまうほどに生い茂っていたとしても、やはり見えないと思えばスピードは落とすだろうし、きちんと信号の色や渋滞の状況を確認してから直進するのが当たり前だ。
視界が開けたからと言ってスピードを出して交差点に進入するべきではないと俺は思った。
だから俺は、議決カードには不起訴相当に票を入れた。
『不起訴』の検察官の判断に誤りはない、という『不起訴相当』が多数決で決定した。
それにしても、人はこんなにあっさりと死んでしまうのかと、動揺してしまう。
二輪車は自動車と比べると危険な乗り物だということがよく分かる。
転倒すれば必ず怪我をするのだから。
今日のお昼休憩は先週の候補に挙げていた所で、今回も全員での食事会を開催した。
日替わりランチは「きのこたっぷりの和風パスタ」で、男性メンバーは満足し女性たちはデザートまでしっかりと堪能するために少し量を減らして硬めの手作りプリンまで完食していた。
先週はお子さんの入院で来られなかった一条さんが出席していた。
今日はお子さんの付き添いは夫に任せてきたそうだ。
皆からの退院祝いのお店探しのリストをもらってどこに行こうか家族会議を病室で開いて思案中とのこと。
皆さんとても熱心にお薦めのお店を紹介していて、迷っているのだという。
休憩中でも送られてきていた情報を読んでいた。
この情報は皆で共有しているし、一条さんも彼女の家族に共有されていて休憩中もスマホでやり取りしている。
入院している本人にも意見を聞いて退院するまでに決定されるだろう。
勿論俺もお薦めの飲食店の情報を送っている。
お昼休憩が終了して会議室にもどり、議決書の草案を確認するが波野さんが優秀なので修正する箇所もなく議決書の原本が成立。
拘束時間が五時なのでそのまま今回の会議の感想等を語っていくことになった。
「渋滞中とか信号待ちで乗用車やトラックの横をすり抜けて前に行こうとするバイクはよく見かけるけど」
向井さんが皆に発言を促す。
「まぁ、それがバイクの強みやし」
愛車がバイクの渡辺さんの鼻息が粗い。
「俺も一時期通勤で使ってたけど単独事故で廃車して、もう乗用車しか乗らん事にしてる。こけたらすぐに大怪我になる、危ない死ぬかもって思たらもう無理。足の複雑骨折で入院とリハビリで、ツライ思い出や」
渡辺さんの隣の席から笹野さんが体験談を語る。
「そうですよねぇ」
山城さんが向かい側から同意する。
「同級生がバイク事故起こしたのを目撃してな~。雨でスリップしたバイクと同級生が飛んでったわ」
「飛んでった?」
「そう。ホンマに飛んでたんやって、目の前をビューン…」
小さな手振りで表現された。
「テレビで流されるような衝撃的な映像が目の前で起きたんや。乗り物の中でバイクが一番怖いわ」
「ほんで? 同級生は……」
「無事やった。ビックリしたけど打撲で済んだ。けどバイクはあかんかったみたいで廃車」
皆さんそれぞれにバイク交通事故の話をしている。
いろんな年代の人が集まるように出来ている組織だから世代が違うことであらたな発見や主張の違いもあるのが楽しい。
話が尽きた。
「バイクの話から自転車の話になってもええですか?」
「お、なんや? 高山くん」
「自転車ってなんで逆走するんですかね……」
「え、逆走?」
河野さんが不思議そうな顔をした。
「はい。自転車の走り方が気になるんですよ」
「あー……なるほど」
「そういえばそうやなぁ」
向井さんと笹野さんが反応してくれた。
「この中で車やバイクの運転免許持ってない人って?」
河野さんが手を挙げた。
俺は普通自動車免許は取得してるけど自動車は持っていない。
父親が通勤に使うので休日にしか運転はしないし、維持費を考えると日常では自転車で十分。
で、車の運転をしている時に気づいたことを話してみる。
「自転車って左側走行ですよね。これは免許持ってても持ってなくてもみんなが知っている交通ルールのハズ」
「そうやねぇ」
免許のない河野さんが同意した。
「それやのに、右側を走るチャリがおるのが不思議なんやな?」
向井さんが俺のモヤっとする現実を分かってくれた。
「そうなんですよ。バイクに乗ってる人はちゃんと車道の左側走るやん? それやのに自転車は右側走ったり左走ったり。免許なくても分かってるはずの交通ルールを守れてないのが不思議で」
「そういえばそうやな」
平野さんが返事をしてくれた。
「私は自転車の気持ちが分かる」
松田さんが自転車側の代弁を使用と手を挙げた。
「だって『分かってるけどその方が速いし便利』って気持ちが強く出るんやもん。それと自転車は歩行者感覚で、無意識の場合もあるんよ」
「ふーん」
「私もよくやってたわ。無意識で。でも自転車の規制が強くなってきてヘルメット着用ってうるさく言われるようになったやん。それやったら免許もってるんやし、同じヘルメット被るんやったら、もうチャリはやめてバイクでええかってなって。それで今の私の移動手段はバイクになった。バイクに乗り換えたらちゃんと交通ルール守らなって思うようになったなぁ」
「あ、ヘルメット着用でどこはしってもオッケーって考える偏屈な人がいてるとか?」
「それはない。ずっと逆走チャリはかわらずおるんやから」
「自転車に乗ったら交通ルールの存在忘れてしまう、……何かそういう病気か症状が出てしまうんやろか?」
「逆走するほうが便利やったり、次の角を曲がるのに逆走する方が時短になったり。そういう自己中心的な行動が原因でもあるわな」
「それで気を付けて走っててもやっぱり危険な行動が事故に発展してしまう可能性があることを考えなあかんなぁ」
「自分勝手はあかんってことですね」
「いつもやってることやからきょうも大丈夫……って?」
「そう。他にもいろんな自転車の動きがあるからなぁ」
「私も車の運転しててイヤやなて思う自転車の行動があったわ。後ろの確認もせんと急に斜めに横切るおじさんがおってな~……」
それから自転車の迷惑運転の話はたくさん出てきた。
車道の真ん中をゆっくりと走るおばちゃんだとか、子供の運転が危なっかしいので追い越せないとか、生活道路で高校生たちが道幅いっぱいに広がって並行運転でお喋りしているだとか。
この並行して喋る行為で望月さんがボソッと吠えた。
「喋りたいんやったら降りて話したらええのに。チャリに乗りながらでも話さなあかんほどの重要な話題でもあるんか? チャリは黙って漕いどけばええのに」
「…………何か、チャリで嫌な思い出でもあるんか?」
と向井さんが聞いてみれば、
「高校の時にええなぁて思ってた先輩が、彼女とチャリで並走してたんやけど。そのすぐ後ろに私がいてて聞こえてきたのが『明石君だいすき~』『俺もあやのがだいすき~』って言いあってるのを聞いて、アホかって」
「…………」
「憧れていた人がアホやったって気づかされた出来事やった。それからはチャリに乗ってお喋りしてる人みたらしょーもな。って。なんて言うんやっけ。『百年の恋もさける』?」
「百年の恋も冷める、ですね」
お?
「有馬さんがツッコミ入れた~」
望月さんが有馬さんの顔を見て嬉しそうにしている。
「え、これツッコミですか?」
「です」
望月さんが満面の笑みを振りまいて、雑談は終了した。
「それでは次回なんですけど、来週で向井さん・望月さん・山城さん・一条さん・河野さんは最後になります。いつも通りの時間に来てください」
波野さんが来週の予定を話す。
あれ、もう三か月?
「そうですね。半年って早いですね~」
向井さんが微笑んで会長席から全員を見渡す。
「任期終了した皆さんがそんな感じの感想を言ってくれます。それで、局長から感謝状と記念品の授与がありますので出席してくださいね。終了式が終わりましたら事務局主催で食事会をしてから解散しますので、次回は二時までの拘束時間となります。お昼の時間帯なので申し訳ないのですがお酒はありません、すみません」
波野さんも次回の予告で笑顔だ。
「事務局の会食ってどこですか?」
河野さんが質問してくる。
「うなぎ屋さんです。警察署のお向かいにあって、食事会でいつも利用させてもらっているので常連客みたいなもんです」
「うなぎ屋さん!? 凄い~」
俺はすぐにスマホでチェックする。
「あ、小林さん達とランチしたとこの向かい側! 赤い壁の老舗な雰囲気のたたずまいだったから諦めてたとこ! え、いいんですか!? うなぎめちゃ高いのに!」
思わずテンション上がって俺は燥いでしまった。
来週が楽しみだ~。
なかなか話が進まなくて、途方にくれました……。
が、最後のうなぎでテンションアップ。
駆け足で進んでしまっています。
次回終了式。




