検察審査会の人々30
どうやら高山君の周辺はあぶない人がいっぱいいるようです。
苦手な方にはごめんなさいです。
今日の審査会の議決後の座談会で俺は疲れ果ててしまっていた。
バイト先の常連客の人達が俺の接客に機嫌よく帰っていく時にお小遣いとして毎回チップをくれていたけど、そういう理由が隠されていたのかもしれないと聞かされたら、もうチップはもらえないなと思った。
チップは全て旅行代の貯金に臨時収入でいれているのだけど、旅行に行ける頻度が減るのは悲しいなぁ……。
でも小林さんたちの言葉も少し引っ掛かる。
何の餌食にされているんだか意味が分からん。
おかしな疲労感に悩まされながら電車に乗って帰宅し、次のバイト先の書店へと向かった。
「あ、店長。お疲れ様です」
「お。高山。今日も時間通りに来てくれたんか? お疲れさん、ありがとうな。毎週ちゃんと来てくれて嬉しいわ。これからも梶のサポートよろしく」
「店長、その挨拶はもうええんです。なんかいつもその台詞聞いてたら梶さんと俺が仕事出来ん人間なんかて思ってしまうんで」
「そうは言うてもあの梶を制御できるモンはなかなかおらんし、二人セットでいてくれるほうが仕事の効率がええから、どうしてもこういうシフトになってしまうんや。悪いなぁとは思うけど我慢してくれ?」
「効率重視……」
「てことで、今日も梶とよろしくな」
「はぁ。分かりました。けど、俺もちゃんと就職したいんで、俺の後を引き継げるスタッフを用意しといてもらわんと」
「え? ウチでずっと働いててくれるんとちゃうの?」
フシギ生物をみたような目が点になっている。
「まさか!」
苦笑で否定したのだが。
「うそやん……」
「えー……」
店長はずっと俺が書店員でいるもんだと思っていたらしく、急に裏切られた感を前面に押し出して泣きそうな顔になった。
「俺旅行会社の社員になりたいって言ってましたよね……?」
上司を泣かせるバイトというシュールな光景になった。
事務所の中だから許されるのだろうけど、幸いにも俺と店長しかいない。
他のスタッフに見られてもおかしくない状況だけど……助かったとみるべきなのかな?
「そんなん就職活動失敗したからもう諦めてウチに決めてくれてるとばっかり……!!」
「そんな話一度もしてませんけど……」
「してなくてもそうなるって思ってたし!」
店長の瞳はまるで小悪魔系のあざとカワイイそれのようだ。
似合ってないけど!
「はぁ……。店長って思い込み激しい人やったっけ? 何で確かめへんねん……。てゆーか俺カオスに入るってずっと言うてたの聞こえてなかったってことかぁ?」
「なにそれ! 君は書店員に向いている! 保証する! ずっとウチにいてよ! ほかの会社になんて行かないでよ! ここで社員になるんや! 永久就職したらええ! ウチにお嫁においで~!?」
変な方向に演技力が増すけど、なんだろう。
今までの店長の頼もしさが微塵も感じられない。
寧ろ梶さんの方が扱いやすいのかもしれないとまで思ってしまう。
なにこの職場のこの上司! めんどくさ!
面倒な人が上司ってすごく嫌なんですけど!
「いや、俺絶対にカオスに就職しますから」
「えー!? 待って待って待って! どないしたらええねん!? 高山おらんようになったら滅茶苦茶困るやん! アカン! 辞めたら絶対アカンって~……やっぱうちの子になるか!? 養子になるか!? 就職せんでもええ! 養ったるで~!?」
店長は往生際が悪く、俺の両肩を力いっぱい掴んで全身で激しく揺さぶり、終いには縋りついてきた。
「はぁっ!? ちょっ……ちょっと! 店長! やめて! 何すんねん!?」
俺は慌てて店長のパニックを宥めようとするのだが、ちょうどその時に事務関係担当のパートスタッフが事務所に入ってきた。
「休憩終わりました~。……………………店長? 高山君? えーと、二人はラブな関係やったっけ?」
ぐすぐすと嗚咽しながら俺の腹に腕を巻きつけて抱きついている店長は、嘆きの世界から戻ってきてくれない。
俺はパートで働く日野さんに助けを求める事にした。
「冗談言うてんと店長なんとかしてください!」
「ええけど。ちょっと待ってな~」
そういう時日野さんはエプロンのポケットから素早くスマホを取り出して俺たちの写真を撮った。
……ナゼ?
「楽しく高山君と遊んでるのはええんですけど、仕事してくださいよ?…っと」
そう言って日野さんは店長と俺の間に腕を突っ込んで隙間を開けて、店長のエプロンの胸倉を力任せに捩じりあげて、そのままスリーパーホールドに持ち込んで締めた。
プロレス技を華麗に披露してくれた日野さんの手つきは普段から日常的にやっている動作なのだろう。
店長は数秒でくったりと意識を手放した。
俺の身体からズルリと剥がれて、日野さんは手慣れているのか意識のない人間の体重をものともせずに店長の両足をつかんでズルズルと事務所の片隅に片付けた。
大丈夫……だよな?
「…………死んでない?」
「大丈夫。ちゃんと手加減してるから」
「そーですか。あの、日野さん助かりました。ありがとうございます」
「かまへん。何があったん?」
ヘラと笑って日野さんは自分のテリトリーである事務机に腰かけて俺に事情の説明を求めた。
実はかくかく然々でと、事実を報告するのだが、店長の足だけがここから見えているのが恐い。
「まだ店長戻らんから安心してええよ。気がつくのに暫くはかかるやろうし」
「はぁ……」
「それより早く梶くんトコ行ってくれる? 棚の整理二人のほうが終るん速いねんから」
「あ、はい。分かりました。行ってきます」
「おっと、待って。店長の鼻水ついてるからエプロン替えてからやで?」
「ゔ……汚ねぇ!」
エプロンを素早く交換して急いで売り場へ出ていく。
あ、女性コミック担当が誰だったか訊くの忘れた……。
たしか野々村さんが担当だったけど、退職してから誰になったのか不明なんだよな。
新しい担当さんが決まってるといいんだけど。
ん-……梶さんに聞いてわかるかな。
あの人は本と嫁さん以外は興味ないし、覚えてない可能性高いよな……。
そんなに重要な話でもないから構わないんだけど、今日の審査会の皆さんの反応が気になるし、棚担当さんに聞いてみたかった。
売り場を徘徊して梶さんを探す。
普段あまり踏み込まないコミックコーナーでしゃがんで作業している梶さんを発見できた。
「梶さん、お疲れ様です」
棚の整理をしている梶さんの背中にかがんで挨拶をする。
「あ、来た来た。今日もよろしく~」
俺の声に気が付いて挨拶が帰ってきた。
「よろしくお願いします。どこまでできてますか?」
作業の進捗状況を教えてもらう。
「少女系は終わっててこれからレディース系」
「じゃあ俺は向こうの少年系から?」
「頼む~」
「了解~」
短いやり取りで作業を始める。
まず棚の中で作家とタイトルと巻数が順に揃っているのかを確認。
別の商品が間違って挿してあるのを見つけたら抜いて正しい所に持っていく。
商品が売れて隙間が空いているとしたの抽斗から出して挿す。
ギチギチに挿しすぎて抜けなくなると、取り出しにくくなりお客さんに迷惑がかかるのである程度の余裕をもって挿す。
定番商品は棚に挿して、担当者おおすすめの作品は面陳列として表紙を見せる置き方にする。
面陳はそれぞれの対象者の目線に合わせて担当者が並べているので、その配列を崩さないようにしなければならない。
勝手に変えてしまうと怒られる。
いろんな決まりを守りながら棚の整理をしていく。
「よし、少年系は終了。梶さん続けて青年の棚もやりますよ~」
「了解」
棚の整理は順調に進み、梶さんもレディースを終わらせて異世界作品の棚にいた。
この調子でどんどん進む。
大判コミックも済んでコミックコーナーの隅に到着した。
BLコーナーだ。
官能小説や雑誌の棚整理と同じ感覚で作業したかったけど、今日はそういうわけにはいかなかった。
もしかしたら俺がBLな世界の人に狙われているかもしれないと教えられてしまうと、気になってしまう。
こういう世界って知っておいた方がいいのかどうか。
……読むべき?
悩むなぁ。
作業のスピードが落ちてしまっていたようで、梶さんが俺の隣にやって来て心配そうに声をかけてきてくれた。
「どうした? 手ェ止まってるけど、何かあった?」
「あ、いや。なんでも。……大丈夫っす」
「ホンマに?」
「あー、ここの担当って誰やったかな……って。前任の野々村さんから誰が引き継いだんか、チェックしてなかったんちゃうかって思い出して」
「あぁ、決まってたわ。確か九条君」
「え、青年少年コミックの?」
「そう。えーと……」
そう言って梶さんはエプロンのポケットから小さな手帳を取り出してパラパラと捲る。
「ほら、『野々村から九条』って書いてる。間違ってなかった」
ページを開いて俺に見せてくれるけど……読み取れない。
本人が読めたら良いのだけど、俺には何書いているのか分からない。
「梶さんすいません、読めません」
「あ、速記文字やもんな。読まれへんわな、すまん。でもちゃんと早稲田式でそう書いてるから間違ってないし、安心して」
……なんで速記文字?
早稲田式て言われても知らん。早稲田の他にも種類あるの?
また梶さんの謎ができた。
なんやねんこの人、ほんまに。
話の腰を折るのが好きなのか?
そうじゃなくて!
「それにしてもなんで九条君?」
「野々村さんに押し付けられたらしいわ。なんやようわからんけど、青年少年系とBLは同系やって~」
「はあ!?」
野々村さんの暴論がさく裂したようで、周りは困惑したと思う。
「どう考えても似てないやんなぁ? 野々村さん面白いわ~」
「……梶さんに面白いの一言で済まされるんって、理不尽?」
「なんでやねん。それよりここの整理、終わらせよ」
「はーい」
そしてまた無心に作業を進めようと頑張っていく。
「今日はとことん棚整理していくから」
「はい?」
「ここが終わったらライトノベルして、児童書やって、新書、文芸、実用書、専門書。最近みんな棚整理しっかりやってなかったみたいでな、いろいろ抜けがあるんやわ~。みんなのフォローをするんが今日のお仕事な」
「ちょっと待って! てことは全部!?」
俺は慌てて梶さんの台詞を止めた。
「うん。だからペースを上げて頑張ろう!」
本に囲まれた環境が天国だと言う梶さんは本当に嬉しそうで、ニコニコとご機嫌な様子で微かに鼻歌を歌い、ついでに俺を励ましてくれるが手は止めてない。
「そんな……」
限られた時間の中で終われるはずがない。
「出来る出来る。梶&高山のスペシャルコンビなら完遂できるって、店長が言い切ってたから大丈夫~」
明るい声だ。
「その自信はどこから!?」
そりゃあ確かに棚整理は得意な作業だけど、これは流石にひどいんじゃない?
俺も手を動かしてみても、無心にはなれなかった。
何のためにそれぞれの棚の担当がいるの?
ちゃんと担当者が毎回整理して綺麗に保っていられたら済む話なんだが。
「で、教えてくれた九条君は今日はシフトに入ってるんですか?」
「さあ? そんなことまでは知ってるわけないやん。まだまだやな~。梶担当の高山君」
俺はがっくりと全身から力が抜けそうになった。
梶担当の高山? 俺はいつから梶さん担当になった!?
俺の担当は旅行だッ!
「ちょっと事務所戻って九条君がいるのか見てきます」
「早う帰っておいで~」
「へいへい……」
「返事はハイやろ~?」
「……はい」
「よろしい。では行ってら」
なんか今日は梶さんがよく絡む。
事務所で今日のシフトの確認をしてみたら九条君はバックヤードにいることがわかったので、ちょっとだけ声をかけてみた。
「九条君お疲れ~」
「お疲れっす先輩」
大学に通う二十歳の九条君。
今日のヘアスタイルは暗めのシルバーに染めたポニーテール。
「今日はシルバーやな」
「はい。今日の姉ちゃんはシルバーの気分やったらしいっす。括るのは自分で。返本の箱詰めもうすぐ終わるっす」
相変わらず返事が短い。
用件しか喋らないけど、仕事はしっかりやるし、ビジュアルが良いので書店員として悪くないらしい。
「返本作業が終わったら上がるん?」
「いえ、まだっす。ここの後は棚整理っす」
「ほな返本手伝うし、ちょっと聞きたい事あるんやけどええか?」
「はい」
「九条君、野々村さんからBL担当引き継いだらしいけど、どういうジャンルなんか分かる?」
「いえ、実はさっぱり……」
俺は取次店の日販の段ボール箱に返却用の商品を詰めていく。
九条君が詰め終わっている箱を専用のマシンに乗せてバンドをかけていく。
「…………そうか、やっぱ担当になってもBL世界には分からん事だらけやんなぁ」
「誰かに変わってもらいたいんすけど、今スタッフで余裕のある人おらんて言われてて」
「そうやったなぁ。ほな、九条君に聞いても分からんか……」
「何ですか?」
「うー……」
俺は今日の審査会での座談会の内容を九条君に相談しても良いのか悩んだ。
おかしいなぁ、何故こんな話になっていったのやら……。
高山君の勤める書店がおかしいのか、たまたまそういうスタッフが自然に集まってくるのか。
楽しんでくださっているのなら良いのですが。




