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【完結】検察審査会の人々  作者: 鈴音あき


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検察審査会の人々29

望月さんの不完全燃焼を解消!

「皆さんお帰りなさい」


「ただいまです、波野さん。午後も頑張ってお仕事しましょう!」


望月さんが張り切っている。


天ぷらランチがそんなに良かったのかな?


波野さんは望月さんのやる気に触発されて笑顔になった。


「はい。よろしくお願いします」


波野さんの一言で、皆の気持ちが今回の交通事故の議決草案に向いた。


波野さんが作成してくれた草案を読み上げていく。


第三者である目撃者の証人の証言がしっかりとある事・目撃者と被疑者の証言を照合しても食い違いがない事・事故当時の被害者が泥酔状態で記憶が曖昧だった事・被害者が深夜に目立たない服装だった事。

そして、会議中の発言を草案に盛り込んで、検察の不起訴処分の書状と同じような文言も入れて、議決は不起訴相当であると判断する。


……と、波野さんは草案を読み終わらせた。


波野さんが向井さんに視線を送った。


「波野さん、草案の作成ご苦労様でした。皆さん草案で何か気になるところはありましたか?」


「そうやなぁ。……被害者の元酔っ払いさんに議決書送付する分だけに「酒はほどほどにしときや~」ってできますか~?」


「できますけど、まぁ、審査員から、被害者へ……というより、世間へのメッセージにしたほうが良いとも思いますが、その辺は皆さんどうでしょう?」


「個人よりも世間への拡散ですか……」


「私は、酔っ払って前後不覚のフラフラ歩きで外出されるのは危ないからやめてくださいって、世間の皆さんに言いたいわ―。」


「安心して酔える場所の確保をしっかりしてから飲んでくれと、今回の件で思うなぁ」


「酔いがさめてから外出してほしい」


酔っ払いに対する非難の声が多い。


「ほな、その文言を入れて完成でええですかね……? あと何か気になる事はありますか?」


「…………ないと思うなぁ」


議決書もすぐに修正されて波野さんの仕事も終わってしまった。


関係者各位への議決書の送付手続きのために、波野さんは少しだけ席を外す。


拘束時間にまだ余裕があるので、待機時間は今回の会議の座談会になった。


「…………ここに酒好きがいてないのが凄いわ」


望月さんが呟く。


「恵ちゃん。私はお酒好きやで? ただ、酔う前にこれ以上飲んだらあかんって自分でセーブして、我慢してんねん。お酒で失敗したら恥ずかしいやろ?」


山城さんがニッコリと、孫に言い聞かせるようにフォローしている。


「自分を律するという事ですね」


有馬さんが呟く。


「うん。そうやね。恥ずかしいと思うわ。なんでこんなにお酒飲むんか分からん」


「あはは……」


年配のメンバーが苦笑している。


「私はお酒の飲み過ぎで記憶飛ばす事が凄く怖くて、よう飲まんわ。せやから、この被害者さんの行動がホンマに信じられん」


あぁ、それで今日の望月さんは会議中の発言がいつもより少なかったのか?


「皆さんのお酒の話を聞いてて、やっぱり怖いなぁって思ってて。今はもう無理にお酒のお付き合いはせんでも良くなったけど、それでももしかしたらこれからそういう所に行かなあかんような出来事もあるんやろうし。憂鬱な気持ちになるわ……」


「恵ちゃん、どうしても行かなあかん時は素直に呑めませんって言えばええよ。それでも進めてきたらハラスメントという武器をつかえばええし、ウーロン茶飲んどけば誤魔化せる。これからいろんな大人に会うやろし、いろんな経験するやろうし、嫌な事も厄介ごとにも巻き込まれることあると思う。けど、世間の荒波に揉まれながら、巧いこと乗り越えたりして、……付き合い方が学べる、て考えてみてもええんちゃうかな?」


山城さんがちょっと宥めてみる。


「何も率先して飲み会に出ろとは言わんで?」


「そうやけど。……うぅ。もうッ! やっぱり酔っ払ったおっちゃんはめんどくさ!」


望月さんが吠えた。


「あはははは! 酔っ払ったおっちゃんって……」


「なんや、どっかのおっちゃんに絡まれたことあるんか?」


「あるある! 親の忘年会について行ったときにおったんや。べろんべろんになったおっちゃんが! そん時まだ私小っちゃくて、何回も同じ話聞かされたり抱きつかれそうになったりで、イヤやったの思い出してきたわ! トイレ行くのもフラフラで、おばちゃんたちに介抱してもらってるのにまだ酔うてないって言い張ってまたお酒飲んで。それやのにおばちゃんたち全然飲むの辞めさせへんくて! おっちゃんたちだけで飲んで笑って楽しんでて。何なんやろこの集まりは~って! それからはもう親の飲み会にはついて行かん様になったんやわ」


「幼い頃のトラウマ?」


「たぶん。あーどんどん思い出して来る~。なんで会議の時に思い出さんかったんやろ! このモヤッとする感情を今ここで吐き出してもええですか!?」


握り拳を作ってテーブルを叩いている望月さんが不満顔で叫ぶ。


手、痛くないかな……と俺は心配になった。


しかし、向井さん達は望月さんの爆発(……癇癪?)を止めたりしないで、彼女の憤りを優しく聞いてあげている。


まるで悟りを開いているお坊さんのようだ。


俺はこの光景が、大人の対処法なのかとおかしな関心の仕方をしてしまった。


一通りの憤りを吐き出して、望月さんはすっきりとした笑顔になった。


……台風一過?


会議室の雰囲気が平和な空気に戻る。


「さて、他に誰かこの件に関して話しておきたいことはありますか?」


向井さんは今までの望月さんの荒みっぷりを丸ごとスルーして他のメンバーにも話を振る。


「すげぇ……」


俺は極々小さな声で呟いていた。


「ん?」


向井さんが俺の声を拾ってしまった。


「あ、いや。何でもないです」


慌ててしまう。


「そういえば高山君も今日はあんまり喋ってないなぁ?」


「はぁ。そうですね。俺は普段からバイトばっかりで友達と飲みに行ったりすることがないんで」


「飲みには行かんでも居酒屋でバイトしてるんやろ? 酔っ払いの相手したりすることもあるんちゃうの?」


「そういえばありますね。……汚い話になりますけど、酔った女の子がトイレの中で寝てしまって出てこなくなったんですよ。順番待ちしてた人がトイレの前で気持ち悪くなってその場でゲロッた~なんてことがあって、汚物処理をさせられた経験があったなぁ……」


「えー………………」


「他にも店の前でやらかした汚物処理したことあるし、あ、店の中でケンカ始まったこともあってすぐに110番通報したこともあるわ。来てくれたお巡りさんに店から連れ出されてから……どうなったんやっけ? 後は大将に丸投げしたんやったかな」


「警察沙汰になるなんて、何したんですか?」


有馬さんが苦い顔で聞いた。


「男二人で最初は楽しく飲んでたハズなんやけど、気がついたらギスギスした雰囲気になってて。大丈夫かなぁ、て心配になって様子を窺ってたら、ビールピッチャー振り回し始めて、危ない思って慌てて駆けつけたんやけど間に合わんくて、手が滑って放り投げられて当たったところが酒瓶を並べた商品棚。……店の中の全員がめっちゃビックリして固まったわ。大事な酒が飲めんようになって大将がブチギレて『おまわり呼べ~!!』……て」


「けが人は?」


「幸い誰も怪我してませんでした」


「不幸中の幸いやな」


早川さんがほっとした表情をする。


「大将がブチギレで怒鳴ったんやけど、あの時はたぶん、大事にしてた酒を割られたことに対する怒りやったんやと思う。まず、普通はこういう時ってお客さんが怪我してないか心配するところなんやろうけど、酔ってケンカして物壊してってなると我慢できんかったんかな。そういえば器物破損で警察に被害報告提出したんかな」


「なんで会議中に話さんかったん?」


「そんなん、居酒屋にバイトに行ってたらいつもの事やし、お客さんの失態を暴露するのはちょっと可愛そう。てゆーか、もし議決書の中にこの話題が書かれて名誉棄損で訴えられたら嫌やなと思ってなかなか発言の機会が無くて……」


「そんなこと考えてたん?」


「はぁ、まぁ。考えすぎ?」


「そうやな。もし草案に書かれてたとしても削除してもらったらええことやねんから」


山城さんがフォローしてくれる。


「そうでしたね。……ハハハ。お客さんには楽しく飲んで食って帰ってくれたらそれでオッケー。いつでも何かが起きるのが飲み屋の面白さ?のおかげでこのバイトを続けられてますし、新作メニューの開発をしているスタッフの試食が楽しいのもあるし、お酒でご機嫌になって帰っていくおっちゃんたちから偶にチップ貰えたりもするし、お客さんとのコミュニケーションの取り方を学べてたりで、サービス業が楽しいんですよ」


「はぁ……」


「高山君すごい~。居酒屋でチップもらえるて……」


平野さんが感心している。


「いやいや、おっちゃんたちからチップ貰うほどの接客? どんなことしたらそんなことになるんや?」


笹野さんが突っ込んでくる。


「おっちゃんたちって若いのんが「へーそうなんや~。教えてくれてありがとうごさいますー」って言うと大概は機嫌ようなるんですけど?」


「高山君おじさんキラー……? キャバ嬢? 計算? もしかして天然?」


小林さんが考え込みながら呟く。


「失礼な! ちゃんとおっちゃんの話に関心を持ってしっかり聞いて接客してるって!」


「ほんま~?」


え、疑われてる!?


「ホンマ! マジで!」


「うーん。昔言ってたキャバクラの女の子と同じこと言うてる。高山君、おっちゃんを掌の上で転がしてるなぁ?」


早川さんも話に加わってきた。

 

「なんでそうなるん!? しかもおっちゃん!?」


「あははは!」


「もしかしたら高山君のファンが出来てておじさんたちにバイトのシフト完全に把握されてたり?」


松田さんが聞いてきた。


「あー、何人かいてます。『お前がおるから飲みにくるんや』て。けど、俺お客さん転がしてないですから! 絶対!」


俺は断言する。


お客さんを手玉に取ってほくそ笑んだことはただの一度もしたことがない。


「でも毎回チップ貰ってたりするんちゃう?」


「え、……あ、そういえば?」


何人か常連客がそんなことをしているような。


「やっぱりそうなんちゃう?」


「親身になって話を聞いてくれる、リーズナブルな居酒屋。これは高山君のバイト先に家庭訪問を実地せねばならない案件ではないですか~?」


小林さんがそんなことを提案してきた。


「いかがわしいお店と勘違いされてるかもしれんな……」


「え、うそ……」


「心配になってくるやん。どんなおじさんが高山君のお客様なんか知りたいわ。それで害のない人とかイケオジやったらええけど、危ない人やったらどーする? ストーカーされたら困るで?」


「ストーカーて……、小林さんホンマに考えすぎ! 俺そんな目で見られてるとか全然考えた事ないし、お客さんのこと信じてるし、そっちの人から誘われたこともないし!」


「へー……。高山君て意外と純粋培養?」


「何ですかそれ?」


早川さんが話題について行けてない。


「腐女子の餌食になってる可能性も出てきた」


平野さんがぼそりと呟いた?のが聞こえた。


「え、何の話?」


俺もちょっと分からなくなってきたぞ。


「ふふ。こっちのことはええから。あ、ちょっと高山君写真撮らせてなぁ」


平野さんがニコニコ顔で俺の顔をチラッと観て、スマホのカメラレンズを向けて素早く撮影した。


「ちょっと? まだ俺許可してない!盗撮!」


慌てて抗議しても軽くいなされる。


「大丈夫大丈夫。曝したりせーへんから」


「いや、そういう事や無くて」


「ん? アップしてえーの?」


「ちゃいます。俺はただ、許可が下りてから撮影してほしかっただけで」


「私は素の顔がほしかったんやからしょうがない」


うーん。ダメだ。


平野さんに何を言ってもダメなのか。


この人の何のスイッチを押してしまったのだろう?


話がかみ合わない。


諦めよう。


「話が逸れましたね。オレの居酒屋のトラブルっぽい話はこんな感じ?」


「バイト先のトラブルはよくある事やろうなぁ。いざとなったらちゃんと自衛せなアカンで?」


向井さんは本当にちゃんと心配してくれているようだ。


「店での出来事なんて、ものが壊れたり怪我せんかったらええと思ってますから」


ニッコリと笑って俺は変な方向にいってしまった話に取り合わず、強引にまとめて話を終わらせた。

ついでに高山君の居酒屋バイトのネタも入れてみました。

あるあるだと思います。

でも高山君はトラブルだとは思ってないようで。

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