検察審査会の人々27
誤字報告をしてくださる優しい読者様がいる事に感謝しています。
本当にありがとうございます。
念のために先に謝っておきます。
酔っ払い批判です。
お酒が好きな方には胸糞悪いことが書かれていて気分を害することになるかもしれません。
それでもお付き合いくださる方はどうぞご覧ください。
「意見交換をしていきましょうか。何か気になるところはありますか?」
向井さんが審査会メンバーに水を向ける。
向井さんと目が合ったのか、早川さんが唸りながら顔を顰めた。
「お酒飲んで酔っ払ってたんやろ?」
「そうですねぇ」
望月さんが頷いた。
「服装もドライバーが見つけにくい黒の上下なんやろ?」
「そうやねぇ」
小林さんさんが同意する。
「フラフラした千鳥足やったし。歩きスマホで喋ったりしてたんやろ?」
「うんうん」
山城さんが首を縦に振る。
「事故にあっても文句言われへんやん。それでなんで青信号やって、言い切れるんやろ……?」
望月さんが背もたれに凭れてため息をついた。
「酔っ払いの思考回路を想像しろってことか?」
笹野さんは被害者の調書のページを捲りながら呟いた。
「フラフラになるまで飲んだことないしなぁ」
俺も記憶が亡くなるまで飲むことがない。
「私お酒飲まへんし、家族も飲まんから、酔った人が何考えてたんか分からん~」
松田さんは酔っ払いを間近で見る経験自体がなかったようだ。
「そうやんなぁ……。誰か酔っ払いの介抱した経験あります? 僕もあんまり飲み会やら接待には縁のない職場やから行かんしなぁ。……あ、営業の仕事やとそういう機会があったりしませんか?」
「私は営業部ですけど今は飲み会はしませんよ~。ハラスメントが~とかで煩くなってますからね…。でも、ウチの父がよく泥酔してます……。幸いなことに父は家で飲んでひっくり返って寝てしまうんですけど。外出先でのお酒は全く飲まないそうです」
平野さんが話し始めた。
「それは何で?」
向井さんが話の先を促す。
「昔、父が独身の時なんですけど前後不覚になるまで飲んだ事があったようで、……通報されたそうなんです。本人はどうやら自宅に帰って風呂に入ったと思っていたようで、自宅アパートの近くにある公園の出入り口から少し入ったところで素っ裸になってたんですって。着ていた服は一か所に積まれていて、どうやら脱衣所と風呂の距離がそれ位の間隔やったみたいで。
酔いが醒めて警察に保護されてるのが分かってからはもう外では絶対に酒は飲まんって決めて、それからはホンマにそうしてます。
警察に厄介になったのが堪えたんちゃうかな。
お酒は好きやから飲みたいけど、他人様に迷惑かけるのはイヤや言うて、自宅で楽しんでて……。
べろんべろんになるまで飲まんでもええのにって私いつも思ってるんです。
元から強くないのに。いつか家の中で倒れて怪我せんかって、私は心配で寝室に行って寝るまで見守ってるんやけど」
「平野さん優しい……」
「飲まんといてほしいんやったら、お酒買わんかったらええのに、お父さんのために置いとおいてあげてるんや~」
「私が買うんちゃいますよ! 母が、買って来るんで」
「お母さんかぁ。もしかしたら酔ってる旦那さんを見るのが好きなんかも……?って、思ってしまうんやけど」
「ええっ!?」
「ほら。先週の事件の時みたいに、夫婦にしか分からん事が平野さんの両親にもあるんかも知れんで?」
「父が酔っ払う原因は母にも原因があるってことですか……」
「まぁ、そんな変な顔せんと」
苦笑いが起きてしまった。
「酔っ払ったら思い込みが激しくなって思考能力も運動神経も無くなるんで、泥酔は危険なんやってことは分かった」
「酒はほどほどに。やな」
「気が大きなってるからまだ大丈夫~の繰り返しでどんどん飲んでしもて、結局自分で歩かれへんようになるのに。だから私はお酒は飲まへんし飲みたいとも思わんし、飲まんといてほしいとも思うけど父にとってはストレス発散なんかもしれんから飲むなとは言われへん。酔っ払いの父はキライやねんけど、言われへんなぁ……」
平野さんの深いため息一つで、お父さんの事を心配しているのが伝わってくる。
「平野さんやっぱり優しいなぁ」
「実際に青信号は見たんかもしれへん……かも?」
「え、どういう事?」
「ただ、どこの青信号を見たんかやな」
「ん?」
「被害者の酔っ払いの証言や」
「この調書って酔いが醒めてから喋った事が書かれてるんやろ?」
「そうですね」
「じゃぁ、本当の事を話してるんやろう? 被害者の言うてる事は間違ってはないんやと思うねん。けど、自分が歩いてる横断歩道の信号やなくて、車道の青信号を勘違いして覚えてる可能性があるやん?」
「あぁ……。酔ってるし、千鳥足やし、自分がどこを歩いてるんかあやふややったとか」
「あ、うちの子が小っちゃい時に横断歩道の真ん中で立ち止まったことがあったわ。なんで止まんねんって聞いたら、よそ見してて停車してるカッコイイ車を見てたら赤信号やったから自分もその場で止まったっていうアホみたいな話。……って、まさかそれと同じ感覚なん?」
「その可能性ありますね」
「そうかぁ?」
「そうやろ? 酔っ払いやねんからあり得るって」
「言い方物凄く雑ですけど、酔っ払いの記憶違いで片付くなぁ……」
「あ、そういえば。オレの職場の女子社員が酔っ払って道路で爆睡したことがあったんや。本人が言うには、家に帰って布団で寝てたらしいねん。でも、実際には寝て起きたら真っ暗な道路でスカートたくし上げてパンツ丸出しで寝てたことが分かって、めっちゃ恥ずかしい経験やった……という武勇伝でなぁ。
真夏やったし凍え死ぬような季節やなかったからええんやろうけど、それでも女の子やし、いくら成人してても悪い大人にお持ち帰りされたり、車に轢かれたり、犯罪に巻き込まれたりせんか……て、聞いたときにはヒヤヒヤしたで。
本人はあっけらかんとしてもう笑い話にしてしもてるけど」
渡辺さんの職場の女性がそんな危ないことになっていたのに驚いた。
「新人歓迎会でやっと後輩ができたって嬉しかったんやろなぁ。ご機嫌に呑んでたんは見てるけど、歓迎会が終わって解散する時はしっかりした感じやったし、本人も大丈夫や一人で帰れるって言うたから心配もせんと帰したんや。まさかそんなことになってるとは思わんかったなぁ」
歓迎会に参加した人たちは全員後悔したそうだ。
渡辺さんの件は、偶々事故や事件にならなかっただけで、危険であったことは変わらないのだ。
それからはその女性も酒の飲み方には気を付けるようになったそうだ。
「こうやって失敗を経験しながら酒の飲み方とか覚えていくんかなぁ。まぁ、怪我もなかったんやろ? 良かったやん」
「はぁ。オレの元嫁の話なんですけどね……」
「えっ!?」
「……そうなんですかぁ!?」
渡辺さんはへにょっとした笑い方で「そうなんですよ~」と少し懐かしそうに答えていた。
それからの意見交換では主にお酒での失敗談がちらほらと出てきたが、渡辺さんの元嫁さんの武勇伝ほどのインパクトはなく、皆さんご機嫌に酔うくらいで節度あるお酒の席を楽しんでいるようだった。
飲みすぎはダメ。
そんな話をしていると波野さんから「そろそろ議決しましょうか?」と議決カードをトランプのように扇状に開いて促された。
おっともうそんな時間になったのか。
「そうですね。大体皆さんも考えがまとまってきていると思いますが、どうですか?」
みんな頷いている。
「では議決カードをお願いします」
カードを配布してもらう。
走ってきた乗用車にぶつかって痛い思いをしている被害者には悪いけど、俺はやはり不起訴相当だと思う。
友達の家で酒を飲んで、判断力がなくなっているままで外出は危険だ。
お酒が無くなったのなら諦めれば良かった、酔いが醒めるまで待てば良かった、夜中でもすぐに見つかりやすい色合いの服装であれば……、後になってあの時こうすれば良かったのにと後悔しているのだろうか?
この経験を胸に刻んで酒量をセーブすればいいと思う。
幸いにしてこの被害者は事故の後遺症がなく、元の生活に戻れているのが救いだ。
波野さんが審査員から議決カードを回収して向井さんに手渡した。
結果は不起訴相当で意見が一致した。
「では草案の作成に入りますので、皆さんはお昼ご飯に行ってください。議決書の草案は一時頃に出来上がるようにしますので、一時に会議室に戻って来てください。よろしくお願いします」
「分かりました。では休憩に入りましょうか」
席を立ち貴重品だけを持って部屋を出ようとしたら小林さんに呼び止められた。
「今日はどこに行くのか決めてる?」
昼飯をどこで食べるのかということかな?
「えーと。今日はまだ時間に余裕がありそうなので北側に行ってみようかと思てますけど」
「先週のビストロランチ美味しかったから、今日も一緒に行きたいんやけどええかなぁ?」
ええよ、と俺が言うのを期待を込めて見上げてくる。
俺はもちろん「ええですよ」と答えた。
「じゃぁ、皆で!」
小林さんが皆さんにOKサインを出して満面の笑顔になった。
「みんな?」
「そう、みんな」
「え? 俺、責任重大!?」
「重大なことはないって」
「そうそう。高山君のグルメ探訪ミステリーツアーについて行ったら楽しいやろうなって思ったんや」
こうして審査会メンバー全員でランチ会が急遽開催される。
お酒を飲む人が悪いわけではないのですよね。
前後不覚になるまで飲んで、よそ様に迷惑をかける酔っ払いの心情が理解できないだけで、私は決して酒を飲むなとは言いません。
「酒は飲んでも飲まれるな」
マナーを守って、迷惑がかからない、警察のお世話にならない飲み方をしたいと思います。
ほどほどに楽しみましょう。




