検察審査会の人々23
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「さて、どないしましょ? そろそろ意見は出なくなってますけど。これで議決しても?」
向井さんが進行を再開する。
「ええと思います」
「がんばって被害者の証言の考え方をこねくり回しても、結局は自分が聞いてないんか、証拠がないんか、裏切られたか…しかないし、味方になれるような出来事も出てけーへんしな~……」
「孤軍奮闘? 四面楚歌? あ、被害者の弁護士さんは? どんなこと考えてんのかな。ちょっとは寄り添えてるんやろか」
「会社の顧問弁護士やないん?」
「被害者の弁護士は会社の顧問弁護士ではない国選です。顧問弁護士は被疑者側につきました。名義が息子さんになってるし、息子さんは被疑者の味方ですので、被害者の弁護は断ってますね。
そんな状態ですから国選弁護人に初めての弁護してもらうことになりました。
これから長いお付き合いが始まる可能性があるかもしれないので、被害者の言うてる事だけを信じてくださっているような良い弁護士さんなんですよね」
波野さんは記録のページを操って申立書から弁護人の感情を読み取っているようだ。
「えー。気の毒な……。おれ、何かあったときはこの弁護士に相談しよかな……」
補充員の渡辺さんが口にした、何やらありそうなセリフが出た。
「何かて? 何か弁護士が必要になりそうな案件があるんですか?」
笹野さんが透かさず突っ込んだ。
「ないない。ないけど、被害者がどんだけ不利なんかを分かってて弁護を引き受けてくれる。そんな人を知ってるだけで心強くなるやん」
「国選弁護人やからとか、仕事やから仕方なくとかで、これだけ被害者に親身になってくれることってないと思うわな……。この弁護士さんの元々の人格がそうなってんのかな。弁護人やるために生まれてきた、みたいな」
北口さんがのんびりと二人の会話に入った。
「普通に報酬も少ないから、こういう厄介な人の弁護は、ちゃんと仕事はするけど細かな気遣いまではできんことのほうが多いと思うねん。えーっと、これは僕の偏見でもの言うてます」
「そうやな。弁護士さんのお名前は……あ、この人?」
不服申立書の中の弁護人署名欄を指している。
「そうです」
「私も弁護士さんのお名前覚えておこうかな……」
何か違う話題に行ってる……。
やっぱりもう事件の内容で議論するネタがないんだよ。
波野さんも向井さんも……というか全員が、俺と同じことを思ったようで、軌道修正をしていく。
「では、弁護士さんの名前をインプットしたので、これからはこの審査会のメンバーに何かの司法関係で困ったことがあれば井上先生に頼る事にしましょう」
「それでは議決カードを用意してもらっても良いですか?」
向井さんが決議をうながしたので、波野さんが議決カードを持って立ち上がった。
「はい、わかりました」
十一枚あるカードを一枚ずつ配布する波野さんは、審査員と本日欠席している審査員の代わりの補充員に議決カードを手元に置いて行く。
毎回の投票権を持っているのは十一人の審査員全員。
審査員が出席できなかった時のための補充要員として、同数の補充員が出席することになっているのだが、双方とも仕事の都合や家庭の事情で欠席しなければならない人の方が多いらしい。
議決は必ず十一名でなければ成立しないので、定員を下回れば次回に持ち越しされて、会議は一向に進まないのだ。
過去に何度も出席人数が足りなくて議決が滞って数か月も進まなかったことがあったという。
現在はこうして毎回の議決が出来ているので、「出席率がええからホンマに助かってるで~!」と、朝の挨拶をしながら出席の手続きを事務局でしているとき、課長から大きな声で感謝の言葉を掛けられているのだ。
「今回は審査員全員が出席できましたので、松田さん・渡辺さん・北口さんの補充員さんは投票することはありません。でもいろんな意見やお話を積極的に発言してくれたので参考になりました。とても有難かったです」
補充員は投票の間はその場で静かに待機する。
「それでは投票しましょうか」
そして、もう何度も議決をしているので皆さんは自分の考えを素直に議決カードに○を記入する。
時間もかからず短時間で終わる。
「それでは開票します」
向井さんがカードを開いて見上げていく。
結果は、不起訴相当が九票、不起訴不当が二票だった。
全会一致ではないが、不起訴相当が可決された。
「不当が二票ありましたが、これは、証拠がないことが理由なんでしょうか」
「そうやと思います。詐欺事件は証拠が見つかりにくいゆうのも特徴なんで、立証は難しいです」
波野さんが向井さんの投票結果の感想に答えてくれる。
「自分の嫁相手に詐欺事件やって言うのも変な話やで」
「そうやなぁ」
「被害者がポヤ~ンとしてたんちゃうか?て思わなしゃーないやん」
「嫁に騙されたていわれても、自分も嫁に黙って愛人作っててマンションまで買ってたんやろ?」
「夫婦喧嘩は犬も食わぬて言うけど、些細なことからのケンカではないし、ここまで拗れた原因が自分に返ってきたて考えてくれてもええと思うわ~……」
そしてやはり全員がため息をつく。
「……あ! お昼ごはんに行ってください。また十二時過ぎてしまってます!」
「あぁ。ホンマや」
「では、後は議決書の作成を休憩の後にやりましょうか。休憩に入りましょ! 二時に集合でええですかね」
向井さんが時間の確認をしてくれる。
「はい。二時にまたお願いします。それまでに議決書の草案を用意しておきます」
波野さんが答えた。
「では二時に集合でよろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
向井さんがそう言って席を立つと、続いて皆さんも席を立って続々と会議室のドアに向かう。
皆さんと一緒にエレベーターに乗っている間に、俺は今日のお昼ご飯に何を食べようか悩んだ。
「何食べに行く?」
「十二時過ぎてしもたからどこも混んでるんちゃう?」
「そうやんな~……」
飲食店は多いのだがランチタイムに出てくる会社員の数も多いので、結局待ち時間が発生する。
「高山君は? どこで食べようとか決まってる?」
一緒にエレベーターに乗っていた平野さんが声をかけてきた。
「俺は淀屋橋の地下に行ってたな。今日は東側に行ってみようと思ってて」
「へー。もしかして毎週食べ歩きしてる?」
「まぁ、そうですね。美味いもん探すのは好きです。あと安ければ最高」
「それは大阪に住んでるからには当たり前のことやな! それで今日はどこのお店に行くんか決まってるん?」
「まだ決まってません。とりあえず東方面に歩いてみようかと。店の前に行列が無くて置いてる立て看板みてからですね」
「ほうほう。それで?」
平野さんが質問の度に一歩ずつ近づいてくる。
「……ん? それで……? えーと、覗けるなら店の窓から中を見て」
「うんうん」
エレベーターの中だし狭いので壁に追い込まれそうだ。
「カウンターがあったらその店に決めます」
「カウンター?」
エレベーターが一階に到着してドアが開く。
「はい。カウンターが見える場所とか、空いてるならカウンター席に座って、キッチンの中の作業を眺めてます」
エレベーターを降りて移動を始める俺を、平野さん達が追いかけてくる。
「私も一緒に行ってみてもええかなぁ」
平野さんからの誘いに、俺は偶にはいいかと了承した。
すると、一緒にエレベーターに乗っていた皆さんが私たちも、とランチ会が決まった。
「高山君のグルメ探訪ミステリーツアーやなぁ。どこまで行くんか分からんのが面白そうやわ」
「何ですか、グルメ探訪? そんな大層なもんちゃうんやけど……」
「まあまあ、なんでもええって。ずっと食堂に行ってても面白くないし、今日は誰かのお昼にくっついて行こうて話してたんよ」
「そうやねん。お昼ご飯半分奢ったげるから高山君が入ってみようて思たとこに一緒に連れてって~」
そう言って小林さんが太っ腹なことを提案してきた。
「え、奢り? ええの?」
「ええよ~」
西門から裁判所の敷地を出て警察署を通り過ぎる。
「へー。裁判所の隣が警察署って……。むか~しは川沿いにブルーシートの村やったのに綺麗にしはったんやなぁ」
「? ……なんか皮肉な台詞が」
「……うん。
私がまだ子供の頃やねんけど、一回だけ中之島公園に遠足に来て迷子になったことあったんよ。
公園から間違って出てしもて川沿い歩いてたら、ブルーシートのテントの中からおっちゃんらが出てきてビックリしたんよ。ホームレスの人達やった。
ビックリして固まってる私を見て、おっちゃんが「迷子か? ここにきたらアカンで。公園に遊びに来たんやろ。公園はあっちやで」て、教えてくれてな。
ぶっきらぼうやったけど、ちゃんと子供やった私の目線に合わせてくれた、優しい目の人やったな。
……あのおっちゃんたち、どこに行ったんやろ?」
「どこかの施設に入ったんやろなぁ。昔夕方のニュースで聞いたような気がするけど?」
「うん。きっとそうなんやろうな……」
「で、そういう人を出さんように、住み着いたりせんように警察署とその隣に弁護士会館をわざわざ置いたんやろか」
「そういう考え方もあるな~」
「あ、ええ感じ。この店どうですか?」
まだあんまり歩いてはいないが、飲食店を見つけて立て看板を見ればランチセットが千円だ。
張り込めば二千円の贅沢なランチメニューもある。
外で待っている客はいない。
「おお、ビストロランチ! ええやん! 席は空いてるかな~」
店のドアを開けて確認するとちょうど会計をしていた客が数人グループで出てきた。
女性たちが高山君のランチに同行してしまいました……。
だからといって彼は彼女たちに気を使ってお洒落なお店を選んだわけではないと思います。
アタリなのか、ハズレなのか、行ったことがないので私にはわかりませんが、きっと満足する料理が出されて女性陣はご機嫌になっている事でしょう。




