検察審査会の人々21
「…………あかん。どうしても被害者のいうことに共感できん」
「被害者側の証拠がないのが辛いなぁ」
「証拠がないのはどうしようもないで?」
「ちょっと情報の整理をしましょ。いろんな話が多くてわけわからんのは困る」
「そうですねぇ。……少し休憩にして落ち着きましょうか?」
「じゃあ、二十分ほどで良いですかね」
「では二十分で戻ってきてください」
気分転換に部屋を出ていく皆さん。
俺も会議室を出てエレベーターに乗って一階に降りてそのまま建物の外に出る。
今回の気分転換は一人で裁判所の外をぐるっと回って歩くことにしようと思った。
頭の中を一度空っぽにしてしまいたい。
いろんな調書を読んだりして、情報が多すぎて整理しても混乱してしまいそうだ。
何も考えずに東門から時計回りに一周してみよう。
角を曲がるとすぐに正門に着いてしまう。
この正門はいつもTVのニュースで裁判所を見るアングルになる。
不思議とここから裁判所に入って行こうとは思わない。
おそらく俺の中ではパフォーマンスを意識した空間、だと思っているから……なのかもしれない。
見上げてみると今日はゴンドラに乗った清掃員が窓清掃をしていた。
どれくらいの周期で窓ふきしてるんだろ……。
本当にどうでもいいことを頭の中で思いつつ、のんびりと歩いて行くと今度は西門。
ここがいつも俺が審査会に出席するときの出入り口。
駅から近いし、たぶん利用者が一番多いんじゃないかな。
俺の前を歩いている数人が西門に吸い込まれていった。
濃い紫の風呂敷を片手に掴んでいるけど、何が入ってるんだろ?
そしてまた今度は向こう側から一人、おじさんがそそくさとキャリーバッグを引きずりながら入っていく。
ん?
よく見ればおじさんの腕にかけているスーツの上着の襟には、弁護士バッジがチラリと見えた。
あ、おじさん弁護士さんだったのか。
……弁護士ってキャリーバッグを引きずる程の荷物を持ち歩くの?
何が入ってるのか気になるぞ?
気になるからって追いかけて聞くなんてことはしないけど、……聞くことが出来るチャンスはきっとないんだろうな。
ゆっくり歩いているから分かるけど、西門は次々と人が出入りする場所だ。
職員なのか、弁護士なのか、一般人なのかは判別が出来ないけど、老若男女問わずこの場所にやって来る。
オレは門を通り過ぎて今度は北門に向かった。
北門を利用する人は……ほとんどいなかった。
門は開いてる。
けど、ここは裏口のような扱いだ。
あ、中年女性が一人自転車を押して出てきた。
自転車のかごには一般的によく使われるA4サイズが入る茶封筒が見えた。
職員……なのかな?スマホしか持ってない。
その女性は自転車に乗って走り出そうとしたが、俺が見ていることに気づいてにこっと笑って挨拶してくれた。
「こんにちは」
「あ、こんにちは……」
「どうしたんですか? こちら見てましたけど……何か困りごとでもありますか? ウチここで働いてるんで近所やったら大体の案内はできますけど」
えーと、道に迷ってる人に見えたかな。
「いえ、大丈夫です。ちょっと休憩時間がもらえたので、裁判所を一周歩いて落ち着こうと思いまして」
「休憩時間? ……ここの職員?」
「やないです。でも、ここには用事があって」
「あ、傍聴マニア……?」
「ではありません……検察審査会なんです」
「ああ…。じゃぁ、保科課長は知ってる? 私の弟なんやけど」
「はい、知ってます。お世話になってます」
「よろしゅうな」
にっこりと笑ってくれる。
「あ、ところで課長のお姉さんはここで何を? お姉さんも裁判所で働いてるなんて凄いですね」
「ウチはこれから弁護士さんとこに記録のお届けなんよ」
「え、記録は持ち出しは」
「そう。原本は持ち出されへんけど、謄写記録はオッケー。やないと弁護士さんも裁判で困るやろ?」
「そうですね」
「ウチはもうずっとここにいてて、裁判所の中にある謄写室ってとこでパートに入っててな。弁護士さんが必要な調書のコピーをとってあげてるんよ」
「へー。そんな仕事があるんですか……」
「そうやで。もし弁護士さんや当事者が勝手にコピー出来たらどうなると思う? 持ち出したり、紛失したり、故意に破棄されたり、抜き取られたり、汚されたり……。そうなると当事者や関係者に不利益が生じる可能性が出て、裁判が出来んようになるやろ?」
「はい」
「裁判所の記録はあくまでも公平に、記録を見られるしコピーしてもええ。けど、ちゃんと専門のスタッフが管理しておくことになってんのや」
「じゃあ、今日僕らが読んでる記録調書のコピーもお姉さんが……」
「それは別館の謄写係の仕事やなぁ。起訴前の調書はそっちの管轄やから、コピーするのもそっちの仕事やねん。謄写室っていう部屋が建物の中にあるから探してみるのも面白いかもな~」
「えー……それは面白そうですねえ。あ……お仕事の邪魔してしまいました。こちらは休憩中やけどお姉さんはこれからお届けなんですよね? すみません」
「ええよ、かまへん。一分一秒を争うような職場やないで。弁護士さんがいる事務所に届けるんやけど、時間指定ないし事務員さんに渡しとけばええし。ほな、行ってくるわー」
「いってらっしゃい、気を付けて」
「ありがとー」
そして課長のお姉さんは自転車で去って行った。
電動自転車だからあっという間に消えていく。
見えなくなってから俺は裁判所に戻るため東門に向かう。
ほんの十分ほどの散歩コースだった。
会議室に戻る前に自販機で冷たいミネラルウォーターを買ってからエレベーターホールに着く。
……そういえば梶さんの家族についてちょっと聞いてみようかなとスマホを出して操作した。
数回の呼び出し音で本人が出てくれた。
「もしもし、梶さん? お疲れ様です、高山です」
『あれ、高山君?』
「今まだ家ですか?」
『そうやで。どうしたん? 今日はたしか』
「そうです、裁判所にきてるんですけど……」
『そうやんな。どうしたん? 今日やっぱり休みにしとく?』
「いえ、行きます。審査会のメンバーが梶さんに会ってみたいって言うんで、連れて行っても良いかなと」
『勿論ええがな。何を言うてんのや、一人でも多くお客さんに来てもろて本を買ってもらいたいのに』
「ありがとうございます。何人来るんかはまだ分かりませんけど、よろしくお願いします」
『こちらこそありがとうな、お客さん連れてきてくれて』
「それと……聞きにくいことなんですけど」
俺は聞きにくい事なので自然と声が小さくなってしまう。
『……どした?』
「梶さんの奥さんの実家って、……今どうなってます?」
『えっ……』
梶さんは本当に驚いたようで、言葉が詰まってしまっている。
「あの、すみません。本当はこんなプライベートなことは俺も聞いたらアカンことは分かってますけど。ちょうど今、奥さんのご実家の出来事の調書を読んでいて、梶さんの証言と奥さんの証言が出てきてて」
『……ああーっ! ……あれな~。お義父さんとお義母さんの裁判。不起訴やって決まったから、もう話は終わったて、連絡もらってる。え、何? 何で調書読んでる……? まだ何かやってるん? まさか揉めてる!?」
「はい。検察審査会に不服申し立てが届いてて今日会議してる」
『……えぇ、そうなんや。知らんかったわ……。そうかぁ、それはご迷惑をおかけしてしまって。ご足労おかけいたしますが、皆さんの率直なご意見で公平に議論してください。高山君から皆さんによろしゅう伝えてくれる?』
「それはもう」
『はぁ。身内の恥をこんなところにまで晒してしもて。恥ずかしいわ。すまんな』
「いえ、どんなことが話されたかは守秘義務があるから喋る事は出来ませんけど、審査会は世間一般の常識で考えて議決しますね。あの、ところでその後、ご両親はどうなってるんですかね? 仲直りは」
『ないない。籍はそのままでお義父さんが出て彼女さんと一緒に生活してるで。お義母さんはお義兄さん家族とあの家に住んでる』
「別居状態ですか?…………離婚、してないんですか?」
ビックリした。
警察沙汰になるような大喧嘩しておいて仲直りも離婚もナシ?
『ははは。してないねん。不思議やろ? あんだけ喧嘩して大騒ぎにしてたくせに、まだ何かの柵でもあるんか、よう分らんけど別れへんねん。……夫婦の事は夫婦にしか分からへん、いうことやな』
「結婚したことないから俺にはわからん世界やな~」
エレベーターのドアが開いて、休憩から帰ってきた有馬さんと目が合った。
時計を見れば再開の時間が迫っている。
「あ、すいません、そろそろ会議の続きが始まりそうなんで」
『おぉ、そうかぁ。まあ頑張ってくれ。あの騒ぎから僕の嫁がお義父さんとは疎遠になって、あんまり情報が入らへんねん。解決したと思ってたからホンマに驚いたわ。高山君、教えてくれてありがとうな』
「いえ、そんな。ちょっと梶さんが気になったんで話が聞きたいなと思って連絡してみたんです。それでは失礼します」
『うん、じゃ、また後でな』
そういって梶さんとの電話は終わった。
ちょうど休憩時間が終了して、波野さんが会議室に行くために職員の部屋からでてきた。
「あれ、高山君。続き、やりましょか」
「はい。頑張って議決までしてしまいたいですね!」
誤字の訂正を報告してくださってありがとうございます。
先日、実際に大阪地裁に行ってみました。
何の用事もないのに。
25年ぶりの裁判所は防犯などの理由なのか空港の様なゲートがありました。
新しい建物ができたり、弁護士会館が引っ越していたり、地下食堂が無かったりで、私は浦島太郎か?と思うほどに変わってました。
周辺を歩いてきたのですが、最終日に皆で行ったうなぎ屋さんの場所が見つけらなくて悲しかったです。ネットで調べたらあるらしいです。美味しかったのを今でも覚えてます。「志津可」機会のある方は是非行ってみてください。
「(西天満ガイド)にしてんまっぷ」を入手できたので、少しでも現実に近い世界を描けたらいいなと思います。




