検察審査会の人々11
第二回審査事件会議が始まり、交通事故の罪名・罰状・不起訴処分の裁定主文・理由と、不起訴処分を不当とする申し立ての理由まで、一気に職員の波野さんが朗読と解説をした。
もう、聞いているだけで疲れた。
他のメンバーもため息をついた。
朗読されたことをまたかみ砕いて説明してくれる波野さんは、慣れているから何とも思わないのかもしれないけど、専門用語連発の弁護士さんが作成した不当理由が、分かり難くて大変だった。
「まあ、早い話が『アタシは痛い思いしてんねんからそれくらい当たり前やないか。怪我してんのに裁判してくれへんてどうゆう事やねん』というてるだけ。……そういう内容ですわ」
と、笑顔の波野さん。
「波野さん、ぶっちゃけ過ぎやないですか?」
一条さんが苦笑している。
「弁護士さんも大変なんやって。クライアントに起訴は無理やって何べんも説明してんのに納得してもらわれへんねんから。……これ、書かされてるんやないかな? なんか本意ではない感じがする。誰が書類の受付したんやろ。後でこの弁護士さんのこと聞いてみよ」
「波野さん! ……弁護士さんの裏事情は伏せてください」
「申し立てされても困るわー。こっちも結構忙しいのに。何で自分がやらかして事故が起きたのに逆切れするん?」
波野さんが止まらない。
プライベートで何かあったのか?
「取り敢えず、休憩にしましょ。な? 皆さんもそれで良いですか? 十一時に再開です!」
会長の向井さんが慌てて休憩を宣言した。
そして、休憩後に続けて当事者の供述調書を読んでいく。
「ガソリンスタンドの新人スタッフが目撃者がいてるんか。一番近くで見たんかな……」
「他にも車の中から目撃してる人いてるよ~」
波野さんが教えてくれる。
「証言してくれるなんてええ人やなぁ。急いでたら見てないって言うてさっさと帰るで?」
「そうやんなー」
「うん。この目撃者さん偉い」
「え! 山城さんそうなんですか!?」
山城さんと相槌を打った平野さんの会話に驚きを隠せない。
「ここでこんな話をするのはあかんとは思うけど、私も実は目撃者になったことがあってな。まず警察官が現場に到着して、目撃した人を探すやん? で、私もその時は若かったからお巡りさんに協力したんよ。そしたら、こっちのお巡りさんが、あっちのお巡りさんが、そっちのも……って、何回も何回も同じこと聞いてきて、今度は警察署でも同じ内容を話して、検察庁でもまた喋らされて。もうよっぽどの事でない限りは目撃証言なんて出来へんで」
「余程のことって?」
「目撃者がおらんかった時、もしくは私が無職になって長期間ヒマになってしまった時」
「おぅ……」
なんだかとってもリアリティーだ。
「そんなんしてええの?」
望月さんが突っ込んで聞いてくる。
「アカン」
一条さんが即答した。
「あかんで? 恵ちゃん。ちゃんと協力しよな?」
向井さんも望月さんが足を踏み外しそうになるのを止めている。
「うんもちろん。ちゃんと協力する。……ちょっと聞いてみただけ」
素直に頷く望月さんだが、こうやって大人の悪知恵を聞いて穢されていくのだろうかと不安になる。
「波野さんの朗読・解説だと主観的な解釈が入りそう? 証言調書を初見で僕が読みます」
向井さんが記録を音読した。
新人スタッフ君と運転手さんの二人分だで、まず新人君から音読してくれた。
「えーと、給油が終わった車を車道の手前まで誘導している時にバイクがきたから停車してもらった?」
「まぁ、無理に誘導して車道に出てもらうとなったら新人君も危険やしなぁ」
「新人さんはバイクが来てることを視認してて、それから自転車が歩道から飛び出てきたのも見てて、あ、と思った時にはもうぶつかってる」
「そう聞こえるな」
「次、車の運転手さんの証言読みますよー」
向井さんがまた音読を始める。
「新人君と同じ内容だと思いますけど。あ、車種は? もし大きな車やったら車が邪魔で確認できんかった可能性はありませんか?」
平野さんが自転車の立ち位置から想像してみたようだ。
「とは言うても、車道に出ようとしてる車が歩道の上で停止してるんやから、発進出来ん理由があると考えられるし、そもそも自分もちゃんと見えるところで止まって左右の確認するやん」
「あーそうやなぁ。わたしもそうするわ」
「自転車の人も普通免許持ってるんやから、左右確認するって交通ルールは当たり前にやるやんな」
「せやな」
「そういえば、看板は?」
有馬さんが立て看板の存在を示した。
「先週の会議の後に向井さんたちと今回の議決のために下見してきたんですけど、気になるものがあったんで、動画を撮って来たんです。ちょっと確認してもらえますか?」
俺は先週の現場の動画を皆に見てもらうためにスマホからデータを送って、セッティングしておいたノートパソコンを起動した。
「どれどれ……」
音声も出して動画を再生した。
「大きな立て看板……」
「ガソリンスタンドの値段表示だから大きいのは仕方ないですね」
「足元に車輪がついてて移動させることができるやつか」
「あら、ここのガソリン価格ちょっと安くない?」
「え、見るのそこ!?」
「え~、気にならへん?」
「まぁ気になるけど、今は気にしたらあかんやろ」
「この看板はだいたいいつも同じ場所に出すことになってたら危ないなー」
「これ、どれくらいの大きさやったん?」
「畳一畳分よりも大きかったと思います」
「往来に大きい立て看板を出すのがマニュアルになってる? これってオッケー?」
「許可があればオッケーか? ちょっと待ってググってみる」
俺はスマホを出して検索した。
「敷地内はオッケー。でも出てたらアウト」
「見通しが悪なったらあかんよな……」
「いつから歩道まではみ出して設置してたんやろ」
「会長、記録のほうに近辺の写真はないん?」
山城さんが聞いてきた。
「あると思う。写真探してみるわ」
向井さんが記録のページを物凄い勢いで捲っていく。
「あ、あった。ガソリンスタンドの写真ではこんな感じや」
皆席から立ち上がり、向井さんの前に広げられた記録を囲んで見る。
「うーん。歩道にはみ出てるなぁ……」
事故発生時の景観写真にも立て看板は敷地から半分ほど外側の歩道に出てしまっているのが映っていた。
「この看板の設置場所の案件は別件に発展しそうなんでこれは後で事務局と相談することにしましょ」
「そうやね」
「看板はいつもこの画面の場所にあったとして、自転車はいつものように走って来ていたと考えられて、たまたまバイクがやってきて事故が発生したと。自転車が左右の確認はいつもしていないと結論付けても良いのかもしれない?」
「でも、自転車側はきっとこの立て看板があったから見えんくてぶつかったって、難癖つけてまた審査会に申し立てしてきそう……。って思ってしまうのは、私の考えすぎやろか……?」
今回の補欠メンバーの松田さんが恐ろしい発言をした。
「立て看板とガソリンスタンドから出てくる車のせいで、バイクが来るのに気づくのが遅れたんやって?」
向井さんが受ける。
「んな訳ないやん。自分が左右確認せんかっただけやん。幼稚園児かてちゃんと『右みて、左みて、もっかい右みて、手を挙げて渡りましょう』ってやってんねんで? 大人がやらんでどうすんねん。今日の記録の供述調書を読んでも何処にも左右確認したって書いてないねん。警察も検察もいつまでもこの自転車に構ってられへんで?」
望月さんがとんでもない正論をぶちまけた。
「………………」
ドン引き。誰も何も言えなくなった。
「あれ……?」
望月さんだけがきょとんとして、自分の発言でみんな固まってしまっていることが分かっていない。
「ははは。恵ちゃんは相変わらずやな……。若いってええなぁ。物怖じせんと思った事どんどんいうてくれる」
「ほんまや」
「さて、そろそろ問題点も分かったし、気になったことも解消したし、喋ることもなくなってきたかな」
「そうですね」
「それでは、この辺りで議決してもよろしいですか?」
望月さん怖いです。
メンバーが大人の対応をしてくれてます。
誤字脱字の指摘をしてくださってありがとうございました。
色々やらかしますがよろしくお願いします。




