第9話
知的で、人格者で、騎士としても強くて、軍隊の司令官としても有能だった。
謙虚で気配りが上手くて、それでいて求められる時には威風堂々と振舞っている。
エリーザよりも3つしか年上じゃないのに、エリーザよりも十年も二十年も長く生きているように思われた。まだ王子ではあるけれど、一年ほど前に自ら申し出て摂政となり、父親である国王を輔弼するという名目で王政を掌握しつつあった。
ヨハン王子への憧れの一方で、エリーザはアネットの実力も認めていた。
いくらエリーザが努力を重ねたところで、生まれの違いを覆すには至らなかった。
教養も、外国語も、ダンスの腕前もアネットが上回っていた。
歌はエリーザのほうが上手かったけれど、アネットは楽器の演奏が上手い。
特にピアノの腕前は珠玉の域に達していた。
それに、身に着けるドレスや装飾品の質だってエリーザとは違っていたし、ヨハン王子や彼を取り巻く王室関係者、有力な高級貴族たちに対する贈答品も質が違っていた。
エリーザはサヴァツキ家が保有する領地の地産品を贈るしかなかったけれど、アネットの周辺では舶来の高級品や金貨そのものが飛び交っていた。
それから、正直なところ、嫌がらせだって少なくなかった。
エリーザの乗る馬車が道を通れないようにしてエリーザがお茶会や舞踏会に遅刻するよう仕向けたり、下級貴族たちを買収してエリーザの醜聞を流させたり、王室の使用人を買収してエリーザのドレスにわざと飲み物を零させて汚したりもしていた。
そのたびに、エリーザは情けなく惨めな想いをしていた。マリナ家が手を回して嫌がらせをしているということにヨハン王子が気づいていたか否かは分からない。
エリーザはじっと耐えていた。
告発しようとしたって、それこそマリナ家に握りつぶされるだけだ。関係者全員にお金を配ってしらを切らせるだろう。その場合、嘘の告発をしたという窮地にエリーザが追い込まれてしまう。そんな汚名を着せられたらもう王子とは結婚できるはずもない。
もしかするとヨハン王子がエリーザの肩を持ってくれるかもしれないけれど、それはかえって王子を窮地に追いやることになる。腐っても富裕な最有力貴族であるマリナ家やその周囲を固める古くから仕える重臣たちと対立してしまえば政治は上手くいかなくなるだろう。国王を言いくるめてヨハン王子を摂政から解任させるくらいやりかねない。
エリーザがマリナ家からの嫌がらせによって醜態を晒すたびに、こんな人間を将来の王妃にするわけにはいかないという空気が漂う。やはりアネットこそが結婚相手であるべきだという雰囲気がつくられていく。




