第10話
そんなエリーザに一通の手紙が届いたのは、エリーザとアネットの抗争が最高潮に達している頃合いだった。
貴族たちはエリーザ派とアネット派に分裂し、結婚後に高い地位を与えてもらうためそれぞれが推す候補の魅力を王室に対して訴えかけていた。貴族たちの支持で見ると、やはりアネット派が優勢だった。
手紙はヨハン王子の密使が届けてくれた。エリーザが王宮を訪れた際に、エリーザの使用人にさえ気づかれないようにエリーザへと手渡されたのである。
「今晩、東棟二階の一番奥の部屋で待ってる」
手紙にはそう書いてあった。
エリーザは王宮に宿泊していて、部屋は東棟の三階だった。
深夜、エリーザはそっと扉を開けて自室を出た。
王宮の廊下は真っ暗で、静寂に包まれていた。
エリーザは右手を廊下の壁につき、壁伝いに進んでいく。
壁が途切れるとそこには階段がある。
つまずいて転ばないようエリーザは階段を慎重に下っていった。
そして、二階に辿り着くとまた壁伝いに進んでいく。
ごつん、と額が壁にぶつかった。ということは、いま自分は廊下の突き当りにいる。
エリーザは壁に両手を当てながら扉を探した。
ようやく扉を見つけて、エリーザは把手に手をかける。
そこで一度、エリーザは深呼吸をした。
冬の終わりと春の始まりの、ちょうどあいだくらいの季節だった。
廊下は底冷えしているのに、緊張と興奮と不安のせいで背中にはぐっしょりと汗をかいている。
音を立てないように、エリーザは扉をそっと開いた。
二、三個のランプを灯しただけの薄暗い部屋に、ヨハン王子がいた。
簡素な椅子に腰かけていて、服装は寝間着ではなく、機能的な乗馬服を着ている。
「エリーザが参りました」
扉を閉めると、エリーザはすぐに跪いてそう言った。
「来てくれてありがとう。感謝する」
ランプの光に照らされたヨハン王子の顔は半分が影になっていて、柔和な印象が目立つ普段の顔つきとは一線を画す迫力があった。
「準備するから、ちょっと待ってて」
王子はそう言うと立ち上がり、窓際まで歩いて窓を全開にした。
夜の匂いが部屋に侵入して、風が静かにエリーザの顔を撫でる。ランプの灯が揺れる。
それから、ヨハン王子は腰をかがめ、床から何かを持ち上げて窓の外へと出していく。
窓から注ぐ月光に照らされていたのは梯子だった。
少し怖くなるくらいの物音を立てて、ヨハン王子は梯子を窓から降ろしていた。
「エリーザ、来て」
梯子を降ろし終わると、ヨハン王子は振り返ってエリーザを誘う。
何がなんだか分からないけれど、王子の表情と声色には逆らえなかった。




