第35話
そのとき、エリーザを見ているアネットの目尻からさらりと涙が零れた。
「あっ」
と息を漏らしたエリーザが続けようとした言葉を遮って、アネットはぽろぽろと涙を流しながら語った。
「結局、父上の期待にも、自分が自分にかけていた期待にも応えられなかった。いつもここぞっていうところで上手くいかなくなる。もうちょっとで王子と結婚できるってところで、一度目はあなたが出てきて、二度目はマキシミリアン皇子が出てきた。結局、わたしは王国に残ることさえできない。知り合いなんか一人もいない異国で、吹けば飛ぶような小国から来た女として立ち回らなきゃいけない。いったい、いつ幸せになれるんだろう」
どうしても立っていられないという様子でアネットは膝を折り、その場で蹲る。
エリーザはその横に座って、アネットの肩に手を添えた。
静謐なバルコニーにはアネットがすすり泣く音だけが響いている。
隣国に嫁いでいく令嬢に、エリーザは深く同情した。
幾何の時間が経ったのか分からないくらい泣いて、アネットはようやく顔を上げる。
顔がぐしゃぐしゃになっていて、化粧も乱れている。
涙はまだ流れていたけれど、アネットはしゃくりあげながらエリーザに話しかけた。
「王国って、そんなにも危機的状況にあるのかしら」
エリーザはアネットの肩に添えた手に温かさを感じながら首を横に振る。
「わたしにも正確なところは分からないわ。領地経営には携わってたけど、王国全体の趨勢なんて規模で物事を考えたことはないから」
「そうなの。あのね、『吹けば飛ぶような小国』ってヨハン王子が使ってた言い回しなのよ。『吹けば飛ぶような小国が生き残る道はもう僅かにしか残されていない』って。わたし、帝国に嫁ぐけど、王国にはいつまでも生き残っていて欲しいな。だって、ここには両親がいて、兄弟姉妹がいて、ヨハン王子がいて、それから、あなたがいるもの」
アネットはそう言うと、まるでヨハン王子のように柔和な笑顔を見せた。
普段は美人らしい、ぱりっとした笑顔しか見せないアネットなので、エリーザは驚く。
なんだか、貴族令嬢という仮面の下に存在する、本物のアネットを見た気がした。
それからしばらくして、王国ではエリーザとヨハン王子の結婚式が催され、帝国ではアネットとマキシミリアン皇子の結婚式が催された。
帝国で催された結婚式には国王夫妻の片割れとしてエリーザも参加したけれど、あまりに規模が大きすぎて、アネットとは一瞥を交わすくらいのことしかできなかった。




