第30話
「でも、領民と距離が近いうえに家臣も少ないから、領主とその家族自らが現場に出て領地経営をしているんでしょう? 農地や市場を回って農業や商業をやるうえで困っていることがないか聞き出したりして領民と触れ合ってる。農地や水源の区割りで揉めていれば両方の意見を聞きながら解決策を探ってあげて、共同で使う竈や井戸が古くなっていると聞けば新しいものに取り換えてあげて、徴税官の不正疑惑があれば自ら台帳を検めて、金銀の含有量が低い通貨が出回っていると聞けば領地中の両替商を虱潰しに当たっていく。農産物や商品の運搬に使う街道が整備不足だと聞けば自ら現場監督になって整備する。盗賊が出ると聞けば自ら騎士団を率いて征伐に行く。あなたも父君や兄君に帯同してそんな政務を一緒にこなしているらしいじゃないの」
「馬鹿にしているの? 領地管理を引き受けてくれるような有為な家臣が少なくて、そういう人材を雇うようなお金がないから仕方なくそうしているのよ。マリナ家なんて広大な領地の管理を全部部下に任せているのでしょう? わたしもそれくらいの高級貴族に生まれたかったわ。それに、殿方は土臭い女がお嫌いでしょう? 自分好みに誑かすことができる深窓の令嬢だったり、色んな遊びを知ってる華やかな女性が社交界では人気だわ。でも、そんなお嬢さんは娘を政務から離れさせることができる高級貴族の家でないとつくりあげられないもの。だから、貧乏貴族の娘は高級貴族の家に嫁げなくて、貧乏貴族はずっと貧乏貴族のまま。なぜかヨハン王子はわたしのことが好きだったみたいだけど」
「『好きだったみたい』って、そんなことないわ。王子はあなたのことがずっと好きよ。ヨハン王子はあなたのことがいまでも好きなの。わたしがあなたのことを馬鹿にできるんだったらどれだけ幸せなことか。だいたい、ヨハン王子があなたのことを好きだからこそわたしまで田舎の貧乏貴族がどうやって領地を治めてるかなんてことを知ってるのよ。王子はあなたのことばかりたくさん話しているわ。『エリーザは国をどう治めていくのかを分かってる。エリーザの言葉には領民の生の声が入ってる。人間としての血が通ったことを言っている』ってね」
「本当に? わたし、ヨハン王子とじっくり政治の話をしたことなんてないわ」
「そうね、じっくりとはしたことがないでしょうけど、でも時々、王国の将来とか、現状の問題みたいなことを王子がお茶会や晩餐会で話すときがあったじゃない。そういうとき、あなたの返事にだけはいつもはっとさせられたってヨハン王子は仰っていたわ。結婚相手としての身辺調査のためにサヴァツキ家の領地に密偵を送ってあなたの日常を観察してたらしいけど、密偵からの報告にいつも感心してらしたとか」




