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第31話

アネットはエリーザの隣に立って、囁くように話している。

エリーザが柵に背中を預けているの対して、アネットは柵に肘をついている。

星々と満月が輝く夜空の下で、アネットは身体の線が薄っすらと見えるような寝間着に身を包んでいた。


「それ以外の部分でもあなたのことを褒めていたわ。最初の頃、あなたは貴族としての教養に欠けていた。無理もないわ。田舎の貧乏貴族じゃあ、王都でわたしたちがどんなことを話してるかなんて知らないものね。でも、文学や科学についてあなたは急速に造詣を深めていったし、外国語もどんどん堪能になっていった。会うたびに生まれ変わる人だって王子は仰っていたわ。あなたの鼻歌を聞いて、思いつきで表舞台に引っ張り出して本当に良かったって。くだらない高級貴族たちに囲まれた生活のストレスの中で、たった一度だけ乱心してしまったのが奏功するなんて自分は運がいいと仰っておられた」


アネットの話を聞きながら、身体がじんじんと熱くなっていて、汗ばんでいくのをエリーザは感じていた。


密偵を通じて自分の日常が見られていたと思うと恥ずかしくて、でも、そんなわたしの日常までつぶさに観察して、それが好きだと言ってくれていることが嬉しくて、自分がこれまで培ってきた全ての努力の一つ一つが褒められていて、煩悶とした感情を抑えられず、エリーザは両手を自分の頬にあてた。


とても熱い。頬が熱いのか、手が熱いのか、それとも両方とも熱いのだろうか。


それからしばらく、心地よい沈黙が二人を包んだ。

エリーザは両頬を抑えながら俯いていて、アネットは可憐な瞳で星空を見上げている。


夜風が首筋に当たって、少しずつエリーザの熱が冷めてくる。

冷静な思考が戻ってくると、エリーザの頭には一つ気になることが浮かんできた。


「アネット様」

「どうしたの?」


アネットは首をくてんと傾けてエリーザを見つめた。

月光に照らされたその姿は透き通るように美しい。

これが高級貴族の令嬢なのだとエリーザは思った。


「さきほどから、ヨハン王子がわたしのことをこう言ってた、ああ言ってたって仰ってますけど」

「そうね」

「わたしはヨハン王子と二人きりで一週間ほど暮らしました。そのときですら、王子はアネット様のことなんか一つも話してくれませんでした。わたし思います。もしかしたら、敢えてわたしの名前を出すことで、王子はアネット様の気を引きたいのではないでしょうか。あなたに嫉妬して欲しいのではないでしょうか。本当は、アネット様のことを好きなのではないでしょうか」

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