第29話
エリーザも強気を崩さない。
「ここから突き落とされるってわけ? でも、あなた一人じゃ無理よね」
「使用人がたくさんいるわ。わたしがここから合図を送れば、合図が庭から一階に伝わって、屈強な男がこのバルコニーまでやってきて、あなたを担ぎ上げて突き落として、その死体は川に流される。庭をちゃんと掃除させれば証拠は残らないわ」
アネットがあまりに滔々と話すので、エリーザは膝が震えてきた。
まさか、本当にやるつもりだろうか。
そう思った矢先、アネットは踵を提げて手すりのそばから離れていった。
アネットはなぜか満足げな笑みを浮かべている。
エリーザが恐怖を表情に出したことで満足したのかもしれないとエリーザは邪推した。
「あなたをここで殺すとか、そこまでのことはできないわ。事件になって裁判になることは財力と権力で避けられるかもしれない。でも、わたしたちがやったってことはどのみち知られてしまう。サヴァツキ家の人たちはこの夜にあなたがマリナ邸に行ったと言うでしょうし、あなたを運ぶ馬車を見た人だっているでしょう。そして、あなたがマリナ邸から帰ってこなかったんだから、誰がやったのかなんて明白よ」
「でも、裁判は避けられるんでしょう? マリナ家の人間は誰も罪に問われない」
「裁判の判決だけが悪行への罰ではないわ。マリナ家に刃向かったらいつ殺されるか分からないなんて状態になったら、さすがに他の貴族たちも結託してマリナ家に反抗してくるでしょう。殺されるのは彼らにとって『損』だもの。いまは、マリナ家の側についておけば財産が増えたり役職がもらえたりするから多くの貴族がわたしたちに従ってる。彼らに『得』があるからついてきているのよ」
アネットは目を細める。エリーザは柵に背中を預けてみる。
「アネット様は、むかしからそんなことばかり考えているの?」
「高級貴族の中でも力のある家柄に生まれると、こういうことばかり考えさせられるようになるわ。周りの人間こそこんなことを考えて動いている人間ばかりだもの。父上も兄弟も、取り巻きの貴族たちも。わたしも田舎の貧乏貴族に生まれればよかった」
「最後の言葉は聞き捨てならないわね。ちょっとでも事件を起こせばすぐに没収されかねない小さな領地しか持っていなくて、税収も雀の涙。そこから騎士団を揃えるためのお金や社交界で交際するためのお金を捻出しなきゃいけない苦労が分かってないのよ。わたしのドレスは王都の商人から借金をして仕立ててもらったのよ」




