第28話
誰にも言わずに、とは書いてなかったから、アネットからの呼び出しについては父と兄に相談した。それでも、父も兄もアネットが行くのを止めはしなかった。
ヨハン王子からの手紙については、誰にも言わずに、と書いてあったから、本当に誰にも言わずに指定された部屋へと向かった。相談したことがヨハン王子にどこからか知られるかもしれないし、もし、知られてしまったら、信用を失うことになる。
実際、手紙は本物で、しかも素敵な駆け落ちに攫われてしまったのだから、人生ってうなるか分からないものだ。
ヨハン王子が惚れた下級貴族と駆け落ちした話は既に王国中に広まっていて、その情熱的な行動はヨハン王子の評判をさらに上げていた。
手紙を送って深夜に誘い出し、梯子を使って王宮から脱出するという方法も実にゴシップネタとして優れていて、都市部の中産階級にはもちろんのこと、田舎の農村にまでも王子様の劇的な恋愛譚として瞬時に広がっていったとエリーザは聞いている。
しかも、摂政が不人気な愚物に代わってしまうという知らせを聞きつけて王宮に戻ってきたという展開によって、王子の評判は絶頂に達している。
もちろん、その後に結婚相手として決まったアネットやマリナ家の評判はすこぶる悪い。
「そうなの。わたしにはできないことね。外で一人になって誰かと会うなんて」
「王室からの呼び出しでも?」
「父上は内心、自分が王室の人間よりも偉いと思っているわ。持っている領土も王室より広いし、財産も王室よりたくさん持っているし、お抱えの騎士団も王室直属の騎士団より精強。きっと、あと足りないのは王位の継承権くらいだと考えているのよ。だから、国王陛下だって父上に気兼ねしてる。マリナ家の娘を一人で来いと呼びつけるなんて手紙を見たら、たとえ差出人が王室でも憤慨するでしょうね。マリナ家の騎士団を王宮の前に並べながら王宮に乗り込むなんてことをしてもおかしくない。誰にも言わずに来いって書いてあっても、わたしの場合は一人で行動するなんて無理なのよ。わたしを管理して監視する使用人が多すぎるわ」
「なるほど。そんな人たちの邸宅にわたしは一人で来ちゃったわけね」
エリーザは挑発的に薄く笑ってみる。
「そうね。わたしとあなたの二人しかいないんだから、ここで何かが起こっても揉み消せるでしょうね」
アネットは柵の手すりを掴んで、踵を上げて身を乗り出した。
長い髪が風に晒されてたなびいている。悪戯な横顔からエリーザに視線を向けている。




