第26話
「父上、兄上、わたし頑張りますわ」
王宮を辞した後、王都の別邸に向かう馬車の中でエリーザは二人にそう宣言した。
父と兄は生返事しかしなかったけれど、エリーザもそれ以上は何も言わない。
屈辱的な取引が行われたこと。あの場面で国王や王子に何も言い返せない情けなさ。
父も兄もそれを承知しているからこそ、エリーザに対して面目ないと思っているはず。
だからといって、エリーザの父や兄に対する敬意は失われない。
サヴァツキ家の親類は皆、サヴァツキ家のために頑張っているのだ。
「アネット様からエリーザ様にお手紙です」
サヴァツキ家が王都に保有する邸宅へと手紙が届いたのはその晩のことだった。
「呼び出しだわ。一人で来なさいってね」
エリーザは侍女から手紙を受け取り、一読してそう呟くと、すぐさま父と兄を居間に呼んだ。
「行ってくれるか?」
兄がエリーザに訊いて、
「もちろんですわ」
とエリーザは答える。
「エリーザには難しい役割を押し付けてばかりになったな」
父がそう呟くのに対して、エリーザは首を大きく横に振った。
「これがわたしの運命なのですわ。舞踏会でわたしが王子に気に入られたのがそもそもの発端なのですから。この運命を引き受ける責任はわたしにあります」
エリーザはなるべく虚勢を張って、父と兄に心配をかけないようにする。
「立派な妹だよ。俺も精進しないとな」
サヴァツキ家の次期当主になる兄はそう言ってエリーザに微笑みかけた。
そんな兄たちに満面の笑顔を振りまきながらエリーザは馬車へと乗り込む。
夜の王都に放り出されると、エリーザは馬車の中で小さくなって膝を抱えた。
虚勢を張る必要がなくなって感情が態度に出てしまっている。
マリナ家からすれば、最後の最後で大逆転を果たしたと思ったのに王太子妃の地位を掠め取られたという気分だろう。そもそもの原因は帝国のマキシミリアン皇子なのだけれど、エリーザのことを逆恨みしていたとしても、その感情は理解できる。
それに、もしエリーザというライバルがいなければ、アネットが帝国に嫁いだとしても勝負が最初から仕切り直しになるだけだ。
アネットにはアネットと同じくらい美人の妹もいるから、その人をあてがおうとしたかもしれない。
かもしれない、じゃなくて、マリナ家の気質を考えればきっとそうするだろう。
初春の夜は肌寒くて、馬車の中に忍び込む冷気がエリーザの胸に沁みていく。
マリナ家の邸宅に着くと、エリーザは丁重に迎えられ、そしてアネットの部屋に通された。
邸宅の二階に設けられた部屋は広くて豪華で、照明から絨毯まで、クローゼットから壁掛けの絵画まで、あらゆる家財道具がサヴァツキ家のそれとは格が違っていた。




