第13話
「どこまで行くの?」
「夜明けまでにシュタイン卿の荘園まで行く」
「遠すぎますわ」
「俺は本気だよ」
その晩、満天の星空の下を、ヨハン王子とエリーザは馬上で一睡もせずに過ごした。
ぬかるみや凹凸のある悪路に差し掛かっても、ヨハン王子は手綱を緩めず、無限とも思える体力で鞍上のバランスをとっている。
エリーザは不慣れな振動に耐えながら、時を経るにつれ熱くなっていく王子の胸に抱かれながら、王子を邪魔にならないよう、なるべく小さくなって黙っていた。
薄明の空が星々を地平線の彼方に追いやった頃、ヨハン王子はようやく馬を止める。
「殿下、お待ちしておりました」
エリーザの目の前には、狭い道を左右から挟み込むように石造りの建物が立っていた。
円塔状の建物から二人の武装した騎士が出てきて、エリーザたちの馬の前で跪く。
二人とも年嵩の熟練騎士であることが風貌や服装から読み取れる。
「ご苦労。いやいや、本当にご苦労」
顔中を汗まみれにしながら、ヨハン王子は馬上から彼らに労いの言葉をかけた。
王子はふわりと馬から降りて、膝を折って着地して、そこからなかなか立ち上がることができない。
騎士の一人が前に出て、ヨハン王子に肩を貸した。
「ありがとう。さすがに膝が震えるよ」
その言葉通り、支えられながらゆっくりと立ち上がろうとするヨハン王子の両足は痙攣していた。エリーザは慌てて馬から降り、ヨハン王子に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「もう大丈夫。歩けるよ」
駆け寄ったエリーザの言葉にはそう答えるけれど、騎士が肩の支えを外すと、ヨハン王子は再び膝をついた。騎士がもう一度肩を貸し、王子を支えながら歩き始める。
「お嬢様も。こちらです」
その場の流れでエリーザを担当することになったもう一人の騎士はそう言ってエリーザを先導した。
てっきり建物の中に案内されるものだとエリーザは思っていたけれど、騎士たちはエリーザとヨハン王子をしばらく歩かせ、建物の裏手に誘導した。
エリーザたちの前に現れたのは、簡素な二頭立ての馬車。
「粗末な馬車で恐縮です」
「粗末な馬車を俺が用意させたんだよ」
エリーザを案内している騎士が謙遜すると、ヨハン王子はそう反応した。
もう肩を貸してもらう必要はないと言って、王子は少しふらつきながらも自分の足で馬車に乗り込んでいく。客車から出されたヨハン王子の手を取ってエリーザも乗り込んだ。
御者が鞭を打つと、馬車はゆっくりと動き出す。
わたしたちはどこに行くの。なんでこんなことをしているの。
馬を降りて落ち着いたらすぐにそう訊こうと思っていたのに、振動に耐え続けた疲労と馬車の心地よい揺れが睡魔となってエリーザを襲う。
そんなエリーザが最後に感じたのは、ヨハン王子の肩に自分の頬が当たる感触。
エリーザが最後に見たのは、エリーザを見下ろす王子の柔和な微笑みだった。




