52話『もしも』
ここに泊まりなさい、と宛がわれた部屋で寛ぐハル。
さて寝ようか、と思っていた頃、扉を小さく叩かれる。
「はい?どなたでしょう」
ハルが尋ねると、答えが帰ってきた。
「カイムだ。少しよろしいかね」
意外な訪問者にハルはすぐに扉をあける。
「少し話したい、来てくれないか」
「わかりました、参りましょう」
カイムに連れられて屋敷の中を歩くハル。
着いていくと、屋敷の屋上へ出た。
夜空は雲もなく、満点の星空だ。
「男二人にはちとロマンチックすぎるな」
「ははは、かもしれません」
カイムの冗談にハルが答える。
「ハル君、ここに残らんか。いくら強いと言っても、君はまだ若い。友の残した君をないがしろにはしたくない。家で面倒を見させてくれないか?アリスとフィーダも君を気に入っているようだし、何より私も君を気に入った。どうかね?」
カイムはまっすぐにハルを見つめて言う。真剣な眼差しだ。
見ず知らずの俺に……ここまで考えてもらえるなんて。
少しの間を開けて、ハルが答える。
「……カイム様、本当にありがとうございます。見ず知らずの俺にそこまで考えて頂けるなんて。
しかし、すいません、やらねばならない事があるのです。師匠がいまわの際に、エルフの国へ行けと言いました。何があるのか分かりませんが、これは絶対に果たさねばなりません。
その後は…わかりませんが、師匠の代わりに大森林で魔獣の駆除をしようと思っています。師匠の代わりに、人々を守れればと思っています」
ハルは胸のうちを吐露する。
「…そうか。しっかりしているな、君は。その行動力は昔のアイツを見ているようだよ。ならば困った事があったらいつでも言いなさい。私が力になろう」
懐かしむような、優しい笑顔でカイムは言った。
「ありがとうございます。では何かあった時は頼らせていただきます」
そう言ってハルは頭を下げる。
「あぁ。それと、この旅の報酬は決まったのかね?」
これは少し前にアリスから言われていた事だ。そしてもう、決まっている。
「では、通行証と馬を頂けませんか?」
ここからは一人旅になる。今まではアリスの【ディアセイント家】でどこでも簡単に通れたのだが、そうはいかなくなる。
馬車は旅の途中でアリスが購入したものだし、一人なら馬が一頭いれぱ十分だ。荷物もあるし、やはり足は必要だ。
「ふむ…わかった。特級のものを用意しよう。通行証は国内ならあまり必要ないかもしれんがね」
「なぜですか??」
「AAランクで二つ名持ち、王にも謁見し、『断陣剣』で今話題の君なら国内はどこでも問題ないよ。ただまぁ他国となるとそうもいかんだろうからな、必要だろうから用意しよう」
「そんなもんですか…ありがとうございます。宜しくお願いします」
「二日もあれば用意できるだろう。出発はいつだ?しばらく居てもかまわんのだぞ」
「いやー、有難いんですけど、準備が終わったらすぐに発ちます」
「何をそんなに急ぐ?」
「居心地が良すぎて…発ちづらくなります」
ならば居ればいいではないか、と言おうとしたカイムに、先手を打ってハルが言葉を続ける。
「実はですね…」
そうしてハルは自分の状況をある程度説明する。
魔法の事故で、違う世界からやってきたこと。この世界で生きて魔力を集める事で帰れること。アルフレッドとアリス、フィーダだけはこの事を知っていたこと。などなど。
「……アルフレッドもぶっ飛んだ奴だったが君も大概だな……そうか。では頑張らんといかんな」
カイムは受け入れてくれたようだ。柔軟で合理的、さすが街を取り仕切る大貴族の器とでも言うのだろうか。
もしくは、魔法のある世界だからこそ、「そんな事はありえない」と思わないのかもしれない。
「まぁそれでもだ。ならばこそ、ここを実家のように思ってくれていい。いつでも戻ってきなさい」
カイムが微笑み、ハルが答える。
「ありがとうございます!宜しくお願いします!」
そうして満点の星空の下、男同士の会話は終わった。
◇
数日後
全ての準備が整い、ハルが出発することになった。
「ハル、達者でな。また共に戦える日を楽しみにしている」
がっしりとフィーダと握手をする。
「ありがとうございます、フィーダさん。もう一人の師だと思っています」
「バカこんな時に言うな」
恥ずかしそうにフィーダが顔を背ける。
ハルは様々なことをフィーダに学んだ。師匠と同じくらい感謝している。
「ハル君、私はあまりここを離れられないので、君はいつでもここに戻ってきなさい。なんならずっと居なさい。娘も喜ぶ」
にやにやしながらカイムが言う。
「っちょっお父様!?」
「ははは…」
真っ赤になったアリス。慌てて声が裏返っている。
真っ赤になったハルは乾いた笑いが辛うじて出ているだけだ。
「あらあらまぁ。うふふ」
マリアは優しい笑顔でそんな二人を見ている。
「本当にアリスの事をありがとう。いつでもいらっしゃい」
「ありがとうございます!お言葉に甘えます」
マリアがハルに笑いかける。
マリアさんは本当に美しく、優しい女性だ。アリスがあのように育つのも頷ける。
そして最後に……
「ありがとう、アリス。楽しかったよ。何かあったら、俺を呼んで。必ず助けに来るから」
ハルはアリスに微笑みかける。
◇
「ハル君、本当にありがとう。私も楽しかったよ!ハル君がいなかったらね、帰ってこられなかったと思う。いつでも、遊びに来てね」
……本当は、一緒に行きたい。一緒に居たい。
けど、私の居場所はここ。
国を。街を。家族を守るためにここにいる。
お父様と一緒にここで戦うのが、私の戦いだ。
それに疑問は一切ないし、捨てる事などできるはずがない。
ハル君も同じだ。妹さんを、友達を助けるためにたった一人でこの世界で生きてる。
だから、ここに居て!、なんて事は口が裂けても私は言えない。
けど、もし。
もしも私が普通の家の、「ただのアリス」だったならば、一緒に行けたのかな。
心の命ずるままに、思うままに、私も一緒に行く!って言ったのかな。
もしかしたらハルくんが、一緒に来てなんて言ってくれたりして。
もしも……。もしかしたら、一緒に居られたのかな。
なんて、意味の無い「もしも」を考えてしまう私は、どうしようもなく、……恋をしているのだろう。
手を振り小さくなっていく彼を忘れないように、瞳に、心に、魂に姿を焼き付け、涙を必死にこらえながら、私は彼にいつまでも手を振った。
お互いの為に、言うべきではないこの気持ちは、奥底にしまっておこう。
空を見上げると、高く広い、突き抜けるような青い青い空が雲ひとつなくどこまでも続いていた。
出てこないで、と、想いと共に閉じ込めた涙の代わりのように、彼女の髪飾りがきらきらと輝いていた。
とりあえずこれで第一部終了といった所でしょうか。
次はエルフの国を目指して出発です。
明日は20時に更新します!
いつもありがとうございますm(_ _)m




