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31話『揺れる』

◇◇




かぽーん…



噂の銭湯に来てみた。宿屋にこれだけのものがあるのは素晴らしい。



入り口を入ると左は衝立の壁になっており、奥に湯がある。



この時間は宿泊者の貸し切りになっているそうで、ハル以外には誰もいない。


ふと見ると看板が立っている。タオルを着けて湯船に入れ?こっちじゃそれがルールなのか。向こうとは反対だなぁ。



おぉ!湯の向こうはなんと露天だ!今は暗くて近辺しか見えないが、明るければ壮大な山々や火山が見えるらしい。



「ぶはー…生き返る…」



湯船に浸かると、思わず声が出る。



(こっちに来て大分経ったな…色々あった。出逢い、別れ、嬉しい事、悲しい事。…なんとか生きてる。あっちの世界の運命を変えるため…頑張らないと)



様々な思い出が甦り、流れてゆく。



目標まで、少しずつだが近づいている。




と、物思いに耽ってボーッとしていると、後ろで音が聞こえる。



振り返ると、暗さと湯気でよく見えないが、衝立の右奥から誰か人が来たようだ。



「!?きゃっ!」



(きゃっ?って女性!?まずい!)



男湯に入った筈だがなにか間違っていたか!?とにかくまずい!すぐに出なければ!



「すいません!男湯に入ったつもりだったんですが…とにかくすぐに出ます!あと何も見てませんすいません!!!」



外を見たまま慌てて立ち上がり湯から出ようとする。



「…その声、もしかしてハル君??」



「…もしかしてアリス??」



(…助かった…ちゃんと謝れば問答無用で逮捕だけはされずに済みそうだ…)



「ハル君か…よくないけどよかった…」



「いやほんとに、アリスでよかったよ。捕まらずに済んだ」



「えーなによその言い方ー」


アリスは頬を膨らませて言う。と、



「くしゅんっ」



アリスが小さくくしゃみをした。湯に入っていないから寒いのだろう。



「とにかくごめん!寒いよね、俺は出るから入って温まって」



慌てて出ようとするハルを見て、アリスが悪戯に笑う。



「…ハル君!そのまま入って目をつむってて!」



「えっいや、でも」「いいから早く!!」



アリス…まさか!?いやでも…あぁ…風邪引かれても困るしなぁ…。



とりあえず座って湯に浸かり直す。しっかりと目はつぶっている。



ひたひたとアリスが近づいてくる音が聞こえる。



ちゃぷ…と小さな水音と、人が隣に来る気配。



自分の心臓の速く大きな鼓動が聞こえる。いやと言うほどに意識してしまっている。



「…ふぅ。も、もういいよ」



アリスの小さな声が隣から聞こえる。



「い、いや…それは…」



言葉に詰まる。うまく話すことができない。アリスが体を動かしたであろう、水の音がやけに大きく聞こえる。


…肩と肩が触れる。全神経が肩に集中している気がする…!?



「はやく。お話もできないよ」



いや、お話はできると思いますが…俺も男だ!ええい、ままよ!



正面を向いたまま目を開けるハル。



「やっと開けてくれた!ほら、私だよ~よかったねぇ」


きっと小悪魔のような顔で言っているのだろう。



「いやさっきのはそういう意味じゃないから!……っ!…てか…恥ずかしくないの…?」



勢い余ってアリスの方を見てしまった。きっと俺の顔は真っ赤になっているだろう。あぁ頭が熱い。そんな事しか言えなかった。



「………恥ずかしいに…決まってるじゃん…」



アリスは顔を赤くして目を逸らし、うつむく。そして消え入りそうな声で言った。



火照った顔に、唇。アップにした髪と、それにより見えるうなじ…細い首に白い肌。そしてむなもあぁダメだこれ以上は見てはいけない心頭を滅却しろろろろ



二人して黙りこんでしまった。虫の綺麗な声と水音だけが聞こえる。



「アリスはさ。この旅が終わったら、家に帰るの?エイギスだっけ」


「うん、冒険者をやってるのも、今回のしきたりの為だしね。お父様の仕事を手伝う事になると思う。ハル君は?」



「そっか。俺は…決まってないかな。やらなきゃならない事もあるけど、師匠次第な所もあるし。」



「そっか、決まってないんだ」



((…もし、もしも可能なら、一緒に居れたらいいな))



口には出さなかったが、二人は同じことを考えていた。いや、お互いのことを考えていたのだろう。



「あ、ハル君、鉄蛟竜の時、改めてありがとう」


にっこりと太陽のような笑顔でアリスは言う。



「いやいや俺だけじゃないし、誰か一人でも欠けてたら倒せなかったよ」


実際、生身で倒すのはかなり厳しかった。皆が居たから出来たことだ。



「いや、そうじゃなくて、最後。鉄蛟竜の背中でね、水刃が目前まで来てて。私怖かったの。ハル君が来てくれて嬉しかった」



「あぁ…無我夢中で気付いたら体が動いてたんだ。それに…守るって、約束したからね」



「ふふ…やっぱり、ハル君でよかった。ありがとう…ハル君…」



湯気のせいか、潤んだように見える瞳でアリスがハルを見上げる。



ふと動かしてしまったハルの左手が何かに触れる。



位置的にきっと、アリスの右手だろう。



思わず握ってしまった。



体が熱い。顔も熱い。心臓が速い。視界がぼやける。言うしかない!!





「アリス!!俺、君の事が!…












言いかけて、ハルくんはそのままゆっくりと後ろに倒れ込んでしまった。



「ハル君!?大丈夫!?」



手を当てると、おでこが熱い。湯中り…だろう。


お店の人を呼んでこよう。


(…最後のあれって…あれだよね。……最後まで聞きそびれちゃった…)



「…次は最後まで聞かせてね、ハル君」



アリスは優しく微笑むと、ゆっくりとハルの顔に触れる。



アリスは自分の顔が真っ赤なのを自覚しながら、宿の人を呼びに行くのだった。









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