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悪の組織の女スパイ  作者: 名無し
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人は一体異性の何に惹かれるのか

 レイチェルはコーヒーの入ったカップを片手に朝のニュースを見ていた。

 昨夜アザーブダイで起こった事故についてキャスターが読み上げている。テレビの画面に映る車は原型を留めていない。当然だ。爆発炎上したのだから。そしてそれを仕組んだのは他でもないレイチェル自身である。

 乗っていた男女は当然ながら死亡。結婚を間近に控えた二人だった。

 いや、正確にいえばスカーレットと魔人バールベリトの二人だ。レイチェルと魔人バールベリトのたくみな心理誘導にスカーレットはレッドと別れた。全ては計画通り。いや、一つだけレイチェルが書き換えた計画が今回の事故だ。


「すこし早まっちゃったかしらね」


 レイチェルは少し笑って一人つぶやいた。

 本来ならば、始末するのはスカーレットただ一人の予定だった。それも魔人バールベリトとの打ち合わせでは、もっと先の予定だったことだ。

 だがレイチェルは魔人バールベリトを出し抜き、今回の事故を仕掛けた。手柄を彼と共有するつもりはない。それにあの男が何を要求してくるやら分かったものではないでないか。


「そうですね。まったくもってその通りだと思いますよ」


 突然、誰もいないはずの背後から男の声が聞こえ、レイチェルは凍りつく。

 この声は。まさかここにいるはずのない男の声だ。夕べ、スカーレットとともに車の爆破に巻き込まれて死んだ男。

 そんな馬鹿な、と思う。あの車には確かにこの男は乗っていた。しかもニュースでは男女の死体があったことが読み上げられていたではないか。

 そこまで一瞬で考えたレイチェルが慌てて振り返ると、壁にもたれ魔人バールベリトが立っていた。昨日殺されかけたとは思えない満面の笑みを浮かべて。

 常に何を考えているか分からないのがこの男の恐ろしいところだと思う。だから排除したかったのに。


「早まりすぎです。それに余計な手間をかけられた。警察どころかエッセエンメの連中に不審に思われないよう死体を用意したりするのは骨が折れましたよ。まったく」


 よくよく見れば魔人バールベリトの片手には包帯が巻かれている。自分だけ脱出する際に怪我をしたのだろう。もっともピンピンしてるこの様子だ。組織の医療チームの力であっという間によくなることだろう。


「これで貸し三つですね」

「三つ?」

「あなたのスカーレット排除計画に手を貸したこと、今回の彼女の暗殺計画の尻拭い、こうやって怪我をさせられたこと、ですよ」

「全部一緒でしょ。貸し一つ」

「べつにそれでも良いですけど。貸しの大きさが変わるだけで」


 報復をしに来たのかと思えばそうでないらしい。

 レイチェルは気づかれぬよう肩の力を抜いた。あとでどんな形で返せといわれるか分かったものではないが、とりあえず今を生き抜ければ良い。少なくとも魔人バールベリトからは殺意といったものは感じられない。


「いずれちゃんと貸しは返して下さいね」

「気が向いたらね」

「身勝手なことだ。レッドに見向きもされずに助けを求めてきても、何もしてあげませんよ」


 呆れた表情で言い放たれた魔人バールベリトの言葉にレイチェルは顔をしかめた。


「そんなことあるわけない」


 そう言うと、腹立たしい魔人バールベリトの顔から視線を逸らした。

 本当に憎たらしい男だと思う。


「甘いですよね。あなた」

「何でよ」

「人の心ってそんな単純なものじゃないんですけれどね。大体あなた、私生活でだって大してモテてないし」

「なっ!」


 思わず言い返そうと、レイチェルが振り返ったそこには魔人バールベリトの姿は既になかった。



 ※※※



 諜報員の任務は面倒くさい。本当に面倒くさい。時間がかかりすぎる。

 レイチェルはうな垂れた。頭を両手で抱え込む。

 いつまで自分はこんな下らないことをしなければならないのか。さっさと組織に戻りたい。組織の魔人改造チームの一員である父親に頼んで強化手術だって受けたい。そしてしかるべき地位を手に入れたいのだ。


「うんざり。何なの、あの男」

「だから言ったでしょう」


 目の前に座る魔人バールベリトの呆れたような言葉をレイチェルは無視した。

 スカーレットを排除し、やっとレイチェルは正義の味方レッドに接近をはじめた。はじめたのだが、肝心のレッドがレイチェルに全く興味を示さない。ありとあらゆる策を弄したが、どれも成功しなかった。

 レッドのなかでレイチェルは顔見知りの女以上でも以下でもない。


「だいたいね。美人でスタイルが良ければ男を虜に出来るなんて幻想ですよ。確かに一回やらせてくれ、みたいな男は寄ってくるかも知れませんけどね。あとは貴方みたいな女のプライドの高さを利用して、都合の良い女に仕立て上げるずる賢い男くらいですかね」


 黙り込むレイチェルに構わず、魔人バールベリトは続けた。


「美人とか、スタイルが良いとかって言うのは人の目を引きますけど、そこから先はその人の隙次第ですよ」


 のろのろとレイチェルは顔を上げた。

 隙とは何だろう。まったくこの男の言ってる意味がわからない。


「簡単にやらせてくれそう、とかそういうこと?」

「んー。まあそれもなきにしもあらずですけどね。でも異性に惹かれるときのそれはもっと広い意味での隙ですよ。言葉で説明するのは難しいんですけど、何か欠けてるところがあって男がそれをサポートしてあげられたりとか。例えばちょっとお馬鹿だったりとか、おっちょこちょいだったりとかね。あなたからするとマイナスな足りてない部分を彼女たちは優しさとか可愛げで補ってると思うんですよ。男は彼女たちがもってない部分を自分の能力で埋めてやろうとし、満足感を覚える」


 そこまで言うと魔人バールベリトは上手く言葉に出来ないなとぼやいた。少し考え込んだ後、彼は続ける。


「一言で言うと、お前は俺がいなくても一人で生きていけるって言われるタイプがモテることはまずない。そう言われてる時点で可愛げがないって言われてるのと一緒でしょ。可愛くない女性は愛されませんよ」

「な、なにを」

「まあ、あなたはさっき言ったずる賢い男にばっかり寄って来られてたんでしょうし。ウチの組織にも多いですよね。総帥を筆頭に」

「失礼なこと言わないでくれる」

「事実ですよ。美人と後腐れなく遊びたい彼らに、君は美しいとか有能だとかチヤホヤされて、そのプライドの高さを利用されちゃうんですよ。酷い話ですよね。彼らはその美しさを飾り物に、スタイルを欲望の対象にしても、あなたの人間性には興味もない。ああ、勘違いしないでくださいね。美人がもてないとか言ってる訳じゃないから。美人でスタイルよくて可愛げがある女性なんて最高ですよ」


 レイチェルは思わず呻いた。

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