第一話:オルテリウスの残響と、母の条件2
「待ちなさい、シャンテ。楽園を創るということは、ただ緑や命を増やす足し算ではない。地球には、あのオルテリウスの『途中で断ち切られた生命の残響』が未練の電波となって必ず降り注ぐ。
お前が向き合うのは、その目に見えない宇宙のバグなのだ」
ゼウスは語気を和らげ、壁面にひとつの美しい女神のホログラムを映し出した。
それは、シャンテの母であり、かつてひとつの惑星を完璧に調律してみせた偉大な女神「ヴィーナス」の姿だった。
「お前の母ヴィーナスもまた、かつて自らの星を担当した時、その最期に凄まじい残響の嵐(スクリーンの大氾濫)を経験した。
滅びゆく星の民たちが『個の器』を失う恐怖から放つ、悲しい映像の叫び。
母はそれを見て貰い泣きをしたが、決してその電波に自分の意識を合わせることはしなかった。
『可哀想だから、その影をもう一度生き返らせてあげたい』と同情して残響に囚われれば、新しい星もまた前世の呪縛に巻き込まれて崩壊する。
母は冷徹なまでの『澄んだ第三者の心』を保ち、彼ら、彼女らの意識が、宇宙の海へ還るのを信じ、この大地からの祈りによって、
その生活や想いの映像を『愛する我が家で笑い合う温かい記憶』へとチャンネルを回すように移し替えてみせたのだ。
そうして、星全体の魂を本当の平穏へと導いた」
ヴィーナスの姿を見つめるゼウスの言葉は、シャンテの胸に重く響いた。
「シャンテよ。母ヴィーナスからお前へ受け継がれる、地球を引き受けるための唯一の条件がある。それは、どれほど美しく悲しいオルテリウスの映像が目の前に現れても、決してその電波に巻き込まれないこと。
それらはすでに抜け殻であり、その惑星に生きた生命は、大いなる宇宙の海で安らいでいると100%信じること。
そして、お前自身が、これから地球に誕生するであろう生命たちが生み出す組織のルールや誰かの言葉に盲従せず、『自分の足で立つ澄んだアンテナ(孤独な自立)』であり続けることだ。その覚悟が、お前にはあるか?」
ゼウスの問いかけに、シャンテはハッと息を呑んだ。
可愛いお庭を創りたいという乙女じみた理想は消し飛び、自分がこれから引き受ける「命の重さ」、そして宇宙と大いなる海を調律するというエデン・チューナーとしての真の責任の大きさを、初めて肌で理解したのだった。
シャンテは、自身に流れるヴィーナスの血の熱さを自らの胸に感じながら、まっすぐにゼウスを見つめ返した。
その瞳からは甘えが消え、一人の自立した女神としての確かな光が宿り始めていた。
「……おじいさま。私、行くわ。お母様のように、自分の目で世界を見つめて、地球を本当の平穏の惑星へ導いてみせる」
ゼウスは深く頷き、ついに7つの道具をシャンテへと授けた。
無数の神々が見守るなか、まだ見ぬ地球へ、そしてこれから始まる壮大な生命と残響の調律の旅路へ向けて、シャンテは自立した一歩を踏み出すのだった。
第2話へつづく




