第六話:虚空のゆりかご、吸い寄せられる体温3
「どうして……どうしてこんなに遠く離れたアステロイドベルトから、この人たちの記憶がここに集まってきちゃうの?
ここには、まだ誰もいないはずなのに……っ!」
貰い泣きするように肩を震わせるシャンテの横で、ティアンは額から大粒の汗を流し、盾の出力を絞り出しながら叫んだ。
「この地球は、まだ生まれたばかりの赤ちゃんだからさ……! 人間の赤ん坊と同じで、星としての『免疫(防御力)』がまだ一切備わっていないんだ。
静かに佇んでいるだけでノイズを跳ね返せるような大人の星じゃない。
自分が誰かも分からなくて、内側が空っぽの無垢な器だからこそ、宇宙を彷徨っていたオルテリウスの『おうちに帰りたい』『今日を無事に終わらせたい』っていう切ない電波の引力を、磁石みたいに全部そのまま引き寄せちゃうんだよ!」
「赤ちゃんの星……。だから、この人たちの寂しさを全部、代わりに抱きしめようとしちゃうのね……」
シャンテは足元のマグマの、まるで怯えて震えているかのような地鳴りの胎動を感じ取った。
その瞬間、彼女の胸の奥で、母ヴィーナスの遺した冷徹な条件が蘇る。
『地球には、前世の星の悲しい残響が必ず降り注ぐ。だが、どれほど可哀想に思えても、その電波に巻き込まれてはならない。本人たちの意識そのものはとっくに大いなる静寂の海へ還っているのだと100%信じ、自分の足で立ち続ける澄んだアンテナでありなさい』
シャンテは、涙を拭った。
ただ可哀想だと泣いて、残響の低い周波数に同調してしまえば、自分自身もノイズに呑み込まれ、この何の免疫もない赤ん坊の星をウイルスのように崩壊させてしまう。
彼らは悪霊でもモンスターでもない。
ただ、日常の真っ只中で時間が止まってしまっている、愛おしい生活者たちなのだ。
そして、この無防備な地球を、その悲しい混線から救い、自分の足で立てる大人の青い星へと育ててあげることこそが、自分に託された真の調律の使命なのだと、彼女は五臓六腑で理解した。
シャンテの瞳から甘えが完全に消え去り、澄み切った女神の光が宿った。
「ありがとう、ティアン。お待たせ。もう大丈夫よ」
彼女は、胸に抱きしめていたゼウスからの授かり物——「7つの道具」へと、ついにその静かな手を伸ばした。何の免疫もない赤ん坊の星と、死すら知らない健気な残響たちを、本当の平穏へと導くための、シャンテの真の調律の幕が、この灼熱の地獄の真っ只中で、いよいよ静かに上がろうとしていた。
第七話へつづく




