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背徳聖女と呼ばれても、皇子妃はお断りです〜聖の力で癒し、魔の力で魔獣を討ちます!  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード82 冷たい十二芒星

 辺境伯家の晩餐の席で、酒好きの伯爵は上機嫌にエールを飲んでいた。


「いやぁ、あの小さかった姪っ子のローズが——妖精のように可愛い令嬢に育って、そのうえ次期聖女になるとは……まったく感無量とはこのことだな」


「伯父様、はっ……恥ずかしいから、やめて下さい」


 辺境伯の褒め言葉に赤くなったローズは顔を伏せた。


「この荒廃した渓谷を抱えて、魔獣との戦闘に明け暮れる辺境では、怪我はつきものだ。

聖力を持つ聖女が近くにいてくれると思えば心強いことこの上ない。そうは思わんか? クラウス」


 話を振られたクラウス卿は頷いた。


「確かにそうですね。ただ、ローズもいずれ嫁げばこの地を離れなければなりませんから、あまり気負わせるのはどうかと思います」


「それはそうかもしれないが……。お前のような高魔力の者にとって、抑制の度に、帝都に行かねばならないことは大きな負担だろう。

今はミリアム聖女様がいて下さるが……。先のことを考えると心配でならん。

お前に聖女様が嫁いでくれれば悩みが解決するんだが、どうだ?」


「——義父上のお考えはわかりましたが、私にも私の考えがあります。どうか心配しないで下さい」


「そうは言ってもなぁ……。他に良い候補でもいるのなら、わしもこんなことを言い出したりはしないのだが、身近にローズという未来の聖女がいるんだ。

こんなに良い相手は探してもなかなか見つからないぞ?」


「……ローズはいい娘だと思いますが、彼女に悪いですよ。まだ十五だというのに」


「何を言っとるんだ! お前だってまだ二十一だろう?」


 二人のやり取りを落ち着かなげに見守っていたローズが飲み物のグラスを倒してしまった。


「あっ……、ごめんなさい」


 すぐに給仕の者が来て卓を拭く間も、赤くなって俯いたままのローズを見て、なんて可愛らしいんだろうと思う。


「ローズはクラウスのことをどう思っているんだ?

こいつは、なかなか女性からの人気もあると聞くんだが?」


「それは……その……尊敬していますっ! それに……それに私はクラウス様さえよければ……」


 頬を染めて言い淀むローズのいじらしさに、辺境派遣騎士団の上級団員達も、わたしの隣に座っているガルム副団長も眩しそうに目を細め、口元が緩んでいる。


「ガルム副団長、今オリーブの実が口から転がっていきましたよ」


 口が緩み過ぎて弊害が出ているようなので、親切に囁いてあげたのに、聞こえなかったふりをされてしまった。


「ローズは聖女になるから、婚姻には皇帝陛下の裁可は必要になるが、クラウスなら問題ないだろう。

お前達がこの辺境伯爵家を盛り立てていってくれたら安心だ」


 辺境伯の話を遮るように、クラウス卿は言葉を挟んだ。


「私はまだそんな先のことは考えていません。ローズだって、まだ聖女候補としてこれからという時に、そんな余裕なんてないはずですよ」


「融通の効かない堅物にも困ったものだ。この前、大聖堂で第一皇子殿下のお相手のイリーナ令嬢にお会いした」


「はあ、そうですか……」


 伯爵は続ける。


「聖力には恵まれておるらしいし、見た目は悪くないが、どうもあの令嬢は——一癖ありそうな気がする。わしはこう見えて、女性を見る目はあるんだ」


 確かに見る目あります、大当たり! 

 内心、同意したくてたまらなかった。


「それで?」


「皇子殿下とあの令嬢との婚約が破談にでもなったら、ローズが次の皇子妃に選ばれても不思議はない」


「はあ」


「そうなってからでは、遅いのだぞ? 今のうちにローズと先約でもあれば……」


「いい加減にして下さい、その話は。そんなつもりはありませんから」


 そんなつもりはないんだ……。


「なんでだ? 好きな相手でもいるのか?」

「……」


 クラウス卿の返事は聴き取れなかった。

 彼の視線が一瞬わたしに向けられた気がしたけど、わたしが耳を澄ましているのがバレたのかもしれない。


 俄かに速くなった動悸を落ち着かせようと、胸を叩いた。


 隣から声をかけられた。


「魚の骨が刺さったんですか?」


 ガルム副団長ってば、わたしをどんだけ無骨者だと思ってるんだろう?


「いいえ。これでも……令嬢として食事の作法の嗜みはありますから」


 ツンと澄ましてみせる。


 それなのに、またクラウス卿の視線を感じたような気がして、胸を叩き始めてしまったら、ガルム副団長に残念な子を見るような目で見下ろさせた。


「痩せ我慢せず、取ってあげますから口を開けて下さい」

「違いますってば!」


 わたしは食事を終えると「疲れたから」と言って、早々に自分の部屋に戻った。

 

 鏡の前に立った。

 晩餐の前に湯浴みをして、泥は綺麗に落としてあるし、髪も洗ってある。

 クリーム色のシンプルなドレスは今の髪色に似合っている。


 晩餐の席に向かっていた時、わたしの髪は魔力切れで乾かせず、湿ったままだった。


 だけど途中、廊下で出会ったクラウス卿が髪を乾かしてくれた。


 その時のことを思い出して、頬から頸筋にかけて火照った。

 彼はわたしの髪を手でかき上げ、一瞬のうちに風魔術で乾かしたあと、軽く撫で付けて整えてくれた。


 その間、なぜか肩も背も強張り、呼吸すら覚束なくなった。


 クラウス卿は、恋人でもない女性にいつもあんな風に気安く触れているのだろうか?


 ローズが髪を湿らせていたら、やっぱり同じように、髪に触れて乾かしてあげたのだろうか?


 ローズの可憐な妖精のような顔貌を思い出した。


 鏡の中の、作り物の顔を見つめる。


 実際のわたしよりも健康的な肌の色、厚めにした唇、少し気が強そうに見られたいという気持ちで濃いめの眉尻は上げ気味に、少し生意気な感じに見せたくて鼻先を高くしている。


 つけぼくろは、白い肌を際立たせるため、多くの貴族女性がパッチボックスと言われる箱に、さまざまなほくろを入れて持ち歩くくらい好まれているものだ。


 わたしは口角の横のエクボの位置にほくろをつけている。


 素のままなのは——瞳の色と目元、頬の膨らみ。確認するように、それらを指先でそっとなぞってみる。


 それから、体型はそのままだ。


 ニノが「男性という生き物は女性の容貌で恋愛対象になるかどうかを決める」と言っていた。


 今のわたしは大抵の男性が好むような外見をしているらしい。

 でもそれは作り物の容貌だ。いくら褒められても、嬉しくない。


 本当の顔で過ごしていた頃は、外の人と関わることもほとんどなく、イリーナや継母にはいつも貶されていた。


 だから本当の自分の容貌が人にどう思われるか……自信がない。


 指につけた指輪をいじる。


 今日みたいに、魔力切れになっても数時間は今の姿を保てるようにと、お祖父様がテオ副団長に作ってもらった魔道具の指輪だ。


 指輪には定期的にわたしの魔力を補っているので、以前のように、鬘やつけぼくろを持ち歩かなくてもよくなっている。


 もし今日、この指輪をつけていなかったとして、クラウス卿がわたしの本当の姿を見ていたら、どう思っただろう?


 あ———、もうっ……。

 どうしてこんなにクラウス卿の反応が気になるんだろう?


「好きな相手がいるのか?」と聞かれて、なんて答えたんだろう?


 わたしにはロイという恋人がいるのに、どうしてクラウス卿のことが……?


 胸元に下げていたペンダントを外し、昨日までは常にわたしを慰め、癒してくれた温かみを求めて十二芒星を握りしめる。


 込められていた魔力を放出してしまったから、冷たく無機質な物に感じられる。

 でもたとえ魔力が消えても、ロイの想いだけは、ここに残っているはず……。


 窓際に動かした椅子に座り、夜空に浮かぶ月を見上げた。十二芒星を握りしめた手を額に押し当て、ロイの面影を思い出す。


 その時、思い出の中で静かに微笑むロイの姿をかき消すように扉がノックされた。


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