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背徳聖女と呼ばれても、皇子妃はお断りです〜聖の力で癒し、魔の力で魔獣を討ちます!  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード116 望まぬ隣席にて

 翌日の昼過ぎにクレリヴァン侯爵家から使いの者が来て、クラウス卿が数日間だけあちらに滞在することになったと告げた。


 そしてトルエンデ公爵邸で舞踏会が催される日になり、皇室からの馬車が馬車回しに到着した。

 金箔をあしらった白塗りの馬車には皇室の紋章と複雑な彫刻が刻まれている。


 護衛に随伴した騎士達の数も想定より多く、従僕や馬丁達は彼らの馬を厩舎へ引いていくため、忙しなく立ち働いていた。


 馬車からギルベアト殿下が降りてきた。

「招待に感謝する。今宵を楽しみにしていた」


 お祖父様は礼をとった。

「お越しをお待ちしていました。拙宅でのもてなしにご満足いただけるかはわかりませんが、どうぞ気兼ねなくお寛ぎ下さい」


 お祖母様も歓迎の意を示した。

「ようこそお越し下さいました」


 殿下は、金糸の豪華な刺繍の入った濃い翠色のジュストコールを象牙色のジレの上に重ねていた。

 所作には生まれついた気品があり、整った容姿は、今夜も令嬢達の視線を集めるだろう。


 わたしが案内役として、進み出てカーテシーをすると、殿下はにこやかに微笑んだ。


「ジュディリス、会えて嬉しいよ」

「ようこそおいで下さいました」


「デビュタントらしい白のドレス姿は清楚でよかったが、そういった大人びた装いもするんだな」

「似合いませんか?」


 わたしのドレスの胸元は少し深めにくれていて、絞られた腰の線が際立つ仕立てだった。銀色の布地にはアメジストの小粒石が散りばめられ、歩くたびに煌めいた。


「よく似合っているが、異性を惹きつけすぎるんじゃないか?」

「褒め言葉と受け取っておきます」


 殿下はわたしの返事に苦笑をこぼした。

 先に到着していた他の客達は最高位である殿下の入場を待って控え室で待機していたけれど、大広間に向かう間に行き合った者達は皆礼をとった。


 殿下と共に会場に足を踏み入れると、柔らかな旋律が流れ始めた。

 

 華美な装飾が好まれないトルエンデ公爵邸といえども、儀典用の空間である大広間は、趣向が凝らされていた。

 壁や天井には、金箔を施した漆喰細工、フレスコ画、精巧な木彫りが施され、シャンデリアのクリスタルが煌めいていた。


 暖炉を中心に左右対称に配置された家具は、一つ一つが手の込んだものだ。


 わたしは殿下を奥の雛壇にある貴賓席へ案内した。

 殿下が肘掛け椅子に腰掛けたので、他の客達の出迎えに向かおうとしたけれど、殿下にそっと手を掴まれた。


「貴賓である僕の相手をするのも当主の孫娘の大切な務めだろう?」


「……粗忽なわたしで務まりますか?」

「もちろんだ」


 結局、殿下の隣の席で貴族達の入場を見守ることになった。


 高位の者から順に入場し、殿下へ一礼していく。見知った顔には、殿下の方から気さくに声をかけていた。


 なかにはちらりと、横に座るわたしを見咎める者もいたけれど、殿下の鋭い視線に気付くと慌てて去っていった。


 身じろぎすると、肘掛け越しに置かれた殿下の指先が静かに手に重なり、わたしはそっとその手を引き抜いた。


 令嬢達の羨望の眼差し、扇ごしに送られる詮索の視線……。

 居心地の悪さに息が詰まる。


「あの……わたし、少し知人と話を——」


 席を立とうと言い訳を口にしかけたけれど、殿下は遮るように呟いた。


「——あれから、君には宮殿への招待を断られ、手紙を送っても儀礼的な返事だけ。

さすがの僕も愉快ではなかった……」


「申し訳ありません、色々と忙しくて」


 無礼にならない程度に——これ以上関係を深める気はないと伝えようと、言葉を選びながら返答した。


「申し訳なく思うなら、埋め合わせに今夜は側にいてほしい。少なくとも僕達は友人だったはずだ——違うか?」


 確かに殿下に男性として惹かれてはいなくても、嫌っているわけではないし、共に魔獣と戦った戦友だ。

 だけど彼に嫁ぐつもりがない以上、気を持たせたくはない。


「おこがましくも友人だと感じていましたけど、その関係を壊すようなことを口にされましたよね?」


「想いを伝えただけだ。

どちらにせよ、新たな関係を築くためには、今までの関係を改める必要もあるのではないか?」


「恐縮ですけど、わたしは、殿下のおっしゃる——新たな関係を受け入れる用意はありません」


 きっぱりと拒絶の姿勢を示したけれど、殿下は聞き分けのない子供の言い分だと言いたげに、溜め息を吐いた。


「まだ素性も知れない男に想いを寄せていると?

もっと現実的に考えるべきだ。

これは僕の好意に基づいた求婚だが、同時に皇室と公爵家を結びつける——政治的にも理想的な婚姻になるだろう」


 ——殿下はわたしの話を聞いてくれるつもりはないようだ。


「皇室との関係はこれまでの祖父母の忠義によって既に揺るぎないものになっています」


 反論したけれど、殿下はすぐに切り返してきた。


「君についてよからぬ噂が流れたのも、この縁組を疎む輩がいたせいかもしれない」


 ……噂を流したのは、わたし自身なのに。


 やっぱり殿下には——あの噂を真実だと思っていてもらう方が都合がいい。


「噂を流した輩に、心当たりはないか?」

「ありません……」


「自分で言うのもなんだが、僕と婚約したいという令嬢は多い。そういう令嬢の誰かに妬まれたり——という線も考えられるが……」


「いえ、わたしの振る舞いに問題があるのだと思います。殿下はもっと相応しいかたを探されるべきです」


「いいや、何度も言うが僕の婚約者に君以上の人はいない」


 わたしの顔を見つめて言い切る殿下は、秀麗な眉根を寄せて、考え込むような表情になった。


「噂を流した犯人については——社交界の重鎮と言われる連中に探りを入れてみよう」

「いえ、別にそこまでしなくても……」


「このまま君が誹りを受けるのを黙って見ているつもりはない」


「わたしは誹られて当然の振る舞いをしてきました。男性達と討伐に明け暮れ、令嬢らしさとは無縁でしたから。

そのせいか、令嬢達と語らうより、殿方と気安く話す方がわたしには楽しく、居心地も良いのです」


「なるほど……。僕も君以外の令嬢とは話が噛み合わないことが多い。理解できる話だ」


 わたしの奔放さを伝えたつもりだったのに、殿下はなぜか得心したように深く頷いていた。


 どう言えばわたしの悪評に信憑性を持たせられるかと考え込んだその時だった。

 視界の端に、こちらへ歩み寄る二人の姿が映った。

 警護責任者を務めるアレン団長と、その弟で客として広間に詰めるテオ副団長だ。


 彼らがこの空気を変えてくれることを期待してそっと息を吐いた。


 二人が片足を引いて礼をとった。


「これはテオ副団長、久しぶりだな」

「皇子殿下にお目にかかります。お忙しいと耳にしておりましたが、ご健勝なご様子、なによりです」


「ああ。——そちらは?」

「兄のアレン・フォン・グレイハートと申します」


 テオ副団長が団長を紹介した。


「トルエンデ騎士団団長の噂は聞き及んでいる。かなりの剣術の使い手で、魔術も使うとか。一度手合わせ願いたいものだ」


「ご尊顔を拝し光栄に存じます。手合わせは——機会がありましたら是非」


 団長が改まった口調で話すことは滅多にないので、新鮮だ。

 ひとしきり話がはずんだ後、二人が退がると、殿下はわたしに向き直って口を開いた。


「——ジュディリス、一曲、相手を務めてほしい」

「——はい、わたしでよろしければ……」


 その返答に殿下は満足げに頷いた。

 らちのあかない話を続けるくらいなら、ダンスに応じる方が気が楽だ。


 この先の計画がうまく運ぶか——そればかり気になって、殿下の足を踏んでしまいそうだけど……。

 

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