エピソード113 背徳の噂を纏って
翌日からミュゲルにラヴォイエール侯爵家に従僕として潜り込んでもらった。生家発の噂なら信憑性も高い。
そしてわたしは二日と空けず舞踏会へ参加し続けた。
身につけるドレスは、派手な色使いか露出度の高いものばかりを選んだ。
パートナーはアレン団長の時もあればテオ副団長の時もあった。テオ副団長が帝都に戻ったのだ。
舞踏会や夜会など人目につくところでは、彼らと親密そうに寄り添って歩いた。
腕っぷしの強い彼らといれば、噂を信じて——誘いをかけてくる男たちも、節度を守ってくれた。
「防御壁としても使えるし、この二人ならいつでも連れて行っていいから」
というお祖父様からの助言に従ってよかったと思う。
そんな風に噂を流し始めたら、あっという間に、わたしのことが帝都中に広く知られるようになっていた。
ラヴォイエール侯爵家のジュディリス嬢は男と見れば媚を売るふしだらな令嬢だ——と。
夜毎違う相手と関係を持ち、貞節の欠片もない——と。
元々噂の土台があったからこそ、こうまで思い通りにことが進んだのかもしれない。
婚約解消を繰り返した父と、それを積極的に利用して噂を流していたイリーナに感謝するべきかもしれない。
だけど、この醜聞で一番困ったのは大聖堂の人達だろう。
そんな不道徳な女を聖女候補と認めるのか——色んな方面からそんな不平の声が上がっているそうだ。
わたし自身は別に聖女候補認定なんてしてもらえなくても構わない、というのが本音だ。
ただ、トルエンデ騎士団員達の間では、かなり鬱憤が溜まっていたらしい。
彼らにはお祖父様から『ジュディーの噂については否定せず、広まるのをじっと静観してくれていい』と伝えてもらっていた。
だけど、彼らはこよなくわたしを慕ってくれているので、二日前の夜には、酒場でエルファスル子爵邸の従僕達と口論になり、手が出てしまったらしく、危うく巡回中の役人に捕縛される寸前だったとか。
それで昨日は団員の皆に、詳細は言えないけど噂を広げたいのだ——と説明に回った。
ギルベアト殿下からは、噂の真偽を問いただす手紙が何度も届いていた。
けれど返事は、テオ副団長の指示で、肯定とも否定ともつかない匂わせ文面にしていた。
そして、近々トルエンデ公爵邸で開かれる舞踏会へ殿下を招待した。
噂が真実だということを知らしめるためには、テオ副団長が言うように、実際に殿下自身の目に証拠を突きつけるのが手っ取り早い。そのための招待だ。
その時の演技の相手役を務めてくれるのは、弟のテオ副団長に弱みを握られていたアレン団長だ。
テオ副団長の言を借りると、『兄さんは女性との色恋沙汰に慣れているので、今更、濡れ場の噂の一つや二つ増えたところで、勲章にしかなりません』とのことだった。
大柄で彫りの深いアレン団長は、最近では、“今、社交界で最も注目されている伊達男”と呼ばれ、未婚既婚問わず、ご婦人がたから秋波を送られているらしい。
その秋波は時に嫉妬の焔となって、隣にいるわたしなど、簡単に燃やされてしまいそうなほどだ。
だけど団長にとっては、気楽につきあえる女性達と違って——社交界の女性達は、どちらかと言えば恐怖の対象に近い存在らしい。
共通の話題も思いつかないし、婉曲的表現も難解でじんましんが出ると嘆いていた。
だから彼は他の女性に誘われるのを断るために、わたしを利用するし、わたしはアレン団長を利用して、他の男性たちからの誘いを断っていた。
今日もお互い気は進まないまま、噂作りのため舞踏会に来ている。
この舞踏会は皇帝陛下の亡くなったご側室——リゼッタ妃のご実家、クレリヴァン侯爵家が主催していた。
成金趣味の生家とは違い、ここは趣味の良い調度品が目を和ませてくれていた。
「今日もお綺麗ですね、ラヴォイエール令嬢。その艶やかなドレスが白い肌に映えてよく似合っている。
あなたを独り占めする無粋な男とばかり一緒にいないで、僕のお相手をお願いできませんか?」
いつものように若い男性に誘われた。
もちろん、こういった時のあしらい方も習得している。
頬に片手を当てて、蠱惑的な表情を作って答えた。
「わたしなど、あなたのような素敵な紳士には相応しくありませんわ」
そして、あなたのような清廉な方には不釣り合いな女だ——そう仄めかすように、甘く微笑んだ。
彼は腰が砕けたように、よろけたものの持ち直して、もう一度誘いかけてきた。
「ぼ、僕も……こう見えて、世慣れた男なんです。あちらで踊りませんか?」
「ご一緒したい気持ちもあるんですけど……」
気を持たせるような返事をしながら、横目でアレン団長の顔を見上げると、団長が腰にがっちり手を回してきた。
「悪いが、他を当たってくれ」
大したことも言ってないのに、その存在感と威圧感に男性は肩を落とした。
何度も悔しそうにこちらを振り返りながら去っていった。
次に現れたのは下卑た笑いを浮かべた男性で、わたしの身体を舐め回すようにじとりと見てきたので、全身に鳥肌が立った。
ひと目見てタチが悪い部類だと判断した団長は、男性が「あっちで酒でもどうですか?」と口にした途端に、無言でぎろりと鋭く一瞥した。
場の空気が一瞬で凍りつき、男性はそれ以上ひと言も話せないまま、すごすごと退散していった。
その時、大広間の入り口の方で騒めきが広がった。
誰か新しい訪問者が来たようだ。
入り口に目を向けて、心臓がどくんと跳ねた。
歩み寄って来る彼の姿から目が離せない。
いつの間にか、周囲の騒めきが掻き消え、鼓動だけが耳の奥で鳴り響く。
——まさかここで、会えるなんて……。




