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背徳聖女と呼ばれても、皇子妃はお断りです〜聖の力で癒し、魔の力で魔獣を討ちます!  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード109 父と呼べぬ男

「ようやく来たのか。遅かったではないか!

さあ早く、私をここから出すように、皇子に言え!」


 房に顔を見せるなり、父は声を荒げて当然のことのように要求してきた。

 母を殺したことが明らかにされたのに、娘のわたしに申し訳なく思うどころか、恥じる気持ちもなさそうだ。


 その厚顔無恥さに咄嗟に言葉も出てこなかった。


 イリーナやセザビアの房の一つ上階にある父の房が手狭に感じられるのは、物が多いからだろう。


 小さいベッドフレームに不釣り合いな厚手のマットレス、床にはみ出した羽毛の掛け布団、それに大量の書籍などを持ち込ませていた。


 ここに来る途中も、看守達が父の要求が多すぎて困っていると話していた。


 面会に来る執事のホプキンスに命じて、お酒など禁止されている物を差し入れさせたりしているという。


 要望が通るまで、大声で怒鳴り続けるので、最近ではこの階の看守を誰も受け持ちたがらないそうだ。


「こんな所にいても相変わらずですね、お父様。

いいえ——お父様などと呼びたくないので、呼称を改めることにします。罪人のゲオルク卿」


「な……なんだと!? この——役立たずの娘が! 父に向かって、なんと無礼極まりない物言いだ!」


 怒りで顔を真っ赤にした父は相変わらず尊大で、人を人とも思わない態度だ。


 だけどわたしの胸は高揚感で満たされた。

 ——こうでなくては……。

 反省して項垂れている罪人が相手なら、思い切り罵ることはできなかったかもしれない。


 けれど父がそういう態度なら、こちらも今まで言えずに我慢してきたことを——吐き出せるというものだ。


「無礼ですって……? 罪人の立場をお忘れですか? いくら虚勢を張ってみても、怖くもなんともありませんよ。以前はあなたは恐怖の対象でしたけど」


「こっ……この——生意気な口を黙らせてやる。おい看守、今すぐ鞭を持ってこい! しつけ直してやる!」


 父の暴言と醜態を、わたしは声を上げて嘲笑してみせた。


「囚人のくせに、まだ侯爵でいるつもりですか?」


「くっ……。お前は、誰のお陰でここまで育ったと思ってるんだ?」


 父は怒りのあまり、口から唾を飛ばしてみっともなくいきり立っていた。

 こんな小物に母娘で苦しめられてきたのかと思うと、本当に腹立たしい。


「あなたのお陰じゃないことは確かです」


「——ふざけたことを! お前を育てるのに、いくら金を使ったと思っているんだ? 

教養だって、世間に出しても恥ずかしくないよう、受けさせてきてやっただろうが!」


「婚姻の駒にするために、投資しただけでしょう?

わたしを生んだのは母です。そして母を殺したのはあなたですよね?」


 ここまで言えば、少なくとも悔やんだり、詫びたりするかと期待していたけど、予想は外れた。


「あの女が悪いんだ! あの女が魔力を奪い、わたしの人生を台無しにしたんだ。そこから何もかもうまくいかなくなった」


 恨みに満ちた眼差しは、今もお母様の幻影を見るように、わたしに向けられていた。


「お母様が奪ったのではないでしょう? その力はトルエンデのお祖父様のものだったのに……あなたが盗んだんでしょう? ゲオルク卿」


 父は足で床を踏み鳴らした。


「盗んだ、だと……? 笑わせるな! あの英雄と呼ばれていい気になっている男は、父から全てを奪ったんだ。それを返してもらっただけのこと」


「どういう理屈で、そんな考えになるんですか? 

そもそもヘルムートお祖父様がトルエンデのお祖父様から魔力を奪ったんでしょう? 

その結果、魔力暴発を起こして大勢が亡くなったというのに……。あなたは同じ轍を踏んで——」


 現実を突きつけても、父は耳を塞いだ。


「違う、違う、違う……。父上はそれは優秀で、数々の功績を残した魔術騎士だったんだ」


「ヘルムートお祖父様は過去の栄光が忘れられなかった。そして結局は逆恨みと嫉妬から不幸を招いてしまったんですよ」


「違う。あの女が、シェスタビアのレティシア大聖女が裏切りさえしなければ……。

父は片脚を失うこともなかったし、名誉を損なうこともなかったんだ」


「違います。いい加減に事実を受け入れて! 

脚を失い、全てを失ったと思って壊れたのよ。ヘルムートお祖父様は……。

ただ——強くいられなかっただけ」


「おまえっ、なんということを言うのだ——! 父上はお前の祖父なんだぞ? 

母上は自分を顧みない夫を恨みもせず、崇拝していた。父上こそが『真の英雄、悲運の侯爵』だと言っていた」


 父は興奮のあまり見開いた目を血走らせ、涙を迸らせながら息巻いていた。


「——本当はわかっているんでしょう?

トルエンデのお祖父様やお祖母様が悪いわけじゃないってことを。

あの時——お祖母様に残された聖力で救えたのは、一人だけだった」


 父は自身の頭髪を両手で掻き回した。

 

「——孫のくせに、お前は……! 父上が脚を失ったのは仕方がないと、運命だと受け入れるべきだったと言うのか?」


 父が独房の柵を掴み、がんがんと揺らして威圧してきたけれど、事実は事実だ。

 いくら認めたくなくても、受け入れなければいけない。


「受け入れるべきだった。

それなのに、剥奪の魔術を使って災いを招いた。

……違う選択もあったはずなのに——」


 わたしの言うことを全て拒絶するように、耳を塞ぎ、頭を振り続ける父の姿は、聞き分けのない子供のようだ。


「ヘルムートお祖父様は弱くて現実を受け入れられなかった。それだけだったのに……。

あなたまで同じことを——」


 勢い込んで話し続けたせいか、頬が熱くなっていた。

 頬と頭を冷やそうと、呼吸を繰り返す。


「あいつが、トルエンデのあいつらが悪いんだ。私は悪くない……」


「あなたを軽蔑します」


 もはやさっさと立ち去って、縁を切ろうと背を向けた瞬間、父の口が言葉を紡いだ。


「——そうだ! 聞いたぞ。

お前、聖力に目覚めたそうじゃないか! 

しかも魔力も併せ持つなんて。さすが我がラヴォイエールの血を受け継いだだけはあったということだ」


 今までの話の流れの一切を忘れたような、乱心したかのような口振りに戸惑いを隠せない。


「だからなんだと言うのです?」


「もう一度、その力をイリーナに与えろ!

あの娘の方が頭が良いから、存分に力を使いこなすだろう。いや剥奪の禁術は二度は使えないか……。

それなら、次は魔力を——」


「いい加減、勝手なことを言うのはやめて下さい。

あなたもイリーナも囚人ですよ?

そんなことができるとでも……?」


 呆れ返って、溜息を吐いた。


「何を言う……。お前の聖力をうまく交渉材料に使うんだ! 今になって考えてみると、聖女を産み落としたのはあの女がもたらした唯一の功績と言えるな。

妻にしてやった——甲斐くらいはあったかもしれんな」


「——は……?」


「命を救ってやっただけで、簡単に靡いてきて——娶ってやったが……私の魔力まで奪う不始末をしでかしておいて、生意気にも……」


 父はぶつぶつと呟き続けていたけれど、独り言なのか、こちらに語りかけているのかも、よくわからなかった。


 わかったのは、母を殺しておいて——今も尚、しつこく母を憎み、蔑んでいるということ。


「——そもそもあいつを娶ったのは、トルエンデのやつらに会わせず、やつらを苦しめるためだった。

家を出ていけば娘に会わせないと脅せば、離婚は諦めたが、死ぬまで口煩い女だった」


 父が母について語り、罵る声に、身体中の血が逆流して、頭の中が沸騰しそうな気がした。


 母の自由を、命を——全てを奪っておいて……まだ足りないと言うの……?


「ある時、気付いたんだ。どうせならあの女を殺してやれば、やつらをもっと苦しめられるとな。

お前がいればやつらを継続的に苦しめるのにも事足りるからな」


 耳の奥が脈打ち、心の中にどす黒い感情が溜まっている。深呼吸して、一旦はそれを吐き出そうと試みた。


 だけど胸を満たしたその感情は減るどころか、全身に溢れ出してきた。


 ——もう一度、静かに肺に空気を吸い込んだ。

 頭の中で囁く声が聞こえた。


《消えろ! 消えろ! 目の前から消えろ! ……》


 ——頭髪が逆立つ。

 喉奥から舌を押し上げる力が働いた気がした。

 気付いた時には口から言葉が溢れていた。


「——雷撃」

 

 指先が痺れ、頭に描いた想像を現実のものにしようと無意識に弧を描いた。


 そして——目の前で、パチパチと爆ぜる音を立て、黄色味を帯びた光が明滅する。

 その中で、男が小刻みに震え続けていた。

 

 妄執と恨みに人生の全てをかけてきた小物。

 妻と娘を愚弄し、殺しても良心の呵責すら覚えない男——。

 この世から消え去ればいいと、本気でそう思った。


 それなのに——。

 発動した魔術に、威力が欠けている。

 おかしい……。

 ——今頃は黒焦げになっていてもおかしくないのに。


「ああっ……! いけません、お嬢様、やめて下さい——」


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