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背徳聖女と呼ばれても、皇子妃はお断りです〜聖の力で癒し、魔の力で魔獣を討ちます!  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード108 羨望の檻

 セザビアとの面会を終えて、ミュゲルと共に待機していた看守に声をかけ、イリーナの房へ移動することにした。


「あちらです。何かあればお声掛け下さい」


 そう言い残して看守とミュゲルが場を去ると同時に、鉄格子越しにイリーナの鋭い声が飛んできた。


「何もかも、あなたのせいよ!」


 彼女の第一声は継母を踏襲したもので間違いなかった。


 その房もセザビアの所と大差なく、簡素ながら必要な物が備えられていて、上方にある鉄格子付きの窓からは光が取り入れられて明るかった。


 そしてイリーナの身だしなみには、こんなところにいても美しく見られたいという思いが垣間見えた。

 禁術のせいで根本が緑に染まった髪を、後れ毛だけ残してフリル付きのリボンで束ね、唇には紅を差している。

 洒落た服装からも、表情や態度からも諦観が感じられない。

 そこがセザビアとは大きく違う印象だ。  

 若さゆえの自信か、これまで積み上げてきたものの差か——?


「セザビアにも言ったことだけど、わたしのせいなんかじゃないわ。逆恨みはやめてちょうだい」


 ひと呼吸して、自分の中に鬱屈したままの怒りを散らして冷静な口調を心がけるようにした。


「——ふん、盗人猛々しいとはよく言ったものね。

あからさまにギル様に色目を使っていたくせに」


 過去にも同じようなことを言われたし、この程度のことで動揺するつもりはない。


「わたしには他に好きな人がいるし、そんなことをした覚えはないわ。

あなたの悪事が詳らかにされて、愛想を尽かされたんでしょう?」


 思っていたままのことを口に出すと、イリーナはむっとしたように睨みつけてきた。


「違うわよ! それ以前にギル様の態度は変わっていたもの。お姉様があのかたに媚を売って、私のことを悪く伝えていたに決まってる」


「あなたのそういう——人を人とも思わない気性は隠していても気付かれてしまうものよ。

その性格が原因で振られたとは思わないの?」


 イリーナは歯軋りしながら、眉根を上げた。


「——なんですって? 言いたいことを言うようになったわね……。ずっと長い間ネズミみたいに息を潜めて人の顔色ばかり窺って生きてきたくせに」


「——そうよ。たしかにわたしは言いたいことも言えず、あなた方に虐げられ、息を潜めて生きてきた。

だけど……それはわたしのせいじゃない。

あなた達に問題や責任があったからで——だからあなたも今、こうして収監されているんじゃないの?」


「——へえ、本当に言いたい放題になって。まるで人が変わったみたいね。

さすが尊いシェスタビア家の直系様ね?

聖力を振り翳して、皆を従えて——さぞや今はいいご気分でしょうね」

 イリーナは挑戦的に顎を上げて言い放った。


「以前ほど悪い気分ではないのは確かね。だけどあなたみたいに聖力を振り翳した覚えはないわ。

振り翳すというのは——力を使うにあたって条件をつけたり、それによって何かを得ようとすることでしょう?」


 イリーナの顔色が変わった。

「——私がいつ聖力を振り翳したというの?」


「あなたは聖女になって、ギルベアト殿下の婚約者の座を手に入れようとした。

わたしは違う。以前と違って自由に振る舞えるようになって、人として思ったことを口に出せるようになっただけ」

「…………」


 イリーナの憎しみの籠った目に見据えられても、わたしは言いたいことを全部伝えるつもりだ。


「今になって色々なことを振り返ってみて、あなたはわたしのことを——ジェマとしてではなく、ジュディリスだと認識して謀を企んだように思えてならないの」


 イリーナは口元を歪めて笑みを浮かべてみせた。


「——その推理、面白いわね。だとしたらいつからだったと思う?」

 

 問い返されるとは思っていなかった。

 ——いつからだろう?

 最初の——土だるまにした刺客を送ってきた時?

 それとも剥奪の禁術を使った時?


「教えてあげましょうか? ジェマと名乗る戦乙女と初めて出会った時には怪しいと感じたわ。

だって、鳥肌が立ったんですもの——お姉様といる時はよく同じようになったから、それで」


 鳥肌が立つほど嫌っていたと知らされて、傷ついたけれど、その痛みを隠そうと唇を噛み締めた。


「確信を得たのは、剥奪の禁術を使った時ですけどね。魔力を奪うつもりが、聖力を手に入れたとあっては疑う余地はないでしょう? 

聖力も同じように剥奪できるとも知らなかったんだけど、結果的にお陰でギル様の婚約者にもなれて最高だったわ」


 得意げに笑ってみせるイリーナをよそに、一人考えを巡らせた。

 わたしが——ジュディリスが聖力を発現したことを、イリーナが知っていた……?

 ——いつから?


「聖力を発現したことをどうやって知ったの……?

あ——セザビアから聞いたの?」


「あら、お母様も聖力のことを知っていらしたの?

私が知ったのは魔術競技会の時。お姉様がナビエ聖女様と話しているのを天幕越しに聞いた時よ」


 イリーナの話を聞いて振り返って考えてみた。

 ロイが大怪我をして、治癒したのを——ナビエ聖女様に見抜かれた時の話ね……。

 帰りの馬車ではイリーナが不機嫌そうにしていた記憶が残っている。


 どうしてお父様にも知らせず、黙っていたんだろう?

 武器としてその秘密を使える時を狙っていたのだろうか?


「神様は不公平だわ! どうしてシェスタビアの血だけが聖力を宿すの? 

血筋だけで持っているあなたの力を私が奪って何が悪いの?」


 イリーナが吐き出す妬心は、やはりセザビアの妬心と重なって見えた。


「どういう理屈なの? あなたは可愛いし、両親の愛情だって何もかも全て——独占してきたじゃないの!」


 わたしの言葉に軽く肩を竦めたイリーナは憎悪の籠った目で睨み付けてきた。


「あなたが持っていても無駄なもの……。

武器にできない、使いこなせもしない人が持っていても仕方ないものを私が有効に活用してあげただけでしょう?」


「どういうこと……有効活用?」


 ぽかんと口を開けたわたしに、イリーナは苛立たしげに大きく溜息を吐いた。


「そういうところよ。お姉様の……自分は何も持っていません、という顔。

何も悪いことはしていませんっていうところも鼻につくのよ! 

自分がいかに恵まれているか、これっぽっちも気付かないところが腹立たしいの」


「それは——今でこそ聖力と魔力を持っているけど、あなただって似たようなものでしょう? いいえ、わたしなんかより……生まれつきずっと恵まれていたじゃないの」


 イリーナは額に手を当てて、どうしようもない人を見るように、こちらを見た。

 けれど、わかっていないのは彼女の方だと思う。


「実の両親に愛されて育ったし、周りの人は皆あなたを褒めそやして、チヤホヤしていた」


「お姉様に見せつけてやりたかった。

——私の方が優位に立っていると。

幸せで、皆に好かれてると——妬ませてやりたかった。そのために猫を被っていたわ」


 言い捨てながら、こちらを睨むイリーナを見ても、どうしてわたしが憎まれるのかわからなかった。


「まだわからないの? 鈍いのもいい加減にして下さい! 私はずっとあなたが妬ましくて憎かったのですわ」


 意味がわからない。わたしのどこを妬むと……?

 聖力以外にイリーナが妬む要素があるとは思えない。


「……本当にイライラするわ。やってられない…ムカつく。反吐が出るわ……」

 イリーナは掴んだ鉄格子を強く握りしめた。


「……なんですって?」


 わたしの顔や髪に視線を走らせながら、イリーナは吐き捨てるように言った。


「まず、そのサラサラと光に透ける金の髪を下さいな。そしてその碧い瞳も。

そうしたらギル様や、クラウス卿だって……私に夢中にさせてみせますわ」


「……何を言っているの?

お二人とも、そんなに浅はかじゃないわ」


「じゃあ、私とあなた、外見と聖力以外で何が違うとおっしゃるの?」


「何もかも違うでしょう? 違う人間なんだから」


「いくら侯爵家でチヤホヤされていても、大聖女様の唯一の孫はお姉様だけだった。

婚姻市場でだって、お姉様の方が良い値がつくって、本当はお父様だって、思っていたに違いないわ」


 悔しそうに顔を歪ませるイリーナを見て、深く息を吸い込む。吐き出す気力を蓄えるように。


「婚姻市場で値が釣り上がって何が嬉しいと?

家畜のように売られていくだけでしょう? 

あのまま誰にも幸せを望まれず嫁がされていたらと考えるとぞっとするわ」


 イリーナはやっぱり自分がいかに恵まれてきたかを自覚していないのだ。

 

「お父様もお継母様もあなたには、幸せになれる相手を吟味したはずだわ。わたしに望んだこととは全く違う」


 感情的になったイリーナには、わたしが言葉を連ねたところで、頭に入らないようだ。

 自己憐憫に耽っていて、どこか遠くを見つめている。


「ギル様は……結局私のことを聖力が使える道具のように扱ったわ。使えなくなったら、いいえ——もっと使えるお姉様という道具を見つけたら、ポイっと捨てられるだけの存在だった」


「あなたはギルベアト殿下の何を知って婚約したの? 皇子という地位と外見以外のどんなところに惹かれたの?」


 イリーナは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。 何を今更わかりきったことを聞いてくるのか、と言いたげな顔だ。


「そんなの……皇子という身分に、容姿。ただそれだけですわ。そこが魅力的だから惹かれたの」


「だったら、もっと高位の身分で、もっと秀麗な容姿の人がいれば乗り換えるのね?」


「そうですね……。そんな人がいたら、ですけど」


「だったら、殿下を責めるのは違うんじゃない? 

条件だけで相手を選んだのなら、相手に条件で選ばれなくても、仕方のないことでしょう?」


「……お金、身分、容姿——そういった条件以外に何で判断するっていうのですか——?」


「優しさ、誠実さ……。その人といる時の居心地の良さとか、安心感……。なにより、心からの愛情を感じられる相手を求めるべきでしょう?」


 頭の中に思い浮かぶことを口にしながらも、わたしはロイとクラウス卿——どちらのことについて語っているのか、自分でもわからなくなっていた……。


「——愛情? そんな不確かなもの……一体どこにあるって言うんですか? どうやって探していいのかもわからないですわ」


「それは、その人とずっと一緒にいたいと思えるか、自分が相手のために何をしてあげたいかを考えれば、わかってくるものなんじゃないかしら?」


 イリーナは唇を噛み締めて、しばらく自分を顧みてはいたようだったけれど、首を振った。

 やはりセザビアと同じで、見返りを求めずに本当の意味で人のために何かをするという考え方が理解できないのだろう。


「そんなものを求めて何になるというのかしら? 人も羨むステイタスを保っていてこそ、自分は幸福なのだと確信ができるのよ」


 そんなことでしか、自分が幸福かどうかわからないなんて、ある意味では可哀想な子なのかもしれない。


 遠くで看守の咳払いが聞こえた。

 そろそろ時間だと伝えているのかもしれない。


 イリーナの考える幸福は、ここでは手に入らないだろう。


 このまま満たされない願望を持て余しながら余生を過ごしていくのだろうか?


 それとも自分が本当に求めていること、何が幸福で価値のあることなのか、考えてみようと思える日がくるのだろうか……?


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