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背徳聖女と呼ばれても、皇子妃はお断りです〜聖の力で癒し、魔の力で魔獣を討ちます!  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード105 選べない気持ちと、あなたの言葉

 わたしが目覚めてから三日後には、お祖父様が辺境伯や騎士団員達に、正式に紹介してくれた。

 ——ジェマ改め、ジュディリスとして。


 ラヴォイエール侯爵家に男系相続人はなく、父達三人が刑に服す以上、家督はわたしが継ぐことになる可能性が高かったし、いつまでも身を隠しているわけにもいかない。


 最初のうちは皆、戸惑いが大きかったようで、距離感に迷うような言動があったりもしたけど、わたしはジェマの時と変わらない態度をとり続けた。


 そして数日もすると、ほとんどの団員達が以前と変わらない態度で接してくれるようになってきて、内心ほっとしていた。


 ジェマは下級貴族の令嬢で、気安い存在だったけれど、ジュディリスは侯爵家令嬢だ。

 線を引かれたら寂しいだろうと不安だったから、今はただ、ジュディリスとして皆の中に戻れたことが嬉しかった。


 そしてわたしは連日、灰色渓谷の浄化に集中することにした。おそらくそう長くはこの地にいられないだろうから——。


 聖力を取り戻してからは、以前より一度に広範囲の土地を浄化することができるようになったし、魔力の消耗も少なくてすんだ。


 それでも万が一に備えて、テオ副団長がクラウス卿の代わりに護衛を務めてくれている。


「クラウス卿はジュディリス嬢のことで奔走され、その後も色々あって、抱えている仕事も溜まっていらっしゃるでしょう。

私でよければ灰色渓谷の護衛は任せて下さい」


 テオ副団長がそう切り出した時、クラウス卿は一瞬考えるように黙り込み、わたしの顔を見た。


 ——だけど、あれから彼にちゃんと返事を返せていないわたしは、気まずくて思わず目を逸らしてしまった。


 それをどう受け取ったのか、クラウス卿はテオ副団長に「それでは、お願いします」と答えた。

 

 その時から彼は、どことなくわたしを避けているように見える。


 一時はあんなに近く思えた二人の距離がどんどん広がっていくような気がして、胸の中に空洞でも開いてしまったかのような気分だ。


 クラウス卿のことを異性として好ましく思っている。

 その気持ちを否定するつもりは、もうない……。

 だけど、ロイのことも同じくらい好きだ。


 ロイと話をして、気持ちを確かめないままでは、どちらにも誠実でいられない気がした。


「大聖堂からの召喚状がきたわ。第一皇子殿下があなたを聖女候補として審議にかけるよう——求めたそうよ。遠からず呼び出しがかかるだろう、とは思っていたけど……」


 お祖母様が悩ましげに召喚状を渡してくれた。


 トルエンデ騎士団員達だけではなく、他の騎士達の前でも戦闘であんな風に力を使っていたんだから、今までこうしていられたのが不思議なくらいだ。


 覚悟してはいたけど、やっぱりもう辺境を去らなくてはいけないようだ。

 胸に痛みを覚えたけれど、潮時だったのだと自分に言い聞かせた。


 これだけは——と思っていた渓谷の浄化もほぼ終えることができた。

 帝都に戻って、父や継母、イリーナと対峙しなければいけないし、侯爵家の家政のこともあるし……。

 背徳令嬢の噂作りもしなければならない。


「わかったわ。帝都に戻って、然るべき日に召喚に応じます」


 素直に応じたことが、お祖母様は少し意外だったみたいで、目を見開いた。


 わたしだって駄々をこねるつもりはない。

 辺境を去ってクラウス卿と離れるのは嫌だ。

 ——辛いし寂しい……。

 だけど色々なことに決着をつけなければならない。


「私も、そろそろ帝都に戻らなくてはいけないし、一緒に戻りましょう」

「はい……」



※※※※※



 クラウス卿の書斎の前まで来て、扉をノックするのを躊躇った。

 結局、想いを告げられてから、二人で話すのはこれが初めてだ。


「クラウス卿、いらっしゃいますか? ジュディリスです」


「……ああ、どうぞ」


 部屋に入ると、マホガニーの机や書棚、床材が滑らかな光沢を放つ落ち着いた空間で、タペストリーや胸像など余計なものは何もなかった。

 ただ大量の書類が、乱雑に机の上に積み上げられているのが目を引いた。


 普段からこれほど書類仕事を抱えているのだろうか?

 わたしが外出を制限されていた時も、一緒にいる時は、書類ではなく歴史書や旅行記を持ち込むくらいで、ほとんどの時間は話し相手を務めてくれた。

 渓谷の浄化に同伴してくれていた時も忙しい素振りも見せなかったのに……。


「——わたし、帝都に戻ります」

「……ああ。大聖堂から召喚状がきたらしいな」


 既にわたしの用件を察していたようだ。


「……はい、ここを去るのは寂しいですが。

あなたとの討伐は、いつもとても心強かったです。

出会う前は、どうやって闘っていたのか——忘れるほどに」


「そうか。私も君と戦闘に出る時は心強く思っていた」


「それに……何度も命を助けて下さったこと、忘れません。イリーナや父、継母のことでも、感謝しきれないほどご恩を受けました。本当にありがとうございました」


「——いや、大したことはしていない」


「なにより……毒に侵されたわたしのことを——命を懸けてまで助けて下さった」


「それはお互いさまだろう? 君だって私を助けてくれた」


「それでも……あなたに一生返しきれない恩ができました」


「——気にしなくていい」


「わたし、あなたとずっと一緒にいたい。

でも同じくらい好きな人もいて……。

だから……その、どうしたらいいのか考えたんですけど——」


「——そのことなら忘れてくれていいから」


「——え……。それはどういう意味ですか……?」


「あの時は君が無事で、冷静ではいられなかった。

つまり……感極まってしまって——あんな表現をしてしまったが——混乱させて、申し訳なかった」


 ……それはつまり、あの時はただ感情が昂って思ってもいないようなことを口にしただけ——と?

 恋愛感情ではなくて、仲間意識みたいなものだったと……そういうことだろうか?


「……そうですか、分かりました。

それでは——明日ここを去るので、準備してきます。本当に色々ありがとうございました。

感謝しています。いつか……わたしで恩返しできることがあれば、その時は言って下さい」


「——ああ。こちらこそ何かあったら言ってほしい、いつでも……」


「じゃあ、失礼します」


 そう言い切って、部屋を出てきた。

 扉が閉まった瞬間、張り詰めていたものが音もなく崩れた。

 とぼとぼと歩きながら、視界が滲んでいく。

 あ——と思った瞬間、涙が溢れ、頬を伝って止まらなかった。



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